避難所での理学療法

Category: 東日本大震災
被災地・避難所での理学療法

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名取市の津波被害にあったエリアにて・・・
3月31-4月1日の二日間、宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)地区の被災地の方々が避難している舘岡小学校にてボランティア活動をしてきたことは既に報告しました。今回は仙台の本多直人先生の治療院を拠点にして活動を開始しました。奥様が看護師で訪問看護をしている関係で名取市内の訪問看護ステーションと懇意にされているおり避難所を紹介していただきました。その訪問看護ステーション「スポット」から、すぐ斜め前が舘岡小学校です。近隣ですので被災者の方々とも普段から付き合いがあるようです。今回、本当に全くこの地区のことがわからない私が入るためにご尽力いただきました。

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避難所となっている舘岡小学校の体育館。前には仮設トイレもみられます。避難されている方は全員ゆりあげ地区の方々で津波で自宅は全て流された方ばかりです。

 本来。ボランティアは被災直後であれば、組織だったものではなく、近隣の人たちや直ぐに動ける人たちで始動することになります。最初はこの学校の体育館にも1000名の人たちが押し掛けたようで、とても収容できる状況ではなかったようです。被災してとにかくドンドン人が集まってくる状況は誰にも統制することうはできません。そのような中では自然と役割ができて臨機応変に体制ができあがり機能していくことになります。この蝶急性期の段階ではボランティアセンターから派遣などの一般的な手続きを経てなど悠長なことは言ってられません。この段階で活躍するのは、NGOやNPOなどのボランティアのプロになります。翌日にはどのルートを使っているのかわかりませんが、先遣隊が現地に入っています。全国ネットのつながりと、独自のルートがあるのだと思われます。そして3月11日から二十日が経過した現在、被災地は大きく変わってきています。刻々と変わる被災地での現状に応じて必要とされる支援も変わってきます。現在では神戸での震災などの教訓なども生かして、現地に直接入ってくるボランティアの交通整理が必要とされており、なかなか個人では動きにくい状況となっています。親類が現地にいるとか、直接地元で被災して医療現場などで動く場合は、おのずと支援に関わっていることになります。少し離れた東京から何か支援をしたいと思うと、まずは募金と節電ということになります。

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自衛隊の方が建てた仮設ぶろです。しかし実際には市内の温泉ランドに行ったり、知り合いのところで入浴させてもらったりしている方も多いようです。
 三週間あまりたつと、実は避難所によってはかなり落ち着いてきます。私が関わった名取市の舘岡小学校は街中に避難所があるので、比較的流通が滞っていません。物資も豊富で比較的恵まれた環境にあります。もちろんまだ石巻市などは、ライフラインが復旧しておらず衛生問題が表面化し、高齢者の二次被害が起きている地区もあります。いずれにせよ、外部からのボランティアが入りたくても入れない状況であるのが今回の特徴です。鉄道、高速道路など陸路から入ることが不可能で、ガソリン問題、そして広範なエリアでの被災だったことも関係しています。今週初めにようやく東北道が全線開通したこともあり、燃料さえなんとかクリアすれば入れる条件は整いました。しかし気持ち的に果たして外部から入って迷惑にならないか?という気持ちが先行してなかなか個人で入るには勇気がいります。しかし私自身は募金も一切しないで、直接支援できる機会を模索していました。これはあくまで私自身の考えですが、募金だとどうしてもリアリティーがないのです。もし動ける可能性があるならば、それは動くことで支援するべきと思っていたのです。幸い仙台には知り合いも多く、運動連鎖アプローチ研究会などでつながりがあるので直接的な支援は可能ではないかと考えました。当初から被災者に対しての支援は当然として、その被災者をサポートしている立場の医療従事者や市役所関係の方々などをサポートすることはできないか?そのような観点でまずは考えました。どう見ても長期戦、明らかにニュースをみていても医療従事者や市の職員の方々は休んでいません。同じ人間ですのでいずれ勤続疲労が起きてきます。我々はどうみても長く関われても数日もしくは数週間単位での活動になります。現地で長くサポートする立場の人たちが元気でなければ、それこそ被災地にとってこれ以上の不利益はありません。

Keyword1 どのような観点で支援をするか
1.被災者をサポートしている人たちをケアーする
2.ボランティアとは自己完結型である(衣食住・移動)


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仙台徒手医学療法室SORAの建物と左は私の車です。今後はボランティアの拠点としてお世話になることになりました。

