“空”

“空”
技術と知識を最大限に生かすためには何が必要か?心技体でいえばそれは心にあたると思います。この度、北京オリンピックのアジア予選で韓国と死闘を演じたその様は国民の心に深く感銘を与えることになった要因はまさに心にあたと思います。日本人の気質というか原点をみたようでした。プロ野球といえば日本のレベルの高さは自負するところであり、ここまで追い込んで全身全霊を注ぎ込んで初めて日本人の真骨頂が出ることがわかりました。なかなか過酷な民族特性です。しかしながら、だからこそ合理的でないどの試合をみても今一つハラハラさせられて、それでいて時に神風のようなものを感じるのは究極までに心を追い込んで、その先の先の境地に達した時に人智を超えた力が生じるのかもしれません。星野監督が台湾戦で「スクイズのサインは気がついたらだしていた」とか選手の起用方法などはまさに神懸かり的といっていいものです。心を追い込むと往々にしてプレッシャーに負けたという結果を招くことも多いのですが、今回ばかりは人知を尽くして天命を待つという試合となりました。
 話が若干それますが、相撲でも心のことがいわれています。いわゆる心技体の心がそなわっていなかったと・・・しかしんがら、どうやったら心は備わるんでしょうか?責任感?背負っている重み?それこそが自覚というものかもしれませんが、そんなに若くして身につくものでもありません。身を削るような心の修練の後に得られる境地ともいえます。泰然自若として動揺せず、すべての品格を備えているなど本当にそんな人はいるのでしょうか?学校の先生に求める世間の眼もしかりです。モンスターペアレントなる人たちは逆に親の資質を問われることになります。しかし今回の星野ジャパンは見事に日本人たるものは何かを示してくれました。和をもってと尊ぶ!つまりは、隣人との心のつながりこそが日本人であり、神仏というよりは心でつながっているのが日本人なんだと思います。心をベースに技術も身体もあるということなのです。技術と身体にあまりにもとらわれ過ぎていては最も大事な心がおざなりになってしまいます。しかしながら、心についてはイメージトレーニングなどはあるものの、「心を強くもって、心で負けないように」とノウハウらしきものはおおよそ感じられません。しかしながら、日の丸を背負って・・・プロ野球を背負って・・・勝って当たり前という国民の期待を背負って・・・という大義名分が不可欠であり、自分のためにというのは大義名分には弱く、大きな舞台になればなるほど結局は不安定さを産み出してしまうものと思われます。
 最近私は空というものの意味が少しわかりかけているように思います。何に捉われるでもなく、期待もぜず・・このような心境で選手に対峙すると本当に何の実感もないんですよね。身体が消える・・誰の?もちろん私自身のですが・・・究極には自分が触っていることさえもいま一つ実感がなくなります。
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