日本人のスポーツ特性

日本人とスポーツ特性
日本人はあらゆるスポーツに進出し、ことあるごとに良い面よりもコンプレックスな面を見がちです。つまり身体能力に関するコンプレックスは永遠にぬぐえないと思われます。ワールドカップバレーを観ていて思うのは、男子でも平均身長が194センチぐらいあるんですね。結構いい勝負しているようですが、肝心なところで勝負弱さが目立ちます。しかしながら、身長の高いひとそのものが少ない上に選出しなければいけない状況を考えるとよくやっていると言わざるを得ません。ヨーロッパのようにカメラマンがスポーツ選手よりも大柄だというような現象はありませんからね。しかし、野球もサッカーもバレーでもなんでもそうですが、どことなく圧倒的な強さを感じられないのは何故でしょうか?いつも危うさと同居していてハラハラします。今日もオリンピックをかけて韓国と死闘を演じましたが、長打力などの打撃よりもやはり守りに特色があるようです。サッカーも相変わらずFWのタレントが足りないように、バレーもアタッカーの決定力が不足しているように・・・攻めには一抹の不安があります。共通していることを列挙してみます。①考えすぎると身体が動かなくなる。どういうことかというと気楽な気持ちでいる時、つまりリラックスしているときは伸び伸びと動けるのですが、勝負が佳境に入ってくると思い入れが強くなりすぎるのか急に身体が動かなくなります。おそらく日本人は自ら何かを背負い込んでしまう気質がるようです。よってこのような呪縛を取り除くための魔法が必要になります。大義名分が必要なのです。・・・のために・・というようなですね。後は流れを変えるための手を早めに打たなければいけません。何故かというと流れが悪い時に日本人は自らの手で変える能力が低いように思います。外人の場合は最大の勝負の山場で恐ろしい集中力で爆発して大活躍することがあります。野球でもシリーズなどで流れを変えるホームランを打ったりします。日本人がプレッシャーに弱いとされるのは、外人の爆発力のようなものを感じられないからだと思います。そして、これほどまでに国際舞台で活躍してもコンプレックスが解消された気にならないんですよね。完膚無きまでになぎ倒すのも気質的に合いません。やはり和をもって尊ぶ民族なんですね。追い込まれた時に、止まってしまう・・・筋肉の質も硬くなりやすい体質もあるんでしょね。追い込まれたりプレッシャーがかかると、頑張ろうと硬くなる連鎖を断ち切らなければいけません。重心が踵にかかりやすい骨盤後傾位ですので、追い込まれるとその特性が強調されてしまいます。さらに動かなくなり単調な身体操作は相手にとっても格好のターゲットになります。バレーでいえばアタッカーがこの袋小路に入ると、相手のブロッカーもタイミングをあわせやすくなります。ラリーや二段トスのここぞというところで一瞬でも躊躇するとかなりの確立で止められています。開き直りやリラックスというのはまだまだ日本人的には良くないことだという深層心理が働いています。直線的な動きに弱い身体特性もあり、前後の直線的なスピードが優位となるスポーツはことごとくやられてしまいます。パワーにやられるというのはこの直線的なツボに入ってしまうからです。本当は柔よく剛を制すはずの武道がパワーでやられてしまうのは、スポーツそのものが慣性やスピードなどの要素がかなりのウェイトを占めているからでしょう。外国のチームに比べ、日本は個々の選手が個性的というか身体能力が欧米ほど一定でないように思います。筋力とかパワーがということ以上にいろんなタイプの選手がいるということです。欧米だとなんとなくお国柄があって動きに特徴があります。しかし日本選手の場合は例えば女子バレーでは凸凹の身長は仕方ないとしてもアタックのうち方やレシーブ姿勢などの特徴がここに際立っています。育成システムの問題もあるのかもしれませんが、アライメントも体格も海外よりも一定でない寄せ集めっぽい印象があります。やはり身体的に国際基準よりもまだまだ層が薄いからでしょうか?対応策はないのか?おそらくこうでなければいけないという呪縛あら解き放つことです。プレースタイルも考え方も個性を認めることでしょう。こうあるべきだ・・・こうでなければいけない・・・と思うとあっという間に硬くなります。もっと具体的にいうと最近バストセラーになっているフォースタンス理論が参考になります。場面場面で体重移動やかかり方は違います。日本人の身体は前後よりも左右への移動特性がありますので、左右へぶれた時にいかにそれにあった運動連鎖的な身体イメージをもてるかということにあります。武道で巧な身体操作が紹介されていますが、ほとんどが筋肉やパワーによるものではなく、梃子の応用や脱力とタイミングなどの出し入れにあります。
もちろん圧倒的な身体能力が劣っていると話になりませんが、ある程度体力的には追いついてきたなかで、日本的な身体特性を生かすテクニックを身につける段階にあるということです。つまり筋力やパワーを補うということではなく、直線的な動きに変わるテクニックということです。よって単に理想的なフォームということではなく、崩れた中での微妙な身体イメージによるコントロールでバリエーションを多くもつことなのです。だから日本人の投手は投球術にすぐれており、大リーグでも頭角をみせているのでしょう。テクニカルになること、それにはストレートのキレが条件なので、これはある程度欧米的な体力的要素が不可欠です。直線的な動きには固まらない心のトレーニングと流れや自分のスイッチを変えるための儀式が必要です。ハッとするような瞬間に解き放たれる瞬間がありますので、同じマンネリの時間をできるだけ少なくする多様性が必要なのです。でないとすぐにいろいろと考えてしまう思考なのです。イチローが身体運動の代表のようにいつも取り上げられていますが、ホームランを打つスラッガーでないところが日本好みなんですね。しかしスランプもありますよね、みていると・・。そのことは誰も触れないですし、スラッガーはパワーだからと決めきっているところもあります。内野安打や足でかせぐヒットも多いイチローの調子が落ちているときの外野に飛ばないのは何故か?ということをむしろ解説してもらいたいものです。これは日本人的な感覚を最大限にいかしているイチローが直線的な要素が弱くなったときにスランプになっているように見えます。直線的な力を得るために力を入れては日本人には無理で、逆に力を抜く技術が必要です。武道がもてはやされている背景にはこの脱力のコンセプトがあるからなのです。練習をバンバンやって、これ以上やったので大丈夫という安心感の効果を説かれるのは、硬くなることの予防の気持ちの落とし所なのです。欧米では本番に力が出せればいいという発想で、準備運動もそこそこに本番ありきで調整します。日本人は積み上げて、その積み上げた自信をもとに、負けるわけにはいけないというプレッシャーではない、いい意味での上眼線を持てることが大切なのです。
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