武蔵行脚

Category: ほんわか日記
武蔵行脚~その壱~

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4/28熊本にて最後の漫画展という展覧会に行ってきました。宮本武蔵を主人公にした漫画である、バカボンドの写真展ならぬ漫画展覧会になります。作者である漫画家の井上先生の描く世界は、漫画というより、まさに芸術の域に達です。一旦展示場に足を踏み入れると、参加者みなが一応に凛とした空気に包まれ、ある独特の精神世界に入ります。一枚一枚が描き出す内面からわき出るオーラが、入場者を包み込み誰一人として空気を乱すものはいません。等間隔で、しかしながら各々のペースで何かを感じとろうとしている魂を尊重しています。『空気』まさに空気を読む!日本人が最も大事にしてきた世界感、脈々と受け継いできた特性である空気と間を如何なく引き出してくれます。最初は私も頭で理解しようと、現代の俗世間モードから入りましたが、途中から感じる流れの中に身を任せていました。悠久の時間を住ごしながらココロの内にフォーカスを当てていきます。描かれた人物、辻風黄平、吉岡清十郎、伝七郎、植田良平、柳生石舟斎、宝蔵院胤舜、胤栄、そしてお通に佐々木小次郎、父親の新免無二齊、武蔵が愛を享受できなかった母、流れとなって心の中を走馬灯のように去来していきます。結局眼で見た前半はあまり記憶に残らず、心眼で見た後半は鮮明に記憶に残っています。ともすれば何度も見返して理解しようとしたくもなりますが、じつは潜在意識でテレパシーのように感受できるチャンネルがあるのでしょう。見た目の視覚的な現象から、心眼にて感じることこそが日本人が求めている世界観なのでしょう。
 さてさて何ゆえ武蔵展にわざわざ熊本まで脚を運んだかといいますと、武蔵のゆかりの地である細川家がある熊本にての期間限定での開催であるということと、やはりバカボンドで描かれる世界観に魅せられてきたからです。あの世界観、身体感は机上で考えただけでは、ましてや取材などを通してだけではおおよそ描ききれない驚愕の表現だからです。いったい作者の井上雅彦先生は何者何だろう?と思ってