イノベータ運動連鎖勉強会 報告

イノベータ運動連鎖勉強会 修了 報告

 イノベーター(innovator)先駆者ともとれるネーミングの勉強会があると知ったのは、昨年の運動連鎖道場5期生として参加していただいた畠山君と出会ってからでした。それまでも関東や各地にて若手が中心となって作った勉強会がいくつかあるとは知っていましたが、ここまで社会現象?となるまで発展してきているという自覚はありませんでした。やはり情報とは自らがとってこなければ意外にも入ってこないものなんだなと思いました。逆にいえばあっという間に時代に取り残される可能性もあるということです。何故、このような全国展開的に勉強会が勃発しているのか?もちろん向上心であったり向学心あってのことですが、危機感と不安感などの明治維新の志士たちの心境なのでしょう。長らく鎖国という守られた環境のなかで育ってきたものが、いきなり黒船が現れて開国を迫るということでしょうか。
理学療法士が多くなって、勉強会に参加する機会を増やすため、そしてより近くで気心知れた仲間とともに企画運営していることで迎える側としての気持ちの入り方も違います。外部からのお客様としての参加ではなくて、迎えるホストとしての参加その違いは明確です。何事も自ら企画運営することはとても大変ですが、前頭葉の使い方が違いますのでやりがいはかなりあります。

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懇親会での最後の別れ?の挨拶をする畠山くん。独特の雰囲気としかしながらその熱い情熱は知る人ぞ知るという存在にまでなっています。おそらく諸先輩方からみるとウザいといわれるかもしれないキャラ立ち!!草食系といわれるご時世のなかで、秋葉系のj入ったニュータイプのイノベーターです。このようなウザがられたりすることがさらに快感となって次へのモチベーションになるというからやっかいです。それだけに、服装のセンスも含めて一度会うと忘れられない、覚えたくても浮かんでしまう・・・踏んでも踏んでも起き上ってくるではなくて、しおれないのです。現代の心身のキープが難しい時代においてMっ気のある人こそが、現代に適応できる人材なのかもしれませんね。このような表現はむしろ彼にとっては称賛以外の何物でもないとのことです。すばらしいですね。
 すでに公表してもいいかと思いますが、2月からは北陸である石川県にある野球の独立リーグのトレーナーとして赴任することが決まっています。情熱、まさに火の玉小僧とはこのことかもしれません。すべてを投げうってといっても過言ではない若者の行動をみるにつけ、将来を背負って立つ人材は確実に育ってきていることを実感します。

 このような若者が全国的にみると一人や二人ではないのです。あちこちに点在して活動をしているのです。多分、呼ばれた講師陣はその若手から勇気やバイタリティーを逆にもらうこともあるでしょう。臨床的にははっきりいってベテランよりも相当の実力をもってるように感じます。昔のようにゆっくりと時代進んでいるわけではなく、濁流のように混ざり合って情報が発信されていますので、昔の10年が今では数カ月あれば情報もそれこそ技術も得られてしまう時代なのです。これこそは奥義と思っていることでも、伝えてしまえば意外に簡単に真似できてしまい、さらにアレンジを加えられるものなのです。流通の世界をみても明らかで、新しいヒット商品がでてきてもじきに次のものにとって代わられるか衰退して表舞台からいなくなってしまいます。これは医療や理学療法の世界においても例外ではありませんん。もちろん人間国宝といわれるようなレベルにまでいけば簡単には真似できるものではありません。現代の風潮としての単に理論武装しただけの、または論文を一遍書いただけでは道にはなりません。プロフェッショナルと呼ばれる人たちには余韻に浸っている暇はないのです。

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さて肝心の研修会内容ですが、上下の写真を見比べてみてどちらが大胸筋を伸ばすストレットとして効果的でしょうか?効果的という意味においてはそれぞれの利点がありますので、一概にはいえないかもしれませんが、何が違うでしょうか?単純にみれば上肢を水平からやや斜め上に向けて伸ばしているという図柄になっています。その時に頸部の屈伸角度が違うというだけですね。ポイントは座位であること、よってIDストレッチのように完全に一つの筋肉を抽出したものではないということはわかります。体幹の回旋および座圧が当然変化してきます。自然にしていると、もしくは自分で腕を水平外転してさらに挙上すると頸部は自然に屈曲してきます。まずはこのメカニズムから解明する必要があります。細かいといえば細かいですが理学療法士の真髄はまずこの細かさにあるのです。アリの巣か針の穴を通すかのような細かさ、しかしそればかりでは大きなアリ塚はみえないし、その針をどのように操るのかがおろそかになってしまうかもしれません。ウィルスミスの主演のMEN IN BLACKだったかで宇宙人が実は地球人になってうようよ生活しているんだというようなストーリーのなかで、広大な宇宙全体が実はビー玉の中にすべて入っていて、そのビー玉を猫が転がして遊んでいるというエンディングがありました。視点はどこにおくかによって砂粒でもその人なりの世界であり宇宙であり、それこそ一つの細胞やDNAも世界です。しかしながら地球全体をガイアとしてみることも、さらには太陽系や銀河系そして星雲などなど果てしない永遠もその人の中では世界となります。広ければいいかというとそんなことでもなく、狭いからこそノーベル賞もとれるのです。しかしながらその人が狭いかといわれるとグローバルです。宇宙とつながりながら、いやもっとえば宇宙を超越したものとつながりながら、目の前の小宇宙に取り組んでいるということでしょうか。社会を人類の何かを変えようかというような真理を追究すればするほど、心の目は開かれてくるのでしょう。理学療法ではそこまでとてもいきませんので、本当の意味で狭さに留まってしますのです。
 それはとりあえず置いておいて、まず何故頸部を屈曲してしまうのかの検証方法としては純粋に上肢を正確には肩関節を水平外転すると別に頸部は相対的には回旋しますが屈伸の変位はほとんどおきません。上肢を挙上位であれば頸部が屈曲するということは肩甲骨の挙上をアシストする意味もあります。つまり頸部の屈曲、頭部が下がるということは胸郭や脊柱全体も屈曲するということであり、その結果肩甲骨をより体幹から引き離そうとするわけです。では上肢を90度よりも下げて水平外転しても頭が下がるじゃないか!その通りです。このときは頸部や僧坊筋あたりの筋膜が伸長されてしまうので、緩める作用もあるものと思われます。または矢状面にて前後に引き離す意味もあって頭部が前に出るというストラテジーかもしれません。では上肢挙上位での水平外転において、手先のように視線を追随していけばどうなるか!そのようなストラテジーも確かにあります。このとき体幹から肩甲骨を引き離せないので、どこで代償すればいいでしょうか?答えは脊柱の長軸上のelongationになります。頸部を屈曲するパターンでは脊柱は縮みますが、視線を追随するパターンでは伸びるのです。これをさらに吸気と呼気のパターンでやれば違いますし、もっといえば90度までは吸気でそこからの挙上は呼気で、そして最終域ではさらに最大吸気にて伸長し一段高いところにアシストすることもできます。呼吸とは使いようによって筋骨格系や軟部組織をあおるように、アクセルを段階的に挙げていくように、シフトの役割をしているのです。これこそが今回のメインテーマである「Breathing CORE」です。筋骨格や身体の使い方だけにこだわっていては、生命の礎である呼吸、つまりはエネルギー、ガソリンのない車を動かそうとしているのです。

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ということで他にも多くのBreathing COREをやったのですが、またの機会にご報告します。イノベーター5回シリーズにご参加いただいて皆様有難うございました。
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