身体感覚の変化

身体感覚の変化

 本日で20時間のカリキュラム~ジャイロトニックプレトレーニングを修了しました。プレトレーニングはあくまでプレですので、その先があるということです。七月からは次のステップが待っています。とりあえず認定という言葉にとかく人は弱いもので、何かしら形になるものを欲しがります。かく言う私も、PTだけに飽きたらず、鍼灸マッサージ師、健康運動指導士、理学修士などなど定期的に取得のために学校に行ったりしてきました。何かを取得するというのは期限つきで明確な目標ができるのでやはり頑張らざるをえません。試験がなければ覚えられないことが大半です。さてジャイロに取組むなかで常に課題が出て来ます。自分の身体の気付かないウィ~クポイントが回を重ねるごとにあらわになり、いったいどこまで身体の偏りや動けない部分、イメージが湧かない動きがあるのかと思います。傍からみるとできている動きであっても、自らは動けている実感がありません。最初はとにかく左右差を嫌と言う程感じます。左が1としたら右は1.5ぐらいの身体イメージなのです。荷重感覚も明らかに左は少なく、左脚が短い感覚を常に有していました。元来、成長期に陸上長距離選手であったため、カーブのキツイトラックを何周も走り続けたためアライメントも左回りに適応しています。左に身体は傾き足も右は凹足で下腿は捻転しており右上がりのバンクに適応したアライメントなのです。ややアーチが低くて捻挫をしやすいのは左足です。右足は凹足のためか足底腱膜炎になりやすく、走っているとピッと嫌な伸長感がよくありました。現役のころは無かった、今だからこそ起こる障害です。つまり競技を続けているころは筋肉や腱も柔軟性がまだありました。しかしながらスポーツ動作そのものは健康のためのコンセプトでは無く、むしろ競技特性により偏りが見られます。大人になるとむしろあまりスポーツ歴が無い人のほうが素直なアライメントをしており、癖が無い分新しい動きを習得しやすいことがあります。また、運動連鎖アプローチ研究会のツールとして、ニュートラル(筋緊張とアライメントが一致する肢位)という考え方があるのですが、このニュートラルがその競技特有の動きを反映しているのです。つまり日常生活と掛け離れたバランスを有している人は、立位そのものが評価として当てにならない可能性が高いのです。『何故なら真っ直ぐに立って』という定義そのものが、既に不自然になるからです。例えば柔道の背負い投げがその人の最も吊りり合いのとれたボディーバランスだとしたら、自然立位こそが不自然になるからです。本来のバランスから立ち直りや視覚や平衡機能にて、習ってきた立位"動作"に修正しているのです。物理的な身体バランスと脳内の身体表象に査位が生じると、外から肩の高さなどを指摘しても、全く本人は実感がありません。言われた時は直しますが、またすぐにもとに戻ります。何故なら頭の中ではおかしいと思ってないのですから当たり前と言えば当たり前です。
bodyworkなどでコアーがはっきりしてくると身体バランスも良くなってきます。つまり重力線と自らの身体正中線が一致していくるわけです。しかしながら、当然変化するということはいいことばかりではありません。元来、左に傾いている身体アライメントは骨の形状までは適応しているわけですから、まっすぐな姿勢では合わないパーツがでてきます。その最たるところが脛骨であり足部です。長年の生活やスポーツ動作により床反力のかかり方、足圧分布が形成されてきたわけですから、体幹の軸がしっかりしてきたからといってすぐに適応できるわけではありません。私もコアーが変化してきてから、まずは下腿のアライメントとのギャップが大きくなってきて、コアーの感覚に基づいて正中重力線にそって荷重すると、捻転の強い右脛骨に体重がかかりにくくなってしまいました。どういうことかというと、外に蹴りだすように斜めに荷重すると骨に力が伝達しやすい構造になっているのに、まっすぐかかると骨で吸収できなくなり外反方向へのモーメントがかかることになります。結果、膝関節の外側に荷重が集中し痛みがでてきます。
 また正中に正されることで、ますます荷重は右にかかってきます。ひどい時には右に7~8kgぐらい左脚に比べて荷重がかかってしまいます。左に傾いていたのが立ち直るので右足に荷重がかかってしまうのです。そこで左にも荷重を分配しようとすると今度は左下肢は筋肉の量も強さも低下しているため、身体イメージとして左右均等に感じられなくなります。やはり筋肉はセンサーとして脳に身体イメージそのものを形成する重要な役割を担っており、筋肉がある程度ないと軸の安定した動きをすることは難しいのです。ホームランバッターがやたら腹がでていたりするのには、なんらかのメリットがあると考えるべきでしょう。脂肪さえも身体イメージの軸形成をするときには重要な役割をになっているように感じることもあります。少し痩せて細くなると、栄養不足とか筋肉が落ちるという要素を除いていですが、どことなく安定感が悪くなる感じがあるはずです。
 最近は左側の筋力を増すことでよりbodyworkの上達と身体のコントロールおよびイメージがしやすくなることを経験します。つまり、bodyworkのための筋力トレーニングという、合間見えない対極に位置するコラボになります。もともとはアウターがやりつくされて、さらにより機能的に優雅に動くためにインナーが脚光を浴びbodyworkが注目されてきた経緯があるわけです。よってbodyworkにてバランスのいい機能的な身体と筋肉の付き方が得られるという論法にもなるわけですが、やはり局所的な強化にはターゲットを絞って個別にトレーニングしたほうがベターです。しかしながら日常生活のなかで形成されたアンバランスは、日常生活のなかで何かを気をつけることで左右の機能解離を防ぐことができるはずです。スポーツ選手のstabilityが必ずしもいいわけではなく、スポーツ経験のない人がしっかりと腹横筋あたりの収縮が入るということもよく目にすることを考えると、いわゆる使い方が・・・ということになります。ではその使い方がいいというのはどういうことなのでしょうか?別に常にstabilityと意識して生活していたわけではないのは明らかな帰宅部の方々において、いったい何が良かったのでしょうか?確かに運動不足ではstabilityは定価しやすいと統計学的にもでてきそうですが、あながち運動しているからといって得られるものでもないということも事実です。
 コアーとは実は、フィジカルな筋肉の問題だけでなく、精神のコアー、声のコアー、権力のコアー、欲望のコアーなどあらゆるカテゴリーがあるのです。最終的には人生のコアーが形成されてくる要因としてはphysicalなコアーだけでは駄目なのです。これらのどのコアーが長けていても、結果的には傍からみると安定している、存在感があるということになります。お医者さんを見て入れば明らかですよね。フィジカルなコアーはあくまでstabilityということになります。各々のコアーは技術的、精神的な面でさらに練習?していく必要があります。体幹が本当の意味でのコアーの全ての要素ではないのです。
 話が飛びましたが、では何故に年をとると日常生活だけしかしていないのに、あちこち身体バランスや筋バランスおかしくなるのか?スポーツ動作は姿勢制御としての範囲はかなり大きく、床反力やモーメントなどを制御するにはあらゆる運動連鎖と強靭な肉体が必要とされます。実際、究極のbodyworkはクラシックバレーであったり、ランニングであったりハイインパクト系の運動と慣性などの物理的な力を制御する要素が多く入ってきます。コントロロジーというピラティスの提唱する理念から、さらに考えては意識してはコントロールできないbodyworkへの転換が今後出てくるかもしれません。
  
