共感脳

私を叱らないで ~脳科学で認知症ケアが変わる~

 久しぶりの投稿ですね。最近はtwitterにて猛烈に?ツイートしていますので、よければ undouresa にアクセスしてみてください。震災関連が大半ですが情報を共有しながら多くの人たちと新たな枠組みでの活動をしています。
 さて昨日のNHKのクローズアップ現代にて認知症の特集をやっていました、最新の脳科学研究により認知症状に対する対処方法によって劇的に症状の変化がみられることがわかったようです。車の中でたまたま聞いていたのですが、震災におきかえても凄く納得がいくものでした。
 車で何処に行っていたのかというと、ボランティア活動をしているリハビリ関係者の集まりがあり、千葉市の駅近くの居酒屋に向かっていた途中でした。もっと早く7時ぐらいには到着する予定だったのが、中央道の集中工事により車線規制がされおり、渋滞を全線で引き起こしていたので急遽東名道に迂回したので時間がかかってしまい、結果的に車の中でクローズアップ現代を聞くことができたのです。まーNHKにチャンネルを合わせていたのも偶然と言えば偶然だったのですが。
 山口 晴保先生(群馬大学医学部教授)が20年以上の認知症に接してきたなかで「叱られている。怒られる。」という言葉は認知症の患者から聞くことが多かったようです。つまり家族から注意されたり指摘されたりしていることが、全て叱られていると認識するようです。要旨は以下の通りですが、家族や周りが怒っているつもりでもなく、しっかりしてよ!という意味で言ったことが、話の内容ではなく表情から全てを受け取ってしまうということだそうです。


(要旨)厚労省の推計で208万人(22年時点)とされていた認知症の人が想定以上に増えていることがわかってきた。治療薬の開発が停滞するなか注目されているのが、認知症の人に対する「接し方」の研究だ。最先端の脳画像検査でわかったのは言語能力が落ちる認知症でも「相手の表情を読み取る能力は大きくは損なわれない」という事実。ついついやり過ぎる指示や注意も、その「内容」は伝わらず「怖い表情」だけが伝わりストレスになるというのだ。こうした接し方を変えただけで徘徊や暴言などの「問題行動」が大幅に軽減されるという臨床例も報告されている。もはや誰もが直面する社会全体の課題となった認知症。その「今すぐできる対策」の最前線に迫る。

 被災地への支援活動を模索して続ける中で、東京と現地の温度差をどう埋めるかということが課題でした。温度差というのは周りは仕方がないとして、私の心の中の温度差です。長きにわたり支援が必要なことはわかっているのですが、その支援のモチベーションは甚大な被害における初期のインパクトは時間とともに薄れてくるのです。
共感脳としたタイトルは、まさにどれぐらい共感できるかが支援においても大切なキーワードであることを実感してきました。共感は前頭葉が主に担っている人間にとって人間らしさを出している一番のポイントです。震災直後においては、やたら心に滲みる音楽であったり言葉であったり、本当にいつもと違う感情になった方は沢山いらっしゃったはずです。おそらくその時の物凄い、経験したことのないような共感が働いたものと思われます。その時の共感が今回の震災における活動の源となっていることが間違いありません。困った人を助けようという動きは以前からあるのですが、今回はさらに多くの人たちの共感脳の覚醒を促がしたものと思われます。
 視点は少し違いますが認知症において言語よりも、態度、特に表情における研究結果は私にとっても大きな発見と納得でした。震災においてはいくら電話や人づてで無事だとわかっていてもやはりface to faceでなければ安心できないという経験をしました。人間は言語で理解したり納得したりしますが、五感をフルに使って共感するものなのです。理解と共感はまた似ているようで、また違うシステムが働いているとも言えます。
 コンピューターを使って素晴らしい仕事をしている方は沢山います。ところがその人たちの言葉は理路整然としているのですが、何とも伝わってこないのです。表情が乏しいということもあります。人対人ではなくて、画面がメインですのでおそらく共感する機会が少ないためと思われます。テレビでもクラウドなどの説明をしている専門家はなんだか能面のようで表情が乏しいです。論理的な思考を持つことはとても大切ですが、それが全てにわたって浸透してしまうと人間らしさがなくなるのです。論理的思考と顔を突き合わせた活動のバランスこそが臨床においても不可欠なのです。
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コメント:1

akiko
理解は言語で、共感は体感覚だと思います。
体感覚が弱いと、ほんとの気持ちに気がつきにくくなります。

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