長友佑都

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インテル・ミラノ長友佑都 「心が震えた」

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スナイデルと交代でピッチに入る長友選手

 長友選手がインテルミラノでローマ戦に後半途中30分から登場しました。インテルミラノというビッグクラブに入団が決まって、まさに日本に激震が走ったかのようでした。特にサッカー関係者にっとてもインテルと言えばビッグクラブ中のビッグクラブ、紛れもなく世界屈指のチームです。昨年は監督がモウリーニョということもあってか、ヨーロッパCLを始めクラブ世界チャンピオンまで4冠を達成しました。エトーにスナイデルなどW杯でも対戦した各国のエース達と同じチームのピッチに立つという夢のような瞬間です。今季は香川や本田などビッグクラブ移籍が取りざたされた選手はいましたが、まさか長友選手が本人もびっくりの移籍期日3分前の電撃移籍でした。このニュースに日本中のサッカー関係者やファンは度肝を抜かれたというか、夢でないだろうか??という反応が大半でした。実現するとは最近まで誰も思わなかった、ビッグクラブに日本人が入団するという快挙にどれだけの人たちは涙する想いだったでしょう。早くインテルのユニフォームを着て活躍する姿を観たい!!待ちわびたファンはその思いを抑えられないかのようでした。
 間違いなくワールドカップの活躍とアジアカップの活躍などが追い風となったことは確かです。またブンデスリーグの香川選手の活躍により、多くの日本選手がドイツに渡っています。誰よりも努力してきた自信!!そして明確なStrong Pointを有している長友選手。その自信からかビッグクラブでも臆することがありません。世界一のサイドバックにと公言してはばからない長友選手は、まったくブレることがないようです。
 本当にビッグクラブへの移籍が実現すると、明らかに選手たちの意識が変わります。刺激を受けて触発された選手は山ほどいるはずです。W杯での活躍により、多くの選手が既にブラジルを視野に入れて頑張っています。ドイツでのW杯後には、敢えてあの悪夢を思い出さないよう蓋をしたかのようにサッカーから話題が離れて行きました。しかし、日本中を熱くしたあの南アフリカでの戦いは、日本人の団結力を思い出させてくれました。そして、まさに今その団結力が日本の伝統になりつつあります。ようやく日本人らしさの見えるサッカーの糸口が見えてきました。オシムが提唱した日本サッカーの日本人化という答えが一つ結実しつつあるということです。しかしながら南アフリカ前の代表のサッカーは酷いものでした。全くアジアでも韓国とオーストラリアに歯が立たない低落ぶりです。実際のところ個々の力がW杯後に急激に上手くなるわけではないので、やはりアジア杯においてもトラップやパスなどの技術は他の国のほうが秀でているようにも見えます。ところが日本人はじきに弱かった時を忘れ、現在の勝っていること勝つことが当たり前の風潮になってしまいます。
 昨年までFC東京にいたわけですので、同僚の選手たちは尚更刺激を受けるでしょう。私も昨年、仙台だったか新幹線乗り場の階段で長友選手とすれ違い眼が合ったことがありました。眼光鋭く意外に小さいなという印象でした。それよりも当時はまだ平山選手のほうが有名で、ファンとの記念撮影をしていました。まだ長友選手はほとんど知られていなかったのです。今なら逆ですよね。「FC東京から一年後にはインテルの選手が出た。気持ち一つで変わると誰もが思っている」というようなコメントが平山選手からありました。いつも近くにいるとそれほど差がないと思っていた選手があっという間に手の届かない所に行ってしまうその衝撃!!それも、4年前までは明大の応援席にいた選手があっという間に駆け上がっていったこの事実。おそらく、もっとできる有望な選手は山ほどいた中で、あの長友選手が!!という思いはあるでしょう。その間、違ったことといえば上手くなるという信念と努力の量でしょう。「心が震える」W杯のカメルーン戦前にも同じような、コメントを恩師にメールしています。まだ、いまだに試合後には中学の恩師に連絡をするその変わらない初心。母親が子供三人を育てたという環境により培われた覚悟とハングリー精神。
 サッカーの日本代表で本当の意味でのエリート街道をまっしぐらな選手はほとんどいません。ヨーロッパなどでは才能を見つけてエリート教育をして大成させています。スペインのバルセロナがいい例で、知性も教養も人間的にもバランスのとれた選手が揃っています。それと何と言ってもバルサは同じ地方の出身の選手が多いというのも驚きです。流石にレアルといえどもなかなかバルサの尻尾を掴まえることができません。個々のポテンシャルというよりチームとして絶対的に真似できない何かがあるのです。意外に日本とスペインはいい試合をするのではと思ってしまうのは、日本の団結力というニュアンスとは少し違いますがスペインにも共通したまとまりを感じるのです。いずれにせよ日本にも本当のエリートをそのまま伸ばせる環境が必要です。日本ではどうしても天才と言われた選手をちやほやするせいか、選手は鼻高になって伸びてこない傾向にあるのです。たまたま反骨心とコンプレックスなどを持つ境遇に至った選手が伸びてくるという、ある意味必然ではなくて偶然の産物なのです。日本ではじきに美談としてサクセスストーリーが描かれますが、本当にすごい選手を才能のある選手を育成していかなければ世界とは技術レベルで追いつかない可能性があります。
