身体運動学セミナーⅡ報告

身体運動学セミナーⅡ 報告

DSC02320.jpg
記念撮影・・少し傾いてしまいましたね。今回は総勢50名の参加者です。ほとんどが福岡県外の方々で、北海道と東北以外の地域からそれこそ日本全国からの参加者です。志のあるものが集ったという感じですね。第一回目のときの参加者はほとんどいないということで新規参加者が多かったようです。何故か私が一番センターですね。

 9月18~19日の2日間、福岡の和白リハビリテーシヨン学院にて身体運動学セミナーⅡが開催されました。二月にも同じく博多の地で開催しましたが、その続編になります。身体運動学は森岡周先生と樋口貴広先生の共著として三輪書店より発刊されています。
知覚と認知はいまやリハビリテーションの効果機序を考える時には、不可欠となつています。既にキネマティックやキネテイツク、神経生理学的な観点からだけではリハビリテーションが成り立たなくなつているのです。勿論、既存のものにうわのせされて行くがゆえに、発展があるわけで、ベースを知った上で積み上げて行く作業は不可欠です。つまり温故知新は忘れてはいけません。先人へのリスペクト無くしては、何れ自分が同じ憂き目にあうのです。
理学療法の世界では、既存のものに対して否定的なスタンスをとることで、自己満足のプライドを構築してきました。一度抜いた鉾先は収められないもので、時代の流れで風向きが悪くなってきた時には既に引き返せない状態になつていることがあります。客観的な視点から自分自身のやっている事を見つめ直す。そんな機会が身体運動学セミナーにはあります。知覚と認知という観点から、研究者としてリハビリテーションの効果機序を解説してくれる、臨床家にとつてこの上ない機会となっています。私はこの身体運動学セミナーを公開ラボまたは公開ゼミとして発展させていきたいと考えています。何故なら、現在の理学療法教育は、既に時代の流れからかなり取り残されていることが否めないからです。身体運動学というカテゴリーは目覚ましい発展を遂げており、既に理学療法士や作業療法士の専売特許とはいえない状況です。機能な身体に関与できる専門家は、雑誌や書籍を見てもわかる様に多岐に渡っています。私が理学療法士になつた20年前は三角筋を知っているだけで専門家だったのです。インターネットも無い時代でしたから、限られたルートでしか情報を得ることが出来なかったのです。長らく生態系のTOPにいるという根拠の無いプライドが邪魔をしています。科学的という観点から、自分たちが学ぶべき価値があると判断したものだけから情報を得ようというスタンスです。学ぶ前に既に値踏みをしているのです。踏み込んでみなければ分からないのです。レストランの窓越しに眺めていても、何も語れないのと同じです。また入ったとしても前菜だけ食べて判断は出来ないでしよう。ますは全部食べてみて咀嚼して味わってみて始めて分かる事があるのです。実力主義ではない理学療法の世界において、自分の興味が赴くままに、必要に迫られてではなく、気まぐれに知識を得て独りよがりという鎧で外界からの意見や批判に耳を塞いでしまえたのです。
その結果、情報があってもただ眺めているか、全て自らの正当性のための解釈に終始してしまうのです。
 臨床と研究という共すれば相反する立場として語られることがありますが、お互いがリスペクトし合えて、尚且つ擦り合わせていく機会としてのブランドを高めていきたいと考えています。
 さて内容ですが、今回新たな試みとして症例発表を4題提示しその内容をふまえて樋口先生と森岡先生にご講演いただきました。症例検討とはいえ一人一時間というかなりたっぷりの時間を使ったものです。

症例報告
吉田大地(大今里リハビリテーションセンター「どうしても歩きたい」
DSC02269.jpg
歩きたい・・・この当たり前でいて切実な訴えのある患者に対して真摯にとりくんでいることが窺える発表でした。網様体脊髄路を介した刺激を意図とて、足底からの前脛骨筋腱付着部に対する皮膚刺激を入れることで足関節背屈が促され、結果的に12年間満足に歩けなかった症例に対して見守りレベルにまで回復したという症例です。いずれにせよ、眠っていた残存機能を呼び起こしたということにおいてはすばらし臨床結果です。議論としてはCPGの話題がでました。いわゆる脊髄レベルにおいて歩行の自律的なカイロが備わっているという事に対しての論議と、そして実際に本症例においてCPGが賦活されたのかどうか?ということです。皮膚刺激による効果が普遍的なものなのかどうかという観点からも、さらに検証が必要との指摘もありました。CPGとはリズム性のある歩行というのが一つの前提であり、実際に獲得した歩容は随意的な側面が強く観られるということもポイントでした。また森岡先生より歩行速度によって活動する野部位が変化してくることを示していただき、改めて上手く歩けるようになったという現象は、何に対してアプローチしたのか?何を改善したのか?ということを改めて考えなければいけないと感じました。いずれにせよ臨床家にとって大切なことは、理論的背景も大事ですが、「どうしても歩きたい」その思いに答えるために必ず良くするという執念が大切だと改めて感じた発表でした。何故なら既存のあらゆる知見は結果の後付けとして発展してくることが多いからです。新たな発見は臨床の中にこそ埋まっている、そのスタンスが臨床家の研究的視点でしょう。

