身体運動とエモーショナル

身体運動エモーショナル

心身が相関していることは誰もが感覚的には理解しています。しかしながら実際のところ実感できているかというと、あくまで知識として認識している段階と言えます。私もつい先日まではそうだったからです。感情は自然に生起しており、コントロールと言っても考える視点を変えたり気分転換をしたりすることで、エネルギーや元気を充電しています。そうすると仕事に新たな気持ちで臨めたりすることは日々体験しています。ジャイロトニックにて最初はヒィジカルな動きを必至に追い求める日々でしたが、段々と内面の変化を感じるようになってきたことは報告した通りです。まだ意識しなければ、すぐに自らの思考パターンに陥っている自分に気付かないレベルですので、まだまだコントロールできていない段階です。よくココロの成長とか精神的に成長してなどスポーツ場面で言われますが、その尺度は一体なんなんでしょうか?感謝の気持ちを表現したり、いわゆる態度や言動にマスコミは理由を見つけようとします。しかし本当にそれが精神的に成長したという証なのでしょうか。ではもっと成長したらどうなるのか?精神的な成長とプレーの成長は欠かせない。よく高校野球などでは言われますが、かたや一流のプロのなかでも人生の破滅型の天才と言われる人達がいます。このあたりのバランスはまた別の次元と考えていいのか、やはりフィジカルとマインドは同期していると考えていいのか、まだまだ分からないことばかりです。ようはマインドもバランスが大切なようです。活動の源であるエネルギーの質は様々なのでしょう。チャクラという概念がありますが、耳にしたことは一度はあると想われます。7つのチャクラがあると言われており、チベットやインドなどでヨガや修業するなかで必ず出てくる概念です。解剖学的に説明できるわけではなくオーラや経絡と同じ次元の感覚的なエネルギーです。しかしこの感覚的なエネルギーは見ることはできませんが、確実に実感できるようになってきます。つまりスポーツにおいて、冷静に静かにモチベーションを上げる人と、燃えるような熱い気持ちで臨む場合があるように、どのような質のエネルギーを使うかはその人それぞれなのです。スポーツという結果を見れば、どちらの精神的な色であってもいいのですが、社会となるとそのエネルギーの使い方を考えなければいけません。それが破滅型の天才なのかもしれません。チャクラは頭頂の百合(ひゃくえ)とよばれる部位と、眉間、喉元、胸、みぞ落ち、丹田、会陰(えいん)になります。各々にどうやら役割があるようで、自らフォーカスして眺めてみました。百合は未来、夢や希望を表します。眉間は相手をしっかり見る話をココロから聴く、受け入れる気持ちが表われます。喉元は自分を表現する、自分の全てをさらけ出そうというオープンな気持ちです。ハ~ト胸はまさに愛情です。子を想う親の気持ち、恋人を想う気持ち、胸にそっと手をあてて眼を閉じてジワリと味わいたくなります。ミゾオチは腹を割って話す、かっぷくのいい腹というように、スケールの大きさ、度量の大きさ、安心感を表します。頼りになる安心感をベースに眉間でココロから相手をみて、喉元で自分を表現するという組合せになります。腹を支える丹田は強く意識化しやすくなります。社長や代議士など、どことなく腹がでているほうが偉そうでドッシリした印象を与えるのはそのためです。また丹田は生命エネルギーの源です。全てのチャクラは源である丹田が活性化しなければ威力を発揮しません。会陰は性的エネルギーであり、言わずと知れた大事な部位になります。ある意味この性的エネルギーの昇華が活動の源ともいえます。あくまでチャクラの機能の先入観を一切持たないで、今は自らの身体で感情によるチャクラの機能を実習しています。何冊かチャクラの本は持っていますが一切読んだことはありませんのでチャクラの部位は間違っているかもしれませんが、意識を向けるとエモーションが沸いてくるのです。そのエモーションが部位によって違うようなのです。感情と身体運動がリンクしていることは実感として明らかであり情動運動連鎖、エモーショナル連鎖があるのです。
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