 現地で活動するための一番のネックは足と拠点になります。足は車になりますがガソリンの問題が大きく壁になっています。現地では500台ぐらい並ぶのが珍しくないそうで、そんな中、外から来た人が貴重なガソリンを入れてしまったらそれこそ迷惑になります。車がプリウスだったことも幸いしました。燃費がいいので現地でも動いても帰ってこれるだろうと考えました。SAなどで継ぎ足して入れていけば現地ではほぼ満タンで活動できます。拠点としては自前とは言いませんが、もともと多くの理学療法士の人たちを受け入れてきた本多さんは本当に頼りになります。私自身もまず、本多さんの支援という立場で物事を考え支援物資を購入して届けたことはブログで既に報告しました。そしてみなさん共に支えあうという観点から、経済的なことを顧みず活動をされています。よって現地で末長く支えていく立場の地元の治療院などへの経済的な支援も不可欠なのです。そこでブログに掲載していただいたレポートを執筆料という名目にて義援金をお渡ししました。今後も快く今後も拠点として支援をしていただけることになりました。

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仙台徒手医学療法室SORAの本多直人先生と娘さんです。身体呼吸、場の治療を提唱して地元の多くの患者さんの治療をされています。

 今回の名取市へのボランティア活動も約3週間がたつこの段階では、ボランティア活動はボランティアセンターで取り仕切っています。最初の一週間はまだそこまで統制されていなかったと思いますが、現在では個人の受け入れはほぼしていません。今回は、一人で一日だけなのでという特例で入らせて頂いていただきました。実は、現地に入るまで私も特にどのような活動が用意されているのか知りませんでした。本多さんと奥様のつながりで話をつけていただいたというのが現状です。そこからは、訪問看護ステーションで話を付けていただいた方にご挨拶をして避難所に入りました。そこからは個人でどのように活動するかは自分次第です。見た目が大切ですので、白衣にて伺いました。できますゼッケンというのがあるのですが、その人が何ができるかをアピールわかりやすく提示しておかなければ、普段着では何処の誰だかさっぱりわかりません。白衣はそれだけで医療従事者とわかるゼッケンのようなものです。

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体育館のステージを背に一枚です。ステージに物資が山積みされ本部が設置されています。係や役割、そして一日のスケジュールなどが綿密に出来上がっており、見事に自治がされていることに驚きました。そして何より、被災直後の混乱というか雑多とした空気は無く、意外にも皆さん日常の一こまをみているかのような雰囲気でした。お隣のお父さんは娘さん二人が空手をしていて、全国大会レベルだそうで東京に行ったときは治療院に連れて行くよと、その眼は既に未来に向かっていたことにも驚きました。人間はそんなに弱くはないのかもしれません。被災者の大変さは当然ですが、そこに憐れみや同情などよりも普段通り接することの大切さを学びました。

Keyword2 どのようなニーズおよびタイプに分けられるか
1.一般整形:評価と運動療法を指導し効果を実感して頂きます。
2.疲労・過労:責任者や管理者の方には慰安が必要です。マッサージや指圧が喜ばれます。
3.PTSD、精神疾患:タッピングタッチなどのセロトニン神経を活性させるアプローチが有効です


 一日目は朝の10時から夜の8時まで、ノンストップで17名のクライアントの方々をみさせていただきました。翌日は午後には帰京するため2時間あまりの滞在でしたが7-8名の方をみさせていただきました。避難所には現在215名ほどの方がおられますが、とても全員に声をかけて確認することはできませんが、その中でも見させていただいた方をカテゴリーに分けると以上のようになります。多くは1の整形疾患です。いわゆるクリニック的な見方で対応します。被災によって怪我をされた方などは基本的には避難所にはおられないので、本当に外来のリハビリと同じです。ただメディアでも取り上げられていたように、精神病を患ってかられる方もいるわけで、突然大勢の人たちの中での生活ですのでストレスも尚更だと思われます。実際に2や3のケースは私が見る限りにおいてはお一人ずつでした。病院などで多く感じる症状も社会全体としてはそれほど多くないものと思われます。しかし、必ずこのような被災地においては精神的な問題を抱える人たちはいますし、病院のように他科に回すとか専門が違うからということで見過ごすことはできません。心と身体に対して何らかのアプローチできることは確かであり、お役に立てある方法はあるのです。ここで活用できたのがタッピングタッチです。15分ぐらにタッピングを続けると身体が全体的に温かくなってきます。そして合計20分ぐらい続けていくと、顔色もよくなり手足も温かくなり喜ばれました。頭痛と眼の奥が痛いというようなPTSD症状かと思しき人に対しても同様の方法を試みて改善をみました。これは簡単な方法ですのでご家族に直ぐに教えて一緒に施術しました。最近、足湯と手のマッサージのボランティアも岩手など行われているように、心のケアーというとどうしても専門家でなければと思いがちですが、誰でも簡単に出来る方法にて十分にケアーは可能なのです。

