南相馬市活動報告

Category: 東日本大震災
屋内退避の南相馬で何がおきているのか?そこには普通の日常が営まれている

 南相馬の支援活動は記事を書いていただいた有井さんと、南相馬の原町が地元で現在いわき市の磐城中央病院にて理学療法士をしている渡部さんと3人で活動をしました。渡部さんのことは覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、震災直後にいわき市の惨状を伝えていただき、支援の輪を広げるべく皆さんにも協力を呼びかけさせていただきました。その縁と言っては何ですが、こんなに早くそれも一緒に支援活動をすることになるとは思いませんでした。
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 渡部さんは元気に頑張っています。全国の皆さんにその勇士をご披露します。しかし、地元で当事者である渡部さんの心情は我々外部のものが推し量ることはできません。絶望と虚脱感、その中から徐々に現実を受け入れられないまま日常を送っている心情は当事者でなければわからないでしょう。今回、多くの支援物資とともに預かった義援金は渡部さんの今後の活動費として進呈いたしました。運動連鎖アプローチ研究会では、被災地を支援している同朋を支援するという理念のもとに活動してきましたが、その一つの形として渡部さんへの支援があります。

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 南相馬市の第一小学校の前にパン屋さんがオープンしていました。早速地元支援ではないですがパンを買いました。3月29日から開けているようです。お店の奥様も何とも悔しい気持ちで一杯だとおっしゃっていました。

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 ガソリンスタンドはかなり開いていました。地元の復興のためには車が動かなければアウトです。お店も屋内退避が解除になり緊急時避難準備区域と名称が新たになったことで、解釈としては外出許可が出たということで徐々にスーパーなどが再開しているようですが、営業再開しているのはSaiyaというお店だそうです。周りの多くのお店が開いていないにも関わらず、ガソリンスタンドの多くが開いているのは、これ以上南相馬の復興を遅らせてはいけないという気持ちが表れていると思わざるをえません。

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松月堂。贈答のお菓子屋さんです。いくつものスイーツが普通に並んでいます。
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 この店内のお菓子をみると何ら震災や原発の影響を受けているように感じません。普通に現地の方が買いに来ていましたし、若いアルバイトの子たちも普通に働いていました。あまりも日常の風景でしたので、なんとなく周りの状況とマッチしない感じがしました。どのような時も、通常の営業や日常の行動を送ることが一番大切なのかもしれません。

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ラーメン屋さんもこの通り、2、3軒はさっと道を走っただけでも開いていました。お昼時でもありかなりにぎわっていました。南相馬に入る前はゴーストタウンをイメージしていましたが、人通りは確かに少ないですが日常が営まれています。
 原発が水素爆発をして一斉に避難していた住民が徐々に戻ってきおり、徐々にお店も再開しているのでしょう。ただしすくに避難できるということが前提で、子供や要介護者はいないという区域の設定になっている。
 いずれせよ、車は福島ナンバーばかりで、あとはいわきナンバーがちらほらというぐらいで、ほとんど外部からは入ってきていないのがわかります。

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がれきの散乱する中でバスを待つ、何とも不思議なコントラストでした。このように被災地ではしばしば絶句といいますか、風景にアンバランスなものをみてしまいます。

 しばらく東電からも政府からも正確が得られないまま推移してきたこともあり、住民からは笑顔が消えているように感じます。しかしそれでも街の復興に向けて力強く生きている人たちがいます。共に寄り添うことを前提に頑張っていきます。 
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