「意識一つで変わる」まさにその通りかもしれません。技術と戦術と経験と、なんとなくそちらばかりに目を奪われていましたが、実は本当に気持ちが変わることが一番大切なのかもしれません。本田圭介選手があれほどギラギラとした眼で吠えることで、日本選手の気持ちも大分変わったのではないでしょうか?あれで本田選手がW杯で活躍していなければ日本はもっと遅れていたかもしれません。ハングリーなんて縁がない日本社会において、その最も大切な気持ちの部分で敢えて燃えるようなキャラは、背景として挫折の経験が必要なのかもしれません。挫折していても気がつかない、気にしない、頑張らなければいけない境遇でももたれかかっている、ということも珍しくないので、後は努力する価値に気がつくかどうかということです。
 金持ちになりたいわけでも、総理大臣になりたいわけでも、社長になりたいわけでもなく、特に熱く語ることも無く、無難に幼少時代を過ごすことで可愛がられた世代は、大人になると単に感情の抑揚なく意志がよくわからないキャラになりがちです。夢を持ってというフレーズがよくありますが、夢を持って活き活きとしている姿はほとんどみません。中国人のようにエネルギッシュなイメージは日本人にはありません。むしろ高度成長ではない時代には夢をもって頑張るというのは、ある意味目的が見出しにくい、頑張る対象がわかりにくいことになります。結果、その夢というと日本のためとか社会のためというふうには繋がりにくく、お笑いや芸能、スポーツに行きがちです。そうでなければ無難な安定ということで公務員になります。なんとかなるよ~という風潮もあることは確かです。確かに失業して切り詰めている人たちは沢山いるとは思いますが、それでも昔のように貧乏という言葉が似合う人はまずいません。失業しても貧乏人はいないのです。心まで貧乏な人はいないということです。どういうことかというと本当に昔ながらの貧乏というのは、這い上がってくる力がエネルギーがあったのです。何くそという気持ちです。また泥をすすっても生きようという逞しさです。現代は、何が何でもではないためニートが山ほど増えているのです。ニートでも見た目は普通の服装をして普通の家に住んでいるのですから、貧乏とは程遠いのです。
 食うことには困らないというのが現代の日本です。ましたや親が健在の場合は、本当になんとかなります。努力しても、昔ほどその努力に比例していい生活が保障されているわけではないというのも事実でしょう。サラリーマンなどみていると、遅くまで努力というより単なるノルマです。こうなると逆に安易にお金を手に入れようという振り込み詐欺のような輩の発想もでてきます。
 物は溢れ中国のように物欲が旺盛なわけでもない。そうすると、何を支えとして拠り所とすればいいのでしょうか?長友選手の「一瞬一瞬を努力する」その喜びと価値に気がついたものが日本では成功への近道なのです。よってダルビッシュなども旅行などに全く興味がない。趣味という趣味もない。その何もしない時間で筋肉がダメになってしまう。気持ちが悪い・・GetSportsでそう言っていました。それだけ自分の中で許されないポリシーがあるのです・・・だから単なる何もしない余暇などいらないということらしいです。
 野球という打ち込めるものがあることの喜び!!そこに価値を創出できることが大切なのです。イチローもそうですよね。他人からしたら何が面白いんだろうと思うほどに徹底した生活パターン、独特の価値観と行動パターン。確かに凄いとは思いますが、参考にならないほど誰も真似できません。富みでもない名声でもない、結果的にそれはついて来たら来たで仕方がないという価値観なのです。努力し高め続けることの喜びと、魂が震えるその瞬間が堪らないのだと思います。自らを高めることの喜び!!それこそが現代の日本で頑張ることの最大の意味であり、モチベーションになるのです。この純粋な魂の欲する動機にて自らを高めることができれば、浅田真央さんや石川遼君、宮里藍ちゃん、ダルビッシュやイチロー、本田選手や長友選手などの世界レベルの日本人になる秘訣なれるのです。つまり、現代の日本の環境で行き着く先のモチベーション「一瞬一瞬一分たりとも無駄にしない生き方」による喜びこそが、物欲やコンプレックスなどを超える一番の崇高な成功の真理なのです。お金持ちになりたい、コンプレックス、反骨心などはきっかけであったり導入としては構わないのですが、そのレベルではどこかでお金を手にしたり、地位や名誉を手にしたことでかえって転落の人生を歩むことになりかねません。日本人はその努力の価値を知っている民族なのです。いまの政治家の中は政局に関心のある人や世論に振り回されたりといい顔をいかにするか高感度を演出するかに奔走してブレまくっています。努力する価値を体現できる政治家こそが、実は望まれている姿なのです。
 若者で方や世界で方や何もやる気がない覇気がないという両極端になるのは、一瞬一瞬努力することで自らが高められることの価値がわかるかどうかの、まさに全が無の法則なのです。世界レベルに気持ち一つで成れる時代に進化したのです。現代の日本はそのレベルに行き着いたのです。その行き着いた先には、人の気持ちを動かす、時代を動かす、感銘を与える、そして人が見てくれる、そして結果的に長友選手のように運を呼び込むことにつながるのです。こうやって考えると、まさに運とは自らが作り出す流れに、周りが呼応して連動する必然なのです。
 私自身、長友選手のように心が震える境地は、まだわかりません。どうやったら、どのような心がけによって、日々の積み重ねによって心が震える極上の域に達せることができるのか!!これから私も気持ちを入れ替えて、潜在的な意識のなかでの「できない」を払拭して、魂が震える一瞬一瞬を表現していきます。
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