Keyword3 どのような声かけから切り出すか?
1.「リハビリや接骨院などに通っていませんでしたか?」
2.「お体の調子はいかかですか?」

上記の二つですと最初は2でいきましたが、後半は1で話の切り口としました。避難所では区画が12ぐらいに分かれていて、各々に近親者などが集まっています。仕切りは段ボールなどになります。お年寄りやご家族、お子様ずれの方々が多いように感じました。治療ベッドなどを持ち込んでというわけにもいかないので、それぞれの区画を回ってお声をかけていくスタイルになります。直接、伺った方がその人の生活の中に入っていって状況をきけるように感じます。病院でもクリニックよりもデイケアのほうが、その人の背景がより見えてくるように治療ベッドにて診察をうけるように来てもらうのは既に儀式が入ってしまうように感じます。治療は各々の仕切りの中でスペースを作ってもらって施術していきました。

Keyword4 通院難民を探し出す
 もう一つ大事な観点は通院難民を探し出すとということです。一時期リハビリ難民という言葉が横行しましたが、通っていた病院や治療院が無くなってしまったという方が大勢いらっしゃいます。最初に問題になったのが血圧や糖尿病などの薬の問題と透析患者でした。命にかかわることですのでテレビでも直ぐに報道され、薬剤師などが懸命に薬の供給をするための努力が映し出されていました。3週間もたつと、その薬の問題は解決されてきます。次ぐに来るのが、歯科や整形外科やリハビリそして治療院にて電気をかけていたといった方々です。命にかかわることでは無いので、なかなか言い出せないところもあるのでしょうが、それはそれでストレスになるのです。

Keyword5 廃用症候群を予防せよ
 これも、リハビリにおいては当り前のことなのですが、実際に家屋を失い役割を失った状況においては、活動量がぐっと落ちてきます。家事や仕事があるから自然に身体を動かしたりするのですが、極端に減少するのです。もちろん避難所でも役割はあってその都度動いていますが、足らないのです。運動の機会としてラジオ体操はいつどこでも本当に役に立っています。これこそ国民体操ですね。またボランティアでチアリーダーの人たちが手ぬぐい体操を避難所を回ってやっているようです。このような運動は実はとても喜ばれます。私も極力運動指導と称して一緒に見本をみせながらエクササイズをしましたが、いつのまにか隣でも一緒に真似をして身体を動かしています。実はマッサージよりも一緒に運動することの関心は物凄く高いことが分かります。もちろん交通外傷や神経症状などの治療メインになる人もいますが、基本はエクササイズです。今回、本当に効果的な治療的運動療法により変化していくクライアントの姿勢により、周りが驚いたり本人が喜んだりする姿はパッと場が明るくなる瞬間でした。「なんだか姿勢がよくなってるべ」少し訛ったその言葉がまた味わい深く感じます。
 普段から運動をしなくてはいけないことは被災者の方々も重々わかっています。しかしただ歩けとか身体を動かしてと言ってもなかなか一人ではできるものではありません。そこで万歩計などをどこかの企業などから調達して、避難所にいる希望者に配布して毎日記録してもらうようにすれば、それだけで張り合いになるかもしれません。実際にどれぐらい運動量が低下するのかわかりませんが、長くなるかもしれない避難所暮らしにおいて自然に身体を動かすことのできるきっかっけ作りを考えていかなければいけません。

Keyword6 長座位でのエクササイズ指導
 避難所では各ブロックに段ボールなどにて仕切られており、そこに毛布などを敷いて寝泊まりしています。よって運動指導も決して広いとはいえない場所で行う必要があります。二日目はある一角で4-5人に対してbodyworkのようにエクササイズ指導をしましたが、最も有効なエクササイズ姿勢は長座位でした。長座位ですと一人ひとりのスペースをあまりとらずに、それでいてどっちに向いていても首を回せば私の方を見ることができます。この時は本当にジャイロキネシスなどのbodwyorkを習得していてよかったなと思ったものです。一緒に動いたり歩いてもらったりすることで、周りも躍動的な空気が流れます。自然に動的な場に眼が向き、注目が集まるのがわかります。自然に興味を引き、遠慮していた人たち、何をするのかわからないので様子を見ていた人たちも安心して声をかけてもらえるようになります。待っているのではなく、ニーズを自然に掘り起こすアクションが大切であり新たな空気を作り出します。

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 避難所での食事は原則朝夜の二回です。私もずっと治療をしていると、この避難所のまとめ役である伊藤善光さんより「晩御飯を用意したから食べてくれ」と言っていただきました。東北人は表立っては言葉では思いを語らない特徴があるようです。しかしながら、何をしているのかといった姿はしっかりと見ていてくれます。現地に生きる、ゆりあげ地区の漁業を生業とする人たちの気質に触れた思いでした。決して豪華な食事ではありませんが、日々食べられることへの感謝が生まれてきます。

