ダンス

ダンスの効果

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 現在、茨木の県立医療大にて運動連鎖道場シリーズを開催しています。4月25日に第三回目のセミナ~を開催しました。ゲストに社交ダンスの先生である東寛美さんをお招きしました。八王子での道場でも開催して、意外にもみんな初心者でも踊れるようになるんだと実証済みです。私も二回目なので、ブランクはありましたが直ぐに思い出してステップが踏めたので、学習されているんだなと実感した次第です。今回も参加者は男性が12人、女性が4人と圧倒的に多かったので、私は女性partを担当しました。これが確かに、パートナーによって踊り易さが全然違うのです。男性partではわからなかった、リードされる側の女性の立場だからこそわかる体験でした。
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ダンサーたちがこぞって言うのはジャイロは本当にいいダンスそのものだと言います。もともとジャイロキヌシスの創始者であるジュリオはダンサーだったので、ダンサーに活かせるコンセプトとして作り上げているのでしょう。ボディーワークの究極は確かにダンスかもしれません。ムーブメントと表現力、そしてリズムとシークエンス、美しさと力強さが混在しているからです。ボディーワークに美しい動きや表現力という観念はあまりありません。巧みな、滑らかな、合理的な動きを目的にしても、美しさが全面に出て来ることはないでしょう。しかし合理的な巧みな動きの行く先は、美しい動きさでしょう。リハビリテーションが動きの美しさを求めるわけではなく、あくまで日常生活動作の回復であることはいうまでもありません。しかしながら時代の流れとともに、大衆の身体運動に関する価値観も変化しておきており、どのように身体を使えばいいのか?合理的な動き、そしてそれがスポーツ場面においては圧倒的なパフォーマンスとなって表現されてきます。つまり感嘆に値する動きです。おーすごいと思わずうなってしまう、ため息がでてしまうパフォーマンスです。つまり身体機能に関わる専門家として、日常生活動作の獲得とは合理的な身体操作であり、そして活動レベルがより上がると想像を超えた動きや躍動感ということになります。よってその身体操作に関する原理原則は高齢者であってもスポーツ選手であっても延長線上にあるべきものであるといえるのです。
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今回、近くの病院にて非常勤で仕事をしてきましたが、いつもと違う自分に出会いました。今までも初めてbodyworkに触れるきっかけとなったピラティスでの驚き、ジャイロでの発見、チベット体操での恍惚感、ヨガの気持ちよさ、などなどそれぞれにその時の自分の状態により得られた感覚がありました。これらのbodyworkと社交ダンスなどの違いは特に社交ダンスの場合はペアで踊る、作り上げていくということでしょう。パーソナルで探求していくbodyworkに比べ一体感や達成感、そして共感などの前頭葉の最も人間らしい、人間であるがゆえにもとめる人とのつながりがそこにはあります。ダンスをやっている人は、意外にもヨガにはまらない理由はこのあたりにあるのかもしれません。ダンスをしている人にとってはピラティスやジャイロは入りやすいのかもしれませんが、ヨガは止まってなお且つポーズを持続するというその一連のコンセプトというか、そこから湧き出る感情がダンスとはやや違うのでしょう。スポーツの世界ではダンスを取り入れてというよりむしろヨガでしょうから、やはりそのあたりは関わっている世界によって違うのでしょう。

 共感や共生という言葉がでてきましたが、もともとbodyworkの原形は祭りだと思っています。古今東西必ず存在する祭りの意味は単にみんなで喜びを分かち合うということのほかに、心身一如、共感に伴う一体感や喜びなどがあるからでしょう。感情がリードして動きが付随するという本来の動きたる動きです。動物がそうかもしれません。理学療法においては感情がリードするという発想はまずありません。bodyworkにおいても最終的には動きがあってではなくよりオートマティかるになっていると呼吸がリードします。さらに一段動物らしくするならば感情がリードするということになるのでしょう。オリンピックやワールドカップなどの究極の戦いにおいては、強い気持ち、サムライ魂などの感情に関わるキーワードが盛んにでてきて、理学療法士が普段一番興味のある動き方などの身体の使い方にスポットがあたることはまずありません。ゴルフなどももちろんスイング改造などのテクニカルな部分がかなり重要ですが、カップに嫌われるというような微妙なタッチなどは多分に気持ちが左右してきます。よってゴルフは技術と気持ちのバランスがとれていなければいけないスポーツなので年配になっても活躍できるのでしょう。

 大義名分、「~のために」ライバルの存在「負けたくない」などの気持ちは一段大会レベルに自分を引き上げてくれます。そこにはフィジカルな裏付けと日々のコンディショニングが間違いなく必要ですが、最終的にここぞという場面で活躍できるのは必然性がどれぐらい高まって臨めるかという気持ちなのです。身体機能に関わる情報は既に五万とでている時代ですので、既に差がないといえます。しかしながら、どれぐらい自分の必然性を高められるかということができるかが記憶に残る選手ということになります。松井選手のワールドシリーズの驚異の活躍はまさに、気持ちの爆発意外の何物でもありません。技術や肉体だけでは、あの究極の戦いのたんかで6割もの高打率をしかも代打で、さらにワールドチャンピオンを決める最後の試合で神がかり的な打棒を見せれるないでしょう。

 さて話はそれまくりましたが、今回の勉強会の参加者からも、社交ダンス後の心身の変化、感情、気持ちの変化に驚きと喜びの気持ちを送ってくれた方がいました。私も翌日の臨床では、社交ダンスだけでに社交的になったように思いました(洒落か!!)。なんでしょう共感の力が強くなったというか、患者のスタッフの何気ない感情のひだがわかるというんでしょうか?また自らの身体の躍動感も今までにない次元のものでした。夜行ダンスだけに思わず踊りたくなるような身体のリズムです。いずれにせよ人と人とのつながり、そして協同作業を通して共感を高めるということが何かいいようのない効果を導きだしてくれたのかもしれません。ここ1~2週間はヨガをかなりやっていたことも背景としてあったのかもしれません。自らを見つめていくヨガの陰と、自らの気持ちを解放する陽のダンス、やはり陰陽のバランスが必要なのでしょう。ものすごい感動的な変化を報告してくれた参加者も、きっと普段は自らの内なる世界との対話から、外界への解放がダンスにより引き出されたものと思われます。


あっ!!もちろん道場ですのでパルペーションテクニックの骨関節編はやってきましたよ。

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東先生のニュートラル、ダンスのポーズがベースになっていることがわかります。
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ニュートラルとは構造的に解剖学的肢位ということではなく、その人なりのニュートラルです。実際の立位は姿勢制御という修飾が入ってしまっているので、何を評価しているのかわかりません。ましてや良くなった姿勢を変わった本人が自覚できていない可能性が高いのです。ということでニュートラルと姿勢と歩行はまた違ったストラテジーを使っているので、そのあたりは職業やスポーツなどの背景を加味して考えなければいけません。


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