龍馬の旅

Category: ほんわか日記
龍馬の旅in京都

9月25日本当に秋晴れの一日でした 2010.9.10 082
龍馬と中岡慎太郎の墓の横にある像の前にて・・・東山、霊山護国神社にその墓はありました。多くの幕末の志士が眠っているその墓地には何とも言えない凛とした空気が漂っていました。場の雰囲気・・多くの志士の念と訪れる人々の思いがきっとその場の雰囲気を作り出しているのでしょう。増渕君と共に武蔵の旅に続いての龍馬の旅でした。眼下には街が一望できる見晴らしのいい場です。参拝者は各々特別な思いをもってその場を訪れていることがわかります。私も墓の前で手を合わせながら、その空気を感じていました。ここに眠っているんだと思うと本当に感慨深いものがあります。

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霊山護国神社には龍馬以外にも、明治維新誕生に尽力した志士1043名の御霊が祀られています。その名前がずらりと壁に並んでいます。本当に時代を動かすために、これほどまでに多くの志士が命を落したんだなと改めて思いました。この犠牲の上にたって明治維新がなされ現代があるものと思うと大事に生きなければいけませんね。

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先ほどの志士の名前の彫られて石碑を歩いていくと、志士の志を写したかのような俳句があります。さらにこの上に龍馬の墓があります。今の日本は本当にどうなってしまうんでしょうね・・杞憂に終わればいいのですが・・

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霊山護国神社の鳥居。本当に晴天で我々を迎えてくれているかのようでした。この鳥居をくぐったところに霊山歴史館があり大龍馬展が開催されていました。新生日本誕生のために尽力した人たちを顕彰しようと、松下幸之助氏らによって造られたそうです。経営の神様にも幕末の志士の魂が宿っていたのかもしれませんね。先人の功績を敬う気持ちが、もしかしたらぶれない羅針盤となって目標に向かって突き進むことができる源になるのかもしれません。

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大龍馬展を観た後で・・歴史館の前にて。この館を出てすぐのところに龍馬の墓があります。改めて、龍馬がもう少し生きていたならばどうなったのだろうか?と思わざるを得ませんでした。勿論多くの幕末の志士が若くして命を落としていますので、龍馬が特別だったというわけではないのでしょう。しかし大半が20代と30代前半の志士によって成し遂げられた明治維新というのは、現代から考えるととても考えられません。やはり若い力がいつの時代でも変革の力になっているのかもしれません。それに比べて現代は、とてもその活力が若者にはないかもしれません。そしてオジサン達が今だに元気です。いつまでも年を取った人たちに日本を牛耳らている状態では何も変わらないのかもしれませんね。本当に政治に疎い私が観ていても、おいおいと思うことが多々あります。ましてや国際問題となると、まるで子供のだだったこのようなやりとりが罷り通ってしまうのが不思議でなりません。こんなの一般の社会人として通用しないだろう~というようなことが国レベルになると通用しているのですから不思議です。もしかして一国のトップを担っている人たちは、本当の意味での人格者ではないんでしょうね。我儘(わがまま)で独善的で、少し偏った人たちが集まっているのかもしれません。それが日本の常識的な考え方などが全く通用していないのがまた呆れます。まさに国民が求めている政治や国のスタンスやあり方が、国際的には全くといっていいほど通用しない現実を思い知らされます。日本国内では政治に対して、当然これが常識だというものを振りかざして糾弾しています。ところが、この常識が全く通用しないのです。この常識だ当然だという思考パターンに政治家は慣れてしまっているので、大局に立って物事を考えれらないのです。支持率や高感度や評判ばかりを窺う政治家に気概はありません。気軽に判断してなんとかなるだろうと・・・短絡な判断です。我々も自国の政治家を悪者にして満足しています。ところが途端に隣国との問題になってくると誰も立ち上がろうとしません。ただ茶飲みながら基本的には他人事です。メディアも政府の対応の甘さという自分に災い振りかぶってこない、やり玉に挙がらない無難路線です。揉め事には足を突っ込まない、国民やメディアや評論家が個人志向になっているがゆえの他人事思考なのです。
 平和ボケなんでしょうね。龍馬さんが思い描く様な日本に一応なっているんだと思いますが、いかがでしょう。
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