医療機関からの手記

Category: 東日本大震災
現在、いろいろな場所や立場にて震災後のボランティアや活動をしている人たちがいます。我々医療従事者も多くの被災地にて活動をしています。直接、被災地などで活動することは個人としては難しいですが、組織として団体として、そしてその一員として関わっている人たちがいます。その関わるきっかけや方法は本当に様々であり、またそのような機会に巡り合わせがあることもある意味運命なのかもしれません。マニュアルではないその現場のレポートをお届けします。以下は医療事務で勤務されている方からの貴重な報告です。私だからできること、今何ができるか・・そんな思いに誰もがなっているこの瞬間を大切にしていきましょう。

■私だから出来る事
普段、いくつかの医療機関にて、医療事務と兼務で…調剤補助と兼務で…
ケアワーカーと共に退院後の中長期計画を立てながら…患者さんやご家族を
カウンセリングしながら、必要と判断した場合には、医療従事者側(医師・
看護師・薬剤師・栄養士・検査技師・理学療法士、場合によっては作業療法士
言語聴覚士達)を繋ぐ役目として、お話を伺ったり聞き取りをしています。
「先生には言いにくいんだけどね」「忙しそうだし聞きそびれちゃって」
そんな言葉をきっかけに、本当は一番気になっているであろう事を
お話される患者さんが少なくありませんし、反対に、自発的には
抱えている不安や疑問を口に出来ず、身体的な症状が出ていらっしゃる
患者さんもいらっしゃいます。 また、ご高齢で独居の方においては
日常は話し相手がいらっしゃらないので、人と接する病院や薬局では
お話をしたいだけ、聞いて欲しいだけという方もいらっしゃいます。
しかし、今の医療機関では、おひとりの方に何十分もの時間を割いて
雑談をする訳にはいきません。そこでわたしの役目が成り立っています。
私自身がお話をうかがってお答え出来る範囲の事であれば、その場で
お答えしますし、専門的な意見が必要だと判断すれば、それぞれの
専門家へと連絡を取り判断を仰ぎます。 こうやっていく事で、お互いの
不安や誤解を減らし、信頼関係をより築ける事で、治療効果をあげられると
私自身の経験からも確信しています。

今回の震災で、そんな私であるからこそ出来る事もある。と考えていました。
そしてその対象は、被災された方々というよりも医療従事者に対して出来る事を
と考えていました。一般の被災者に対する支援は、いずれボランティアが
介入してケアが出来ますが、自分自身も被災者であろう医療従事者は、
誰でも代われる立場ではないので、震災直後から働き続けているのが実情であり
疲労度疲弊度は高く、そういう医療従事者に対してのケアにも繋がる何かを
考えていました(ケアと言うと、心理的身体的に、他者によって癒しなどを
施す場合と、それぞれの職種において負担を減らす事が、ケアに繋がる場合も
あると考えていますが、後者の場合、同職種であれば直接的に代わって
負担を減らす事で、束の間でも休息を得る事が出来ます。しかしながら、
私自身が出来る事は、医療行為を行う際に、患者と双方のストレスを
軽減しておく事も、負担を減らす事が出来る一端だと考えました)

前置きが長くなりましたが、普段、仕事をさせて頂いている医療機関から、
被災地にある医療機関への派遣要員の一人として声がかかり、これまで
2回のボランティア活動をしてきましたので、そこで感じた事なども含めて、
少しご報告させていただこうと思います。
特化された職種ではないからこその視点だと理解いただければと思います。