  スポーツ経験も10年ぐらいすると筋や腱が硬くなって故障がちになってくる選手がでてきます。私も大学スポーツに長らく関わっていたこともあり、競技歴が10年近くなる年代でもあります。そこでは選手は二極化してきます。普通の特別な練習をしなくても伸びてくる選手と、実績はあるもののガラスのように故障しやすい選手です。スポーツ動作のニュートラルは普通ではないことは述べましたが、その普通ではないニュートラルでADLのみをしていくと、最低限の偏った筋肉の使い方のみをすることになります。スポーツ動作のような負荷はありませんので、アンバランスな筋肉の使い方が日常となり結果的に左右差がさらに大きくなるのです。

 最近は左右差を是正するトレーニングを別個に自ら行いながらのジャイロコースへの参加となっていますが、左右差が是正されてくればくるほど下手になっているのではないかと思う程動いている実感が無くなってきます。いままではアンバランスであったがゆえに筋収縮感覚を脳にフィードバックして動く癖がついているので、バランスがよくなってくるとその過剰な筋収縮感覚が減り、かえって実感が少なく感じてしまうのかもしれません。もとろんプラスもあります。左の筋力が向上し筋量が増えてくるとフィードバックするセンサーが増えてくるので、身体イメージが大きくなってきます。容積や体積、物理的な大きさというはとても大事な要素なのです。運動や身体イメージ重視の考え方もありますが、本当に痩せている人は、風が吹いてきても倒れそうなわけで、やはりフィジカルな強化が不可欠なのです。
 この左側の機能低下に対するエクササイズは試行錯誤してい効果的な法則の発見もありますので、またの機会に紹介したいと思います。
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