飯館村

Category: 東日本大震災
飯館村

 少しブログに間があきました。被災地への支援中は盛んにtwitterにて呟いていますので、@undourensa をご覧ください。こちらでもリアルタイムにつらつらと長く文章を打っています。さて4月28日の夜から東京を出て29日と30日に、宮城県の名取市と南相馬市の原町にて支援物資の運搬とリハビリ活動をさせていただきました。被災地へ赴くときはいつも夜通し車を走らせていたりと、結構タイトなスケジュールですのでドッと疲れがでます。現地ではテンションが高いため、40代としては考えられない徹夜に近い状態にて活動をしています。しかし帰りはその反動がでてしまいます。宮城や福島からはどうしても5時間以上はかかってしまいますので、一人で運転して帰るのは行きと違い辛いですね。
 さて飯舘村はご存知でしょうか?福島県の飯館村と言えばテレビでも原発問題で取り上げられている。いわゆる計画的避難区域で5月末で退去命令が出ている地区になります。その故郷を離れなければならない、いや故郷を奪われたといったほうが適切な表現かもしれません。二日間の行程を逆算で記憶を辿っていきたいともいますが、福島県南相馬市での活動を終えてまだ日も明るい夕方に飯館村経由で帰途につきました

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飯館村の道端で咲いていたタンポポです。

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夕暮れの木漏れ日に佇む一本のしだれ桜の木。奥に民家があり、生活の湯けむりが挙がっていました。なんとも幻想的な夕暮れ時の風景です。

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山間部に田んぼが広がる、本当に美しい日本の風景がそこにはあります。原発の放射能が降ってきていると言われなければ、何も変わらない美しい景色が佇んでいます。

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外観は何も変わらない、家も山も畑もそこにあるのに去らなければいけないその心中たるやいかほどのものでしょう。生まれた時から山の中で綺麗な空気の中で、山間部を照らす太陽の光の中で暮らしてきた人たちにとって、カラダの一部が捥がれるような気持ちでしょう。何年先になってもまた戻ってきたいと思うのは当然のことです。退避命令が出なければいけないほどの深刻さを国の情報発信からは感じられません。数値上の年間20m㏜を超えるからといわれればそれまでですが、もっと具体的にどのような影響が出るのか緊急性を村民に伝えられないまま、やることはとにかく性急なのです。そのギャップが村民をさらに受け入れ難くしています。

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村の役場だと思いますが、緊急車両がかなり通ります。一半車両も少なくなくこの日はかなり走っていました。この写真は、向かいのセブンイレブンから撮影したものです。まだ近くのスーパーもガソリンスタンドも開いています。しかしまもなく閉鎖されるであろう、お店にいる従業員や買い物にくる地元の人たちの心中やいかに・・・本当に今度はいつ帰れるかも示されない状態で完全に封鎖されるのです。この風景もじかに見ることができなくなると思うと切なくなります。ただ帰りに通っただけですが、目に焼き付けておこうと思わなくても鮮明に記憶に残りました。
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