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 31日夜は丁度、NHKで夜八時からクローズアップ現代という番組にて、この避難所のことが番組で出るからということで一緒に見させていただきました。子供たちが食い入るように見ています。心の問題といったテーマでの番組でしたが、特に深刻になる様子もなく皆さん見ておられました。いろいろ情報を聞いていると、沿岸部、山間部、そして都市部の人たちの気質は全く違うようです。コミュニティーが普段から密な沿岸部の人たちは壊滅的な被害を被りながらも、一切漁業から身を引く気はありません。また前の漁港に戻すために動いています。歴史的に何度も海の人たちは災害に合っていて、その逞しさというか強さが違うようです。
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避難所で村長さんと呼ばれている責任者の伊藤さん。本当にお世話になりました。また4月15日と29日お伺いします。名取市の職員の方や看護師さんともつながりをもつことができました。まだ舘岡小学校だけでなく名取一中も同じゆりあげ地区の避難所があるようで、リハビリの要望があるようで、是非行って欲しかったようですが一人で一日余りしかいられない状況ではマンパワーが足りませんでした。被災地での活動に興味のある方は是非ご連絡ください。

 私も東京から名取市に入ってかえって元気をもらったようです。むしろ都市部のほうが怖い雰囲気が流れています。見えない不安に対して抑圧された空気が漂っています。核家族化した個人中心のコミュニティーである都市型の生活は、一見自由で気ままですが実はこのような災害においては脆さが露呈した格好です。大家族で地域のコミュニティーがあれば、一人では乗り越えられないものも乗り越えられるのです。被災地からの避難でこの地域性が重要視されているのは、そういったことからなのです。一家族や個人単位で避難したり行動している人たちの不安は並大抵のものではありません。ゆりあげ地区の人たちは被災直後から、一切物資が届かない時期からお互い野菜などを持ち寄ったりと自立していたようです。また自分たちが一番大変なはずなのに、お蕎麦を炊き出しのようにつくって振舞ったりと、もともと自給的な生活ですのでその逞しさが違うようです。おそらく都市型の生活をしている人たちこそが、心の病といか神経の衰弱は激しい可能性があります。
 被災地でのサポートは地域によって、時期によって全く違う様相を呈してきます。刻々と変わる状況と課題に対して専門家ではなく人として何ができるかといった観点が必要だと思われます。訪問看護ステーションのスタッフの方々も、避難所でのリハビリ活動をとても喜んでいただきました。いつも関わっている利用者さんに対して、間接的にでも貢献できることを心から願っているのでしょう。

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 最後に帰る前に、ゆりあげ地区の被災地を目に焼き付けてきました。後ろ姿の自転車の人は私が車を止めて眺めていると、多摩ナンバーの車をみて珍しかったのか近寄ってきました。お声をかけると何でもこの地区で働いていた方のようでした。「こうなっちゃっつたかって感じだね。生きていたものとして眼に焼き付けておこうと思ってね。会社もなくなっちゃたしね。この道は通勤で通っていたんだよ」言葉からは出身は都心の方かもしれません。東京からボランティアで来たことを伝えると「ご苦労さんです」と労いの言葉を残して、ため息をつきながら眼に焼き付けるように写真を撮りながら自転車で去って行きました。
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被災透析患者救済プロジェクトを立ち上げました

藤山勇司
藤山勇司と申します。私は被災透析患者救済プロジェクトを立ち上げました。
エイブルと東京内科医会の橋渡しをし、東京に疎開された患者さんを集団治療から医院から近い貸家にご案内しております。
敷金、礼金、仲介手数料は無料。三ヶ月分の家賃も無料。その上、当面必要な家具も揃えています

このプロジェクトは私が被災地の惨状を目にして
(良かった、木更津や苫小牧でなくて…)
と思ってしまった贖罪です。決して思ってはならないことでした。
思い悩んでいるときに、知り合いの記者から携帯に電話がありました。
「藤山、お前なんとかならんか」と。

受け入れ態勢が確立し、昨日は一家族の転居に成功しました。
なぜ、仲介業者が良いのか、それは患者さんは物ではありません人です。
引越しは大きな決断です。
「ここに入れ」では納得しないのは当然のことです。
病院から近い場所、日当たりの良い場所、公園の近くなど、人の好みは千差万別、選択するからこそ納得されるのです。

宮城県で2名の患者さんが死んでいたことが読売新聞で報じられました。
一刻を争う事態です。広く世論に呼びかけるには当方は力がありません。
被災者の中でも人工透析患者さんは特に死の淵に立たされています。

被災透析患者プロジェクトを広く知ってもらいたいたいと思っております。
どうか、お力添えをお願い申し上げます。

以上、略儀ながら伏してお願いとともに。
                        藤 山 勇 司

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