日本カイロプラクティック徒手医学会関東支部第二回勉強会 報告

日本カイロプラクティック徒手医学会関東支部第二回勉強会 報告
仙台でのカイロプラクティック勉強会を経て第二回目の関東支部勉強会を12日の夜に大井町キュリアンにて開催いたしました。今回は参加者も15名といつになく?集まっていただきました。谷口書店さんやカイロタイムズの取材もきていただき、少しずつ浸透してくる兆しが感じられます。参加者はリハビリテーション関係者が大半でしたが
、おそらく理学療法とは違う雰囲気を感じたのではないでしょうか?同じメンバーが集まっても主催の冠が違うとまた違った空気を感じるはずです。異文化への戸惑いと受け入れ適応するための葛藤!そんなところでしょうか。患者を相手にしているという点では全く同じなのですが、対象が違います。リハビリテーションにおいても急性期と回復期、介護保険などではガラリと違ってきますし、病院や地域によっても明らかに違います。しかしながらリハビリの情報はどこからとなく入ってきているので、想定の範囲内ですが、カイロプラクティックなど情報がない分野は話が違います。とりまく場のエネルギーが違います。同じ身体をみていても我々は障害者、カイロプラクティックは不定愁訴とカラーが違います。保険でみる場合と自由診療という違いもあります。

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最初は真壁さんのプレゼンテーションによるカイロプラクティックの教科書マニュアルメディスンの基礎を抄得会形式にて進めました。勿論、大場先生の解説つきです。

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不定愁訴といえば現代は言わずもがな、鬱病が蔓延しています。ニュースにおいても診断名として付けることが多くなったこともありますが、過去最高の患者数だそうです。経済的に不況のあおりをくっていることは確かであり、就業問題に対しては治療家ができることはありませんが、その他にもあらゆるストレスによる機能障害や不定愁訴があるはずです。完全に精神科作業療法のレベルになると厳しいかもしれませんが、境界型のクライアント群はいわゆる治療院の対象になるはずです。私が目指す予防医学もいわゆる一般市民の境界型の機能障害です。長年臨床をやっていて自分がどこに向いているか、どこに全力をつくせるかはわかってきます。
 不定愁訴つまり不健康な健康人ともいうべき、いや現代では既に不健康な健康人そのものが病的な人たちも多く、健康人と半健康人そして病的な人たちとの共存共栄ともいえます。評価といっても理学療法のようなROMやMMTのレベルでは測れない領域にあります。構造としての評価のみならず、パルペーションにて皮膚の湿潤性う熱感、抵抗感、弾力性や戻りかたなどなど、いわゆるハンドという最も精巧なセンサーにてスクリーニングしていくのです。そこには主観といわれても仕方がない、いやその主観こそが境界型の患者には最も大事なスクリーニング方法なのかもしれません。

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奥山耀規先生(奥山カイロプラクティックセンター )

奥山先生のレクチャーでは、心身に問題のある事例にて説明いただきました。リストラや倒産など今のご時世を反映したような境遇にて心身喪失される方はたくさんいます。印象にのこったのはそのような人たちは、現存しながら既に同じ時間と空間にはいないのと同じであるということでした。慨してん他人のことは誰もわからないわけで、大丈夫よとか元気だしなよ~いつかいい時もくるよ~と慰めにもならない、しかし声をかけてもらうことこそが大切なのかもしれませんが。その時に人は必ず肩に手をかけますよね。肩もしくは背中の頸部に近い部位に手を置くことの意味はなんでしょうね。完全に背中の場合は出陣するときにバシッと気合を入れるときにゆくみられる光景ですね。
 講義は血管系のお話がメインで、実際に血管系へのアプローチが心身障害に効果的であったとのことでした。詳細は私もバタバタしていて聴き逃した部分もありましたが、本当にカイロプラクティックの先生方のこだわり方は独特である意味医者とも違う、研究者とも違う、生命に魅せられた・・・そんな表現がぴったしかもしれません。
 実は奥山先生は忍者です。忍者?はっとり君ではありませんが、本当に相当の忍者修行をされていたようです。人の生き死にの狭間でとらえ考えることができる奥山先生だからこそ行き着いた境地であると感じました。忍者の秘伝には人の身体を活性化させる方法がいくつもあるようです。いつかレクチャーしてもらいましょう。

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