余震

Category: 東日本大震災
収まらない余震

 いったにいつになったら収まるのか・・・そんな思いに誰もがよぎります。M7クラスの余震が今後も続く模様・・と気象庁からの発表がありましたが、結局は「と考えている」ですので、根拠らしきものはほとんどないのです。読売新聞にもありましたが、事後報告として地震がこのようにおきました。プレートはこのように動きましたとは解説できますが、何故そのようなことがおこっているのか?についてはわからないということだそうです。地震予知のここまでの発展とそして未解決な側面が露わになっているのが今回の震災の特徴です。防波堤も最善ではなく、次善の方策といえそうだと述べらていました。最善は高台への移動だと・・・・。

今回の地震は、太平洋プレート(岩板)が、東北地方を乗せた北米プレートの下に潜り込むことによって起こる「海溝型地震」だと解説されています。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/disaster/495360/
詳しいことはわかりませんが、こうなってしまっては専門家もよくわからないという点では防災意識をもって日々意識を持ち続けるしかありません。メカニズムがわかって予測できるのであれば、気持ちの持ちようもありますが今回の度重なる余震レベルを超えた地震の繰り返しには甚だ閉口してしまいます。昨晩から多発している福島沖にて起きている余震の連続性は尋常ではありません。荒れ狂った海に漂う小舟に延々と乗り続けているようなもので、逃げ場がありません。先日のM7クラスの宮城での余震も復興しようとする意欲を折られるような揺れでした。3・11のような壊滅的なものではないにしていも、心を萎えさせるには十分な衝撃です。
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 いつ終わるかは誰もわからない・・どれぐらいの規模のものが来るのかも実はよくわからない・・先行きの読めない事態ほど不安を掻き立てるものはありません。地震の専門家も単発で起こる地震であれば、解説をするという役割だけで十分ですが、国難ともいえる事態で尚且つM7クラスの余震が一か月たった今でも収まらない状況ではただのコメンテーターの一人でしかありません。
 せめて自分の中だけでも何らかの納得を得ておくと、心の持ちようが変わってきます。。「プレート境界面が南北200~300キロメートル、東西100~150キロメートルにわたり、十数メートルずれたと想定される」とあるように本当の大きな範囲で地殻変動がおきたようです。
 最初は3月11日それこそ写真のように大きくプレートが入り込みズレたことによる大震災です。その後の群発的な余震は関東エリアのあちこちが震源地となりました。覚えているだけでも東北はもちろんですが、群馬・長野・新潟・千葉・などが順番にそして無計画に余震が発生していました。最終的には九州でも余震がおきていました。何故かその間の関西圏は抜けているのです。巨大な力で東から西に押されて、結果、胴体のうち足の部分は平気だったものの、尻尾が揺れたというようなものかもしれません。西日本が壁となってさらに押しつぶされている東日本、少しだけその余韻が九州に出てきたということなのでしょう。しかしその後の毎日おこる余震は、西日本の干渉作用のリバウンドと考えれなくもありません。そして宮城でのM7,福島でのM7と立て続けに大きな余震です。
 戻りの余震が宮崎・福島・千葉と南下していきているかのような状況なので、これが南に抜けてしまえば小さくなりながら少しずつ収まってくるのかもしれません。いずれにせよ復興に足踏みは許されません。被災地に入るボランティアも余震があることを前提に入るしかありませんし、おそらくそれで躊躇することは無いでしょう。
 私もまた明日15日から仙台に入ってきます。
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