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“気”の運動連鎖アプローチに挑む
昨日の流れは、待て→注意しろ→強引に行け・・でした。その日の流れというのは日々違うもんだなと感じます。昨日も帰りには、ちょっと待て・・になりましたからね。何を言っているのかというと、私はいつも通勤の車や自転車のスムーズさをその日の運勢の指針としています。毎日占いが違うように、その日の運気を啓示するかのような日常の流れがあるようです。虫の知らせや、胸騒ぎなども、おそらく何かの運気を感じてのものだと思います。
 東洋医学では気という言葉はことあるごとにでてきます。元来、経絡そのものが実態が謎のものですが、気の流れの経路とも言われています。また、日本語にも気をつかう、気をつける、気がつく、などと気がつく言葉がとても多いのも民族的な特徴を表してるものと思われます。
 治療にどのように活かすか?セラピストにとってはそれが一番大事です。鍼灸などをもっていると、経絡などの体系を生かした治療もできますが、リハビリではどうでしょう。よく治療中に気がでているんですか?手が暖かいですね?などと言われて苦笑したことは誰もが何度かあると思います。笑い話で食後で眠気のなかで手が暖かくなっていることで、患者さまは心地よく感じることもあるようですが。一ついえることは、気というのは万人に備わっているものであり、特別な人でなければ扱えないものではないということです。ただ自覚できて操作ができるかどうかという差はあるでしょう。最近フリーになって、特にスポーツ現場で半専従的な活動をしていると、心身のコントロールが特に大事になってきます。よくスポーツ選手が心身ともに常にベストパフォーマンスができるようにコンディショニング管理を徹底しているように、トレーナであるセラピスト自身も例外でなありません。病院でも同じのはずですが、現場にでていると特にその必要性を感じています。以前から現場にはでているのですが、実業団のチームということもあるのでしょうか・・肩書きや知識や技術ではなく、その日その時に力を発揮できる。つまりコンスタントに冷静な判断とパフォーマンスができるということが求められます。特に現場の場合は体力勝負ですので、体調がすぐれないと途端にパフォーマンスが落ちます。昔は若さと勢い乗り切っていたんでしょうね~今ほど、心身のコンディショニングに気を使うことはなかったように思います。大義名分や必然性が高まった時はだれもが力を発揮できますが、常時継続してというところが味噌です。臨床はたとえば週に1回ぐらいの関わりのほうが、患者さんは変化がでやすいことが往々にあります。何らかの感覚刺激が入りますので変化することは間違いないからです。しかしながら、単一の変化は単なるマジックの領域で、リハビリとはさらに生活という視点にたって自立することをサポートしていくという理念があります。
研修会の講師をしていてデモンストレーションをしたりするときは非日常的な空間ですので、いつもとは違うことをやって結果がでたりしてしまうものなのです。毎日、常これ新たなりでマンネリに陥らないように積み重ねマネージメントしていくことこそが臨床の難しさなのです。また病院の場合はルーチンワークである事務作業も多く、またいろんな役割の仕事も併用しなければいけません。決められたルーチンに乗せていくということが仕事になることが大半なので、独自性や創造性、そして決断力をもって取り組むという機会があまり無いというのも事実です。病院の場合、外来などで自宅でどうしているかは基本的には管理介入できません。よく一週間のなかでも緩解憎悪を繰り返してまた少し好転して外来に来るというここも多々あります。チームにつくと常日頃の状態も刻々と報告をうけながら、コントロールしていくという違う側面があります。ましてや期限付きのリハビリですので、半年もたてば経過は追えなくなってしまいます。
 少々、気の話からそれてしまいましたが、私が常に同じ定常状態を保つために気のコントロールをせざるを得なくなってしまったことは確かです。必要に迫られてというのが実情です。スポーツ現場は私にとっていつも新たな課題を提示してくれる成長の場ですね。今までも臨床の転機はスポーツからであることが多いように思います。まずは自らが無にならなければいけません。いろんな感情や思いこみなどのバイアスが入ると、それだけで自然な情報を得られなくなり、判断ミスなどをすることにつながってきます。“空”をイメージすることで、クライアントとの一体感のステージに移ります。自らの手とクライアントの存在が消えます。自分自身の意識までは消えないのですが、少なくとも空間の中に自らの意識以外は何もない状態ができます。そこで必要な情報を得るために運動連鎖を評価していきます。その時はさすがに操作性が入りますが、バイアスが無い状態ですので非常に状態を把握しやくなります。そして評価から治療の刺激の方向と深さなどに行きついたら、最もターゲットとなる部位に対してエネルギー的なイメージを持ちます。気を送るというような能動的なものではなく、そこに何らかのエネルギーが注いているイメージです。その時にどのようなエネルギーの種類であればクライアントの気が充実するかを探ります。東洋医学でいえば木火土金水という分類があるのですが、気でもその人にあった気があるはずです。気のイメージをいろいろ変えていくと、その人にあった気のイメージにあたります。そのまま保持していくと取り巻く気が均質化していきます。治療はそこで終わります。よく気功などの治療で患者によっては何をやっているかわからなかった・・という人もいればとてもよく効くという方もいます。おそらく何らかの変化はあるものの変化の自覚を得られるようなテストを前後にすかなどの補足が不可欠なんだと思います。このあたりはリハビリ的な発想が役に立ちます。このような方法をとることで気の治療を目的にするというよりは、いつも定常状態に保つための方法として採用しています。気の運動連鎖という講習会もやりますかね~
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