■報道される被災地
今回の東日本大震災において、各方面のマスコミが入る事が出来る場所では
避難所の様子や被災者にインタビューを取って報道されているので、
実際の体験談も、各局・各番組で観る事が出来ます。
また被災者側だけでなく、現地に入ってボランティア活動をする側からも
ネットを駆使して現状を報告される事で、多少のタイムラグはあっても
日本全国の皆さんが被災地の当事者よりも情報を得て、客観的な状況を見て
把握されているかと思われます。
もちろん報道されていない現状というのもありますが、少なくとも、
何等かのツールによって公表されている現地の状況をみていると、
あんなにも衝撃的な揺れと、予想を遥かに超えた大きな津波を受けた
被災地の方々は、先行きに不安を抱えながらも、前向きに「生きる」という
エネルギーを持っている方が多いように思われます。
その為か、実際に被災した方と話をすると、こちらが圧倒されるような
パワーを持っていて、逆に元気づけられ、笑顔にさせてくれる事も
少なくないのです。 そういう逞しさと優しさを持ち合わせた言葉や行動に加え
普段から持たれている地域のコミュニケーション。
それらが、今回の大震災においては最大限に発揮され、助け合いながら
手を取り合いながら、既に、復興への道を歩み始めておられます。
行政が関わる実情は別にして、被災者の口から出てくる言葉たちの多くは、
未来へ向いている言葉なのです。 もちろん、全ての方がそうという訳では
ないですが、あのような大きな被害を受けたとは思えない位の、前向きな
雰囲気があるのは、きっと多くの方が感じられているのではないでしょうか?

■報道されない被災地
私が初めて被災地に足を踏み入れたのは、震災から1週間が過ぎた
3月19日でした。 被災地と言っても、連日マスコミで大きく取り上げられ
報道されている大打撃を受けた東北地方と違って、テレビでその地名が
あがる事は殆どないそんな場所でしたが、実際に行ってみると、
やはりそこは、私が住む東京の郊外よりも大きな被害が目にみえてあり、
ライフラインの断絶から、商業施設や公的機関なども機能していませんでした。
一般家庭でも、食器棚や本棚から中身が出て床に散乱したり、都心と違い
戸建の屋根は瓦が使われている家が多いので、そういった家の多くが、
最初の地震によって瓦が割れてしまい、その後続く余震で更に粉砕したり、
落下したお宅もあります。 ブロック塀は崩れ落ち、石が散乱している場所も
少なくなかったです。 全壊・半壊の家もありますし、最近になって、
千葉県の浦安市などが取り上げられていますが、この辺りでも液状化現象があり
道路上に泥酔が湧き上がり、アスファルトが分断され、なかなか近づけない状況が
続いたようです。 その上、震災後に強風があったために、屋根の補修が遅れたり
倒れた石や崩れたブロックの撤去作業に手間取った結果、車が入れずまたは
作業が出来ず、ライフラインの回復が遅れた地域があった大きな原因だという
話も聞きました。
それにも係わらず、どうしても震源に近い地域や衝撃的な津波の被害が
甚大であった地域の報道が優先されるばかりです。
それは命に係わる被害が大きいという事だからでしょうが、被災した
という意味ではこの地の方達も同じですし、避難生活を送っている方達も
大勢いらっしゃいます。しかし、報道されない事からも、支援の手が遅れる
こともあったようですが、そういう状況におかれても、被災者であるご本人達が
「(自分達も被災しているが)もっと過酷な運命の人達がいるから…」と、
不安や不満を口に出来ずに、グッと胸のうちにしまわれてしまう方が
多かったように思います。

震災から1週間という事で、急患が運ばれてくる状況は減っていましたし
被災地でありながらも、更に酷い状況の被災地へスタッフを派遣して
いわきなどからの患者を受け入れている病院ですので、傍目からは
環境は整っているとみえていたかと思われます。
しかし、連日来院される患者さんの数は多く雑然としていますし、院内の
機材機器や入院患者の食事を賄っている厨房においても、四苦八苦しながら
出来るだけ平常に近い環境を作り出そうと努めているのが現状でした。
初日は、あくまでも病院側のニーズに応えて、雑用的な事をこなす事で
時間が過ぎていましたが、2日目以降は、患者さんまたはご家族のお話を
うかがう事が出来る環境や手順を作り、少しづつペースも出てきました。
この時点では、今後の生活等に係る事を相談される方や、健康上の事を
口にして訴える方は少なかったです。
具体的には…身体症状で言うと、血圧の上昇は多かったのですが、
不眠や不安を訴える方は、まだポツポツといらっしゃる程度でした。
また、今後の生活においても、受け入れ希望の聞き取りも行っていましたが
1日に数組しかいませんでした。

