武蔵行脚~その参~

Category: ほんわか日記
武蔵行脚~その参~

今はゴールデンウィ~クの真っ只中、1000円乗り放題の高速料金で大渋滞が起きていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?私は小布施に親類がいるので2日~4日まで遠出をしていました。行きは中央道を使いましたが30キロの断続渋滞、帰りは午前のうちに上信越道から関越を利用しましたが一度も渋滞なく約3時間あまりで帰ってきました。車の渋滞は読めません。裏の裏を読むと裏面にでることがあるからです。時間帯は経路はUターンラッシュはいつがピークか!渋滞情報を鵜呑みにしていいのか?などなど‥今回は深夜から未明にかけ下りが渋滞し昼頃に空いて、上りは夕方から混み混みでした。しかしながらいずれも殺到しての渋滞のみならず、事故渋滞が余りにも多い印象です。慣れない運転もしくは早朝夜間に車を走らせ渋滞などにより疲労が積みかさなっていることと、地方の車が混在して運転感覚のズレなども重なっているものと思われます。

IMG_3777.jpg
月夜の熊本城内

渋滞と武蔵行脚と何が関係あるのかといわれそうですが、何も関係がありません。というのは冗談で、時流を読んで流れを引き寄せるというところが60回の果たし合いのなかでは、かなりのウェイトを占めていたはずです。小次郎との巌流島での決戦時も、何故に船の櫂をわざわざ果たし合い前に削らなければいけなかったのか!普通は刀に比べてかなり不利では?と思ってしまいます。実際に使用されたとされているモデルの実寸大と思われる木刀が島田博物館にて販売されていましたが、相当重いです。もともとは櫂ですので、木刀や刀の形を呈していません。この重くて長い木刀は縦横無尽に振り回すのは無理で、まさに上から下に振り下ろすというその一点に集約され、伝え話されている決まり手も上段からの頭部への振り下ろし一閃でした。おそらく武蔵は当日を迎えるにあたり、いわゆる作戦的なものが浮かんでは消えと思いめぐらしていたことだと思いますが、その時のそれこそ朝起きた時の森羅万象の流れを感じ、自然に時流が自分に傾いてくるのを待ったのだと思います。流れが悪い時に、抗うと高じてさらに流れが悪くなるものです。強引にもっていくよりも待つ!過ぎさるのを待つという我慢、じっと爆発するために潜んでいる静という時間。ここ2~3日は買い物時にあと一円十円が足りないということが続いています。きっちりと支払えればじゃら銭も捌けるというもの、結局さらにおつりが多くなってしまうのもなんとなくジレジレします。些細なことですが、こんなつまらない日常が気分の波につながったり、こんな時に臨床や勝負ことがあるとうまく乗れない感じがします。
 高速の渋滞を回避するのも何も確かなものが無い中で虫の知らせや自らの感じるところを信じていけば、もしくは他の人の意見に耳を傾けたりすることで、きっと回避できるか渋滞してもそこに何かを見つけることができるのだと思われます。

IMG_3794.jpg
熊本市内。市内の目抜き通りからは熊本城が一望でき、道路には路面電車が走っています。

 武蔵が巌流島に向かうさながらに櫂を削りだしたのは、思いつきというかその場の流れで自然に行った行為と思われます。船頭をみ見て何かの啓示を感じ、その時の体の感覚や戦術、天候などもすべてマッチした形と重さの道具を作成して臨んだものと思われます。それだけ小次郎は強敵であると認めていたものと思われます。おそらく時間どおりに巌流島に望んていれば負けていたのではないでしょうか?北京オリンピックで女子の70キロ級超級の塚田選手が中国のチョウブン選手に逆転の金メダルを奪われたときも、チョウブンは盛んに帯を結びなおしました。その日はチョウブンの日ではなかったのです。女神は鬼神となっている塚田に微笑みかけていました。チョウブンはそれを悟り、何度も何度も・・・流れ的には完全に負けだったものを時間をかけて流れを待ったのです。塚田選手は結果的に最後の数秒で逆転の一本を取られたのです。実力だけではなく北京の決勝というその場で時流を自らの手元に引き寄せたあのしたたかさ、やはり運は引き寄せるものなんだと、その引き寄せ方を自然に体得しているものこそが、勝利の女神を根負けさせてでも手繰り寄せるものなんだなと改めて感じました。

IMG_3806.jpg
有名な武蔵の肖像画や武蔵直筆の書や絵が展示されている島田博物館。西洋の画廊やガラスの陶磁器も作成しており、まさに東洋と西洋の絶妙なコラボレーションがされている空間でした。

IMG_3809.jpg
島田博物館ではゆったりとくつろげる喫茶サロンもあり、スイーツも楽しめます。

IMG_3812.jpg
真剣に語りあう増渕君と吉田君の又八?いや侍バカボンドPT

島田博物館は熊本市内からほど近いところにあり、ちょうど市内と霊厳洞の途中に位置しています。
武蔵が使ったであろう刀など、実際の真剣は初めて見ましたが本当に威容な輝きがかもし出されています。刃渡りは予想よりもかなり反っていて、何か引き込まれる威光をはなっています。こんなものを向けられてとても冷静にいられるはずがないとも思いました。まさに命のやりとり、相当な肝と肚が据わっていないと無理でしょう。日本の大和魂やサムライ魂というのは、日本刀の中に集約されているのかもしれません。刀剣の輝きをココロに懐刀しておくこと、それこそが日本人としての伝統と魂を引き継ぎ、時代を乗り切る力になるのだと思います。
  
スポンサーサイト

コメント:0

コメントの投稿

トラックバック:0