タッピングタッチ

タッピングタッチ~その驚くべき効果


 セロトニン道場も終盤に差し掛かってきましたが、今週木曜日はタッピングタッチの講座でした。ちなみにタッピングタッチをきたいことはあるでしょうか?私も、あらyふる治療方法を網羅しているつもりでしたが、タッピングタッチは初めてです。有田先生よりグルーミングの方法としてタッピングタッチという中川一郎先生が開発された手法です。中川先生はアメリカで心理学の博士号を修得され、アメリカの病院などでご活躍され帰国してホリスティック心理研究所を設立されました。
 セロトニン神経を刺激する方法として呼吸、日光、リズム性のある運動、そしてグルーミングがあります。グリーミングとはサルの毛づくろいの行為であり、スキンシップといってもいいかもしれませんん。タッピングタッチがグルーミングの手法として開発されたわけではなく、有田先生と中川先生の目指すべき方向性が時代に一致したことで共同研究、および共著での執筆をされています。ちなみに最新刊は講談社&α新書よりでています「セロトニン脳」健康法に共著されています。
 タッピングタッチではありませんが、以前カイロプラクティックにてTFT思考場療法という方法に触れたことがありました。刺激はタッピングをすることで思考のパターンを変えたり、経絡などのエネルギー的なコントロールをするコンセプトです。タッピングとはだいたいイメージが付くと思いますが、トントントンと指先でタッピング刺激を入れます。TFTの場合はフォーマットがあり、かなり専門的に学習しないと修得できませんが、タッピングタッチは本当にトントンとリズムよく心地よく軽く叩き続けるだけなのです。この簡便な方法ですが、そこに行き着く過程と工夫そして改変があったようで、最終的には両手の五指を使って、左右交互にトンドンと弾くように続けます。強すぎず、弱すぎずというようにあまりその強度や深さ、部位への制限はなく、ただ全体的にトンドンとタッピングするのです。
 一応、基本形といいますが座位の場合は背中から始まり、肩、首、頭へと時間にして15分ぐらい施術します。詳細は本にも乗っていますが、私も実習で体験しましたが最初はトントンと背中の施術をうけて、肩にいくころには気持ち良くて意識が跳びそうになりました。セロトニンがでてきたのでしょうか。それとも赤ちゃんの時のトントンの記憶が蘇ってきたのでしょうか?スイッチが急に入ったようにストンとモードが変わります。
 ポイントは不快でない刺激ということになります。トントンと刺激されることで、じっくりと味わう暇がないというか、規則的な断続的な刺激は、人に考える暇を与えません。カイロプラクティックなどのスラストにおいても、こちらのリズムに相手を引き込みそして間髪いれずに刺激を入れるというリズムが大切です。刺激が知覚され認知されるまでには0.5秒の時間のラグがあることが知られていますが、まさにその0.5秒という時間の幅が大切になります。じっくりとした刺激は緊張したり構えたりという反応がよくみられます。臨床においてもリラックスして力を抜いてという教示をすることは多いと思いますが、この無意識に緊張する反応を起こさせない方法がある意味施術においては大切なツールになります。
 どの部位にどのように刺激を入れるかというなかで、時間という観念を入れることで反応が全く違ってくるのです。
非常に簡単な方法ですから即座に誰でもできるようになります。勿論熟練してくるとそのなかで深みはでてくるようで、いろんな感情や共感が芽生えて来るようです。しかしながら大切なことは、そのような特殊な技法や能力を身につけることではなく、あくまで誰でもどこでも気軽に手軽にできるということです。
手法としては指を使ったタッピングのほかに、「猫の足」「像の鼻」などの所作が似ている形容がありますが、いずれも人が触っているという感覚から少し離れた新規な刺激とイメージを持ってもらうということになります。決して治療ではなくあくまでもお互いが触れ合うということです。確かに手のひらは、手当てというぐらい人類最初に行ったであろう治療が掌を接する非常に効果的なものです。しかしながら掌というは誰もがあらゆる経験と思いがつまっており、おおよそ掌を使わない日常生活はほとんど無いと言ってもいいぐらいです。それだけ多くの情報と経験が詰まっているがゆえに、あらゆる記憶やイメージが想起される可能性があるのです。その点、指先でタッピングするという行為はそれほど不快な刺激として認識されていませんん。またトントンというリズムそのものがセロトニン神経には有効な刺激です。ただ首への刺激に関してはセンシティブな部位でもあるので、不快でないかを確認します。やはり不快であるかどうか、ということが重要なことであり、しかしながら快でなくてもいいのです。本当に快ということであれば、アロママッサージのような方法のほうがダイレクトに快刺激になります。しかし、それはある程度ラポールや同意がとれていることが必要であり、誰でも何処でもというわけにはいきません。技術的なスキルもありますので、下手をすると不快にさせてしまいます。
 現代の人間関係は、深い人間関係や交流を避けるといいますか、できるだけドライな関係性で成り立っています。特にスキンシップに関しては非常に慎重にならざるをえない時代です。赤ちゃんがスキンシップが足りないと情緒の発達が損なわれるように、本来であればいくつになってもいつの時代でもその基本は変わらないはずなのです。物理的なタッチングでなくても心の交流や安心、そして信用や信頼関係など本当はみなが求めているものなのです。しかし、あらゆる規制や制限、そして取り決めが複雑になればなるほど、人は精神的な拘束がかかってしまい結果的にココロの平安に対して欲求不満になってしまいます。外食ばかりだと栄養としては足りていても、何か大切なエネルギーが足りない渇望感にかられているのと一緒ですね。一人で食っていても美味しくないのです。
 話が長くなりましたが、中川先生の活動は、一般人にたいしてだけでなく病院やそれこそ国際的にココロや身体のケアを実践されています。緩和ケアなどはもちろんのこと、肢体不自由児、閉じこもり、災害や事故などのトラウマ、戦争紛争地帯でのケア、エイズ患者へのケアなどなど、現代が抱える家族問題や人間関係の問題、そして社会問題、国際問題に対してその応用は無現です。それこそ中川先生の特別な技術や手法ではなく誰でも普遍的に簡単に行え、効果的で汎用性が高いという理念のもとに構築された方法なのです。
 あまりにも簡単な方法に対して、それを説得力がありそれでいて押しつけがましくない、特別な方法ではないというコンセプトが流れています。何度も繰り返しますが、ホリスティック(統合的)なケアの技法なのです。それは体制感覚への刺激反応という生理学や脳科学としての効果でけではない、ホリスティックな方法なのです。
心理的効果としていかが紹介されています。
・不安や緊張が軽減する
・肯定的感情が高まる。。
・信頼やスキンシップが高まる。
・大切にしてもらった感じがする。
・幼いころのことを思い出す
これだけでも、生理学的効果にとどまらず人の根源的な存在への慈しみを表しています。「愛情」「存在を認められている」など最も大切な魂の意義ともいうべきものです。