DSC02272.jpg
座長は同じく発表者の奥埜さんです。前半の2題は奥埜さんに、後半の2題は吉田さんが担当です。お互いの発表者同士がより盛り上げていくためにディスカッションを促していく。まさに参加者自身が真の意味で参加していくゼミをイメージしたものです。

 山岸恵理子(三郷中央総合病院)「半側空間無視と頭頸部・眼球運動」
DSC02279.jpg
半側空間無視の患者は本当にトピックスとして取り上げられることが多い症例です。今回発表したいただいた事例も角回とも呼ばれる39・40野の下頭頂小葉が障害された事例です。アプローチとしては後頭下筋のリリースをして眼と頸部運動の協調性を改善させることで劇的に無視が改善したということでした。しかもある程度の持続効果もありました。しかし、左からの寝返り動作なにおいては課題を残しており、必ずしも線分抹消テストなどの高次脳検査において改善が認められても、全てがそれで解決するわけではないということを示唆しています。半側空間無視の原因病巣は多岐にわたっていることが森岡先生からも示され、また脳が損傷部位と一対一の関係で症状が発現するわけではない、現象をしっかりと見極めることが必要なのです。脳にはあらゆる行為に特有のニューロンが存在しており、どのモダリティーから改善がみられるかわからない、言い方を変えれば予期せね改善がみられる可能性が高いというのが脳損傷後の回復の大きな特徴といえます。単純に考えて後頭下筋のリリースで無視が改善するきっかけになるとは考えにくからです。半側空間無視の患者が文献的には頸部の回旋と眼球運動の協調障害がみられるとの報告があります。しかし整形的に問題のある頸部可動性の制限がある患者が半側空間無視のが生じるかというとそれはないと言えます。ただ健常人においても頸部を固定してしまうと振り向く機会が減る分、注意が向かなくなることはあるでしょう。しかしながら頸部の回旋を促すことににより無視も改善がみられるということにおいては、原因ではなく結果へのアプローチで改善したということになります。腰痛においても二次的に痛みがでないように固定化した腰椎骨盤帯をストレッチすることで腰痛も改善するということが多々あります。大元の原因は腰椎の椎間板であったりするのが、筋肉へのアプローチで改善するというような例と近いのかもしれません。
いずれにせよ下頭頂小葉は距離・方向識別性注視ニューロン、回転運動応答ニューロン、奥行き運動応答ニューロン、など多岐にわたるニューロンが存在し、どこ方向から刺激を入れてでも何らかの改善のためのスイッチが入るのかもしれません。

 内倉清等(潤和会記念病院 セラピスト室)「周辺視野におけりリーチの障害」
DSC02292.jpg
 対座にて中心視と周辺視へのリーチングテストを実演する内倉さん。その後参加者皆さんでも実践すましたが、何人かは周辺視へのリーチに障害?がみられました。私も左側の周辺視野においてリーチングが不安定な印象がありました。この視野におけるリーチングは、左右の手どちらを使って、片側の領域へのリーチングをしても変わりません。このリーチングが障害されると日常生活における食事動作などあらゆる場面での障害が考えられます。発表していただいた症例の画像所見は上頭頂小葉であり複数の体性感覚の統合をする場所の損傷になります。先ほどの下頭頂小葉と隣接する部位になります。示された事例は中心視でのリーチは問題なく、周辺視でのリーチにて軽度の失調のような測定障害がみられていました。それもかなり軽度な測定障害様の動きでしたが、ADLでは支障を来してしまいます。アプローチは認知運動療法の閉眼での空間ん認知課題による体性感覚と認知へのアプローチによってリーチングが改善したとのことでした。患者の表象としても「右側にある物は見えるんですけど、距離が分かりづらいんだよね」という報告があったようで、やはりここでも視覚的な問題が示唆されます。下頭頂小葉にみられる奥行きの知覚を担う、それも周辺視に何か特有のニューロンなどがあるのかもしれません。脳損傷の臨床症状は改めて緻密な観察により出ている現象を見逃さないことが最も大切であり、まだまだ臨床において新たな発見ができる可能性を大いに秘めています。