■変化する状況
その後2週間が経ち、同じ場所へ再び向かいました。
電車も本数の制限はあるものの、都心からの直通も通るようになり、
ライフラインもやっと前日に全ての地域で、ガス・水道・電気が
供給されるようになったということでした。
また、スーパーや商業施設なども営業していますし、見た目は震災前の
様相を取り戻したかのようでした。 
病院内でも落ち着きを取り戻していますし、機能的にも、それなりに
回るようになっている状況ですが、周りの個人クリニックでは、
環境が整わなくて、再開したくても出来ないクリニックもあるようです。
入浴などを行うデイケア施設でも、衛生面の問題からも、入浴介助が出来ず
再開できずにいるか、入浴なしのケアで再開している状況でした。

震災から3週間も経つと、慢性疾患を持つ患者さんは、そろそろ手持ちの薬も
なくなってくる方が出てきます。本来予約外来の病院ですが、何らかの理由で
かかりつけ医を受診出来ない患者さんや、震災だけではなく、原発問題で
避難をして来た患者さんも随時受け入れているので、慢性疾患の患者さんが
多くなりました。 そして、それに加えて、2週間前と明らかに違うのは
不眠や不安を訴える方が多くなり、睡眠薬や安定剤を求める患者さんが
増えた事です。これは、日頃私が働いている医療機関でも、向精神薬の処方が
増えているので驚く事ではありませんでしたが、現状はもっと厳しい状況です。
今までの生活と一転したことによって、かなりのストレスがたまり
それらが食欲不振、胃腸障害、運動量低下による弊害などをきたすなどの
身体に現れる症状だけではなく、抑うつ状態、うつ病の悪化(希死念慮)
パニック障害、PTSDへの移行といった、精神症状が露呈してきました。
また、それに伴って、どことなくだるくてやる気が出ない、動けない、
頭痛や吐き気、四肢末端の冷えなど、不定愁訴と言われる訴えも多くなりました。

少しでも多く時間を取って、ゆっくりとお話を聞くようにすると
それらの原因は、先行きの見えない不安に繋がっています。
中途半端という表現はふさわしくないかもしれませんが、家も住めない程
傾いた訳でもなく、かといって手を加えたり片付けをする事も
数日では終わらないという中途半端な状態で家屋が残ると、移転しようにも
踏ん切りがつかない。 でも、このまま住み続けて、また同じような地震がきたら
どうなるのだろうか?という不安もある。 この程度では、保険もそんなに
おりないし、修繕には経済的な問題も大きく影響する。
老後の為にと細々と貯金してきたお金を使うと、この先はどうなるか…?
地震の影響で、仕事も失ったり、自宅待機になってしまった為、収入には
不安があるし、この年で再就職は難しい…等々、何とか生活の箱は戻っても
今後、生活を維持していく事への不安が大きくなっています。