 癒しという意味においてはbodyworkもその効果を担っています。一人で行うものとしてはヨガが代表的です。自らと対峙し内なる自分を常に平常な精神状態に、何事にも揺らがない強い心を探究していくイメージがあります。禅もそうかもれませんが修行僧てきな雰囲気を醸し出しているヨギも多くみかけます。スポーツ選手などは自分との戦いが最たるものでしょう。このセルフコントロールができなければスポーツ選手としては大成しないでしょう。
さて、内なる自分と対極にあるのが、自己を外に向かって表現していくダンスがあります。解放感と喜びなどの外へのエネルギーが満ち溢れています。そこには抑制や規制とは無縁の世界が広がっています。その流れを汲んだジャイロキネシスがダンサーに支持されるのはそのためでしょう。ピラティスの場合はコアーという確固たる哲学が存在します。ある意味、こうでなくてはならないという規則がしっかりしているので、identityという点では強いものがあります。治療家であれば一つのツールとして捉えますので、それほど思想的な壁にはぶつかりませんが、ダンサーやbody workerの場合はその哲学がかえって心身の拘束性として息詰まることもあるようです。
そして、パートナーとともに身体を動かすという観点からは社交ダンスがあります。私も体験してみてその高揚感と達成感は格別です。今まで陸上競技という自分との戦いの競技からは対極にあるものです。あ互いが歩み寄り、認めあわなければ息が合いません。一番お互いが生きる形で自分を変容させながら歩み寄っていく、その作業こそがコミュニティーとして人間が一番生きているうえで喜びを感じる場面です。家族が特別であるように、その特別な家族という存在が人としての魂の行き着くところなのです。現代の日本においては家族の意義が薄れ仲間や友達に偏重していっているようです。それが携帯症候群のように、はぶられないように!という強迫観念を生んでいます。
 このタッピングタッチは、簡便な方法ですがその深まりは社会に通している、魂の存在意義に通じる根源的なものに触れる方法である可能性が高いということなのです。脳性まひや脳卒中の緊張においても脳神経学的なアプローチではなくても、この方法で大いに効果がでる可能性があるのです。
 臨床において緊張が解けないということはよく目にします。それは不安や心理的な問題が背景にあることも確かです。病気や怪我をしてpositiveでいられるはずがありません。不定愁訴が混在している患者群が当たり前になっている現状において、実際に不眠や不安がある高齢者にタッピングをしてあげると脈が下がり、その後少し運動をしただけですが「とても元気になった」と言ってくださりました。車いすレベルの心臓も良くない廃用性の患者が運動をしたからといって、普通なら疲労がどっとくるはずです。それが元気になったというのは明らかに身体的効果にとどまらない心理的効果もあったものと推察されます。寄り添う、そして歩み寄る、その意識が医療現場にも必要といされているのでしょう。
 最後に中川先生をはじめスタッフのみなさんが、とても愛に満ちている受け入れるというスタンスが印象的です。医療はあくまでリスクとの戦いでどうしても自分を守るというところから始まりますので仕方がないですが、直接クライアントの心身と接するリハビリの専門家においては、まだまだこのような癒しやケアーという現場から学ぶべきスタンスが多々ありますね。共有して寄り添う、その距離感は難しいですがタッピングタッチの場合は依存性もなく、とてもいい距離感にて満たされるというところもあるようです。施術後にお互いの距離感というか親和感が増すのも不思議ですね。人間関係というのは理屈ではどうしようもないところがあります。現代の世相から考えて、あまり深く入り込まず、なお且つ人の温かみが感じれるそんな方法が必要とされているのです。ある意味そんな都合のよい方法でなければいけない面倒な世の中ですが、タッピングタッチにて中川先生が世界中の過去のベトナムなどの紛争地帯やアフリカのエイズが蔓延地域など、本当に深い思いが背景にあるからこそ、普遍的な方法へと行き着いているんだと感じました。
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