宮城県名取市活動報告Ⅲ

Category: 東日本大震災
宮城県名取市活動報告Ⅲ

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4月の15日に名取市の舘岡小学校で治療ボランティアをしたことをお伝えしました続編です。今回は3月からさらに二週間たち雰囲気も含めて大きく変わったことを感じたことを報告しました。この二週間の間に大きく変わったこととしてM7クラスの余震があったことです。この余震にて震災関連死と思われる直接の外傷などではない死者がでました。精神的なショックなどもあると思いますが、心身ともに弱っているところにさらに大きな余震とは言えないような地震が起きたことが起因と考えられています。津波は起こりませんでしたが、建物に対する被害はかえって今回のほうが大きかったという声も聞かれるぐらいです。3月11日の地震のほうが揺れの時間が長かったようですが、今回の余震はどんと縦揺れがきて、そして横揺れになったという証言もありました。既にかなり地盤が弱っていることもあると思いますが、3月に通った時は無かった市街地の道路の陥没がかなり増えていました。油断して走っていると陥没でどんと突き上げられる衝撃がきます。市街地もかなり注意して走らないといけません。どんなに注意しても陥没に気がつかないところもあります。また街全体が埃や塵で全体的に視界がぼやけています。津波の残していった泥などには有害な物質が多く含まれており、天気が良くなることで乾燥して空中に巻き上がっているのです。喉や肺に障害がでて受診するケースも増えているようです。3月はまだ寒かったこともあり、被害の大きかった地区の戸外にでて視察することもできましたが、今回は暑くても窓を閉め切った方がよさそうです。

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名取一中の避難所内風景。避難所によって雰囲気も体制も大きく違います。舘腰小学校の理路整然とした運営と違い、名取一中の場合は高齢者が多く自治的な運営そのものは舘腰ほどではないようです。また子供がいるだけで避難所は活気ができますが、高齢者中心ですと雰囲気も違ってきます。

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名取一中にて市の職員と打ち合わせをする中村尚人くん。活動二日目にして地域のマップにて散歩や地域情報のきっかけになるように対策を練っていました。名取一中は高齢者が多く、活動低下が顕著なようです。やはり何ができるかはきっかけは必要ですが、基本的には皮膚感覚で個人が創出していくものなのです。個々によって気がつく視点は違います。その視点を生かしていって積み上げていくことが、生活再建には不可欠です。継続して支援できなくても、真心をもって一つでも積み上げていく気持ちがあれば全く問題ありません。決められた仕事や任務として赴任したとしても、やはり創造的な取り組みによって活性化させていくことです。

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北療育医療センターのPT清野さんから避難所への支援物資としてリップとハンドクリームをご提供いただきました。アナウンスするとあっという間に希望者にて無くなってしまいました。おそらく一般的な日常必需品はほご問題なく手に入ると思われますが、ファンケルの商品などのちょっと贅沢品?までは手に入りにくいのではないでしょうか。清野さん有難うございました。感謝の意味も込めてポーズをとってもらいました。

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こちらは舘腰小学校での中村尚人くんの施術風景です。15日の昼過ぎまでは一緒に舘腰小学校で活動し、夕方以降は中村くんは一人で名取一中に再度足を運びました。やはり最初に関わった避難所には愛着が湧いていくものなんですね。

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真新しい靴にインソール。この春から中学一年生になる、足の外脛骨障害と思われる女の子がいました。前回チェックしていたのですが、徒手や運動療法にて直ぐに良くなる類のものではないので、今回はインソール作製のための道具を持って行きました。丁度、進学用に真新しいシューズを買ったばかりのようで、いい入学祝になりました。作製後は痛みも無くなることを確認して渡しました。通学に運動に希望をもって歩んでいってもらいたいものです。
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 対象にしていたお子様はこの日に秋田から温泉旅行から帰ってきたばかりでした。何でも日程を変えて100人規模で秋田の温泉旅館が被災者を招待しているようで、こんな取り組みもあるんだなと感心した次第です。まさに今自分にできることを最大限に活かした支援と言えます。秋田への温泉、私も行ってみたいですね。しかし本日その秋田でも震度5の地震とは、余震とはいえ今回の地震の地殻変動ともいえる規模の大きさを改めて感じます。

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夜には拠点とさせていただいている本多先生とともに、近くの絶品と推挙していただいたラーメン屋に行きました。3月よりは少し外食もしようという気分にもなってきています。被災地にて少しでも消費行動ととることも大切ですね。といいつつ現地のお店に行ったりは自らも楽しみです。ちょっと現地に押し掛け迷惑なところもありますが、現地の方と有志が語り合うことも支援の一つだろうと考えてます。被災者のことを考えつつ、ある意味都合のいい解釈にて行動するということがキーワードかもしれません。

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今回は前回通行止めだったさらに沿岸部に近いエリアまで交通が解除されていました。奥に入るとまたその被害の大きさがわかります。その中でも前回に比較して格段にがれきの撤去などが進んでいるこおとがわかります。本当に各地で自衛隊の方々の活動をみることができますが、その貢献は計りしれません。復旧には時間がかかりますが、確実に眼で見て復旧を感じ取ることができます。次回は二週間後に再訪問する予定です。その時にはさらなる復旧が進んでいることでしょう。それとともに人の生活再建に向けての復旧が課題となってきます。原発問題などはさらに深刻で、ボランティアも原発に関しては何ができるかという考えもうかびません。原発に関してはある意味全ての人が被災者と言えなくもないからです。心理的にも福島というとボランティアも避けてしまう気持ちが働きます。また計画的避難区域になったり屋内退避の指示がでている地域も、憤りと落胆が渦巻いておりとても部外者が関われる余地が無いように感じてしまいます。つまり原発問題に関しては思考がフリーズしてしまうのです。とにかく早く収束してくれというほかありません。眼に見えない敵に対しては頑張る気持ちが失せてしまうのです。こんな時こそ周りが寄り添う気持ちこそが最も大切です。風評被害に苦しむ現地の方々が孤立感を持たないように、いつも見ているよ!いつも応援しているよ!というメッセージを伝えることこそが一番の支援でしょう。
 今自分に何ができるのか!その問いは地震津波と原発事故と両面に向かって取り組む必要があるのです。
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