不安材料は人それぞれですが、主に就職問題・就学問題・経済的問題が多く
これらは生活の基盤になるものですので、当然といえば当然です。
しかし、それらの不安の根底には、どれも【先が見えない】などの
形に現れない具体化出来ない、闇の部分が関わっていると感じました。
こうなってくると、問題解決の光がみえるには複雑化してきます。
やみくもに前向き思考になれるように誘導した所で、その効果は
長続きしません。 複雑化すればするほど、即解決は出来ませんが、
対話していく中で、今までの視点とは違った視点に変える事が出来て、
内省が出来ると、人は自身で答えを見つけ出すチカラを持っているので
ソレを引き出すお手伝いが出来ます。
また、事前に患者さんの既往歴とドクターに確認をした上での事ですが
様子を見ながらの判断で、アロマオイルを持参していたので
アーユルヴェーダのハンドマッサージをしながら話をお聞きすると
心地良さや実際の血流促進や気の流れ効果も出てくるので、目に見えて
顔色や表情が変化してきますし、何よりも呼吸の変化がみられます。
身体的変化をもたらす事で、精神的にも多少なりとも上昇するので
その時点で根本的な話を始めると、スッと自分をみつめる事が出来ます。
具体的な解決というのはその場で結果は出ませんが、後日ですが
「ご飯が食べられた」「久しぶりに眠る事が出来た」「気が付いたら、
頭痛薬を飲まないで過ごせた」そんなふうに言って頂けた事で、少なくとも
新しい道を進むスタートラインについて貰えた事、そして不必要な処方や投薬を
減らすお手伝いが出来ました。

ただ、この1回で全てが終わるとも考えていませんので、継続的なフォローや
時には心療内科、臨床心理士の力も必要になるかもしれませんが、
少なくとも震災後3週間の間、心も体も悪化していくばかりであったのが
1歩でも良い方向へと向いた事は、患者さんの自信や糧になるかと思います。

■都心通勤圏内の弱点
今、被災地での状況は、日々刻々と変化していますので、マスコミなどの
報道を見てから動こうとすると、ワンテンポ遅れが出てしまうと思います。
実際にこれを書いている今でも、半日前の過去の事になっていますので
既に、今日は様子が変わっているかもしれません。
しかし、一貫して感じている事があります。
それは、大きな被害が出て、絶望や不安を抱えていると思われる東北地方よりも
順次、被害が小さくなる都心に向かうにつれて、震災後から、周りの空気が
ピリピリしているのが感じられていて、人々の目が時に怖い事です。

停電による電車の時間制限や運行制限が原因で、それまでの通勤通学や移動が
ままならなくなったり、ガソリン不足や生活物資の不足などの不安からくる
買占め行為、それらは、例え被災地の為を思って募金をしても、その善意が
無になってしまう行為です。
被災地の方が、避難当初、物資が満足にない避難所において、見ず知らずの人と
隣合わせになり、寒さをしのぐ為にお互いの毛布を重ねあって、みんなで
足を突っ込んで横になった…そんなお互いを思いあい、助け合う話を聞く一方で
こちらの人達の自分だけと言われても仕方ない行動は、何とも哀しくなります。
東北地方の方の逞しく優しい言動と反して、こちらの人は、何処となく
ギスギスしていて目が怖いのです。

都心や都心への通勤圏内に住む人間は、お隣と顔を合わすことさえも少なく
【個】を重視して生活をしていましたが、その割には、とても精神的に
弱いように思います。 今回のような自然災害には誰もが手を出せず、
ストレスのかかり方が半端ではない状況下では、【個】は不要なモノとなり、
むしろ悲哀を共有しあえる拠り所がないため、一人で不安を抱え、
抑圧されたモノを持っているせいでしょうか。
田舎で生活する人間は、【輪(繋がり)】を大切に生活していて、
物や利便性が満たされてない中でも、昔ながらの知恵と工夫で生き抜ける
精神的な強さがあるように思います。それらは、お互いの繋がりが大切であり
一人では心もとない事でも、複数集まれば成せる事があると、生活の中で
体感しているからこその強さではないでしょうか。

精神的な面のケアは、もちろん東北の方々に必要ですが、違ったアプローチで
都心や近郊の人達にも重要になってきました。 都会で生活する人達は、
東北の方々のように、逞しく優しくそして前向きに顔をあげていく事が
出来るのでしょうか?
今後も引き続き、不定期ですが継続的にお手伝いにうかがいますので
またご報告出来る事がありましたらさせていただきます。

                  
※古くは、三子教訓状(三矢の教え)でも説かれていますね。
この説にはウラもありますが…。

スポンサーサイト

コメント:0

コメントの投稿

トラックバック:0