伝わらない

Category: 多事総論
「一部の燃料棒が損傷した可能性は否定できない」
「(放射性物質の)量としては相当高い濃度ではない」
「少しずつ安定に向かっているという認識はある」
「冷却できずに水素爆発を起こした可能性があると思うが、詳細は調査したい」
「原発事故という認識」
「想定外の」
「ただちに人体に影響があるものではない」

 いつからこんな日本語の使い方をするようになったのだろう。枝野さんや管さん、そして東電の幹部のコメントは他人事としかいいようがない。責任の所在をぼやかして、人ごとのように聞こえるその話しっぷりは、このような未曾有の事態においては全くもって不信感を増長させるだけです。当事者でない場合は人ごとですので、どうでもいいのですが今や当事者として死活問題となっている状況においては、真剣であるかどうかなどは皮膚感覚でわかります。魂に響いてこない言葉は不信感しか呼ばないのです。
可能性は否定できない:可能性がある。可能性が無い。ならわかりますが、可能性は否定できない。どこのだれが言っているのかわからない表現です。おおよそどこかの脳科学者あたりが、ダイレクトに響かないようにオブラートに包んでつっこみにくくするための表現としてレクチャーしてのでしょう。脳は確かに言葉という記号で左右されます。最終的には情動が世論を動かすのです。そのあたりのノウハウはメディアも政治の世界においても、うまく国民を先導するためのテクニックとして確立されています。その言葉尻で誤魔化してきたものが剥がれた時にアフリカのような事態になるのです。国民が蜂起して政権を変えるということになるのです。日本ではありえないことえすが、感情的には同じレベルに成る可能性はあります。冷静な判断をお願いしたい・・・冷静にとは怒らないで全て賛同して従うということですか?それは違いますよね。別にパニックになって混乱するということは日本にいたっては、顕著ではありません。買いだめは起こりましたが、それでもしべらくするとしっかりと修正されてきます。冷静にという意味がわかりませんね。見た目がじっとしていれば冷静なんでしょうか?冷静とはしかりとした論拠があるなかでできることなのです。心理的にも納得しているからこそ冷静でいられるのです。ただちに害はない・・それで安心できるかということです。じゃー長期的にはどうなんだ?とこんなこと素人でも考えます。その子供じみた隠し事を国内でやっていると、国際的には大批判を浴びることになっています。内向きの日本語の独特の言い回しで誤魔化してきたものは、英語になると全く通用しなくなります。
 認識です・・これもほんとうによく聞きます。そのうち「認識しているものと考えているものと思われるようです。」とおひれはひれがつきそうです。想定外ので許される事態か?管さんも少なくとも私の知りうる限りで隠し事をしたことはない。それは案に隠し事があったといっているようなものです。東電の行動を監視してトップダウンで言えるのは総理しかいないでしょう。本当に他人事のようです。こちらが意図していない事態を先まわりして対策を講じて、そして未然に防ぐというのがリーダーたるゆえんでしょう。

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