奥埜博之(摂南総合病院)「小脳性運動失調に対するアプローチ~認知・思考の異常と運動制御の関係に着目して」
DSC02297.jpg
 内部モデル・・小脳の運動学習を表現するときに不可欠な概念として内部モデルがあります。私も初めてその概念を認識した次第ですが、運動学習が自動化してくる段階で明らかに小脳の活動が変化してきます。その学習前後で変わらない部位と変化してくる部位がプラトーになってくるのですが、その変容が内部モデルの変化と考えます。小脳の学習はプルキンエ細胞による長期抑制が特徴になります。エラーを検出してそのエラーを抑制していきます。方や大脳は繰り返し学習によって刷新するいわゆる上乗せしていくということになります。小脳と大脳のこの学習のメカニズムには方法の違いがあるということなります。提示していただいた症例は、頭では理解しているものの実際に認知課題を行うと混乱といいますか誤解してしまうという事例でした。下肢の失調があったケースでしたが、円盤状の不安定板の四方にバーがついていて、そのバーの先端に錘の乗せた時の保持および荷重感覚の変化を感じてもらいます。知識としては知っていても、いざとなると制御できないというようなことは日常の車の運転において説明していました。バックの時のハンドルの切り方も知識としては知っていても初心者だと即座に反応できません。もしかしてブレーキとアクセルを踏み間違えるのも何か関係があるかもしません。おそらく踏む場所を間違えたのではなく、この瞬間はアクセルを踏むべきところかブレーキをかけるところかという判断の問題ではないかと推測されます。実際に2~3回目の理学療法にて改善がみられたとのことで、内部モデルの変容として考察しています。このような変化は小脳疾患において非常に顕著な印象がるようで、このあたりが大脳との違いか表れているのかもしれません。小脳の特徴は、同側支配であるということです。虫部は前庭核などがあり主に体幹や頸部のバランスに関係しています。また半球部は上肢のリーチングなどの随意運動に関わっています。神経核によって特徴がはっきりしており、
前庭神経核:平衡機能を担う。
室頂核:虫部からの入力を受けて前庭神経核と網様体への出力。無意識のバンランスに関与、
中位核:脊髄~入力、赤核への出力。サルでは発達しており人間では退化している。サルが木登りを見事にこなすその背景    には赤核脊髄路の発達があります。
歯状核:測定障害の原因となる。大脳皮質から入力、視床を介して運動野へ出力。

 確かに機能を整理してみても小脳は非常にわかりやすい印象があります。大脳ほど複雑でないという感じですね。おそらく運動器に特有の障害として表れやすいからだと思われます。小脳失調とは小脳が損傷されることにより、大脳のフィードバックのみでしか運動が成立しなくなるのです。つまり「できたか。できなかったかでしか制御できなくなるのです。0か1かといきなり正解は導き出せません。そこには修正が入って初めて正確な運動に行き着くわけです。何故できなかったか?その営みこそが運動なのです」

DSC02304.jpg
樋口先生からは紙面上のテストにおいては改善がみられても、歩行時などに麻痺側をぶつけてしまうという現象が治らないという事例があるとの指摘をいただきました。
 私も初めて知ったのですが、人間は生来的に左右差があるということなのです。最初から左右の脳の活動に差があるというのは、きっと脳科学の分野では常識なのだと思いますが私は初めての情報でびっくりしました。というのはもともと左脳には言語野などがあるせいか、非常に左脳を使う機会が多くまた求心性の信号も多いということで右側に注意が向いてしまうと思いきや、実は健常者は若干左に寄ってしまう、つまり右に軽度の無視傾向があるとのことです。健常者はスペースの通過実験をすると右手をぶつけてしまう傾向があるとのことで、左によるならば矛盾が生じます。そこで考察としては左に中位が向くことによって空間情報を検知しやすくなり、結果的に右手をぶつけてしまうのではないかということが導き出されます。よって右手を何故かぶつけてしまうという現象は利き手だからということだけでなく、もともとの脳の左右差が織りなす現象であると考えることもできるのです。 
 つまりは左半側空間無視の患者さんは左を無視してしまうというより、右側に注意が向き過ぎるからというロジックが成り立つのです。結局はアプローチとしては同じことになってしまうかもしれませんが、この逆説的な考え方はとても新鮮でした。右に注意が向きすぎないようにするということは、左を意識するということと同義ともいえます。しかしながら右の注意を何らかの方法で抑制するという考え方を適応させることで新たな展開につなげることもできるでしょう。
 あとは視線のリハビリテーションにも繋がる基礎研究が進んでいることをご報告いただき、脳卒中においても整形患者においても足元をみながら歩くというのは初期の段階ではよくみられることですが、この下を向くということが転倒であったり歩行の阻害因子となっているのではないか?ということを研究している院生がいるようです。実際、患側を見れないように廂のようなもので遮って歩くと、かえって歩きやすくなる患者もいるようです。これは歩行スピードと相関があるようで、ある程度早く歩けるということが条件のようです。
 普通に考えると麻痺足が見えないと余計に不安になりそうですが。下を見るという行為そのものが、正常歩行の何かのタスクに拮抗してしまうということ、また認知神経学な観点からも足が着くことを確認してから一歩を踏み出すということがいかに理にかなっていないかということを表しているものを思われます。歩行とは随意性とオートマティカルな自動性が時々にスイッチを入れ替えながら営まれています。どのスイッチをメインに歩いているか、それによって戦略が違ってくるのでしょう。あとは、転倒経験者は対象を踏み外すことが多いようです。足が上がらないとかではなくて、標的を正確に踏めないということだそうです。訓練としてしっかりと踏むということができれば転倒予防につながあるかもしれないということになります。
 長くなってしまったので、樋口先生の続編と森岡先生と私の内容はまた次の記事にします。
スポンサーサイト

コメント:0

コメントの投稿

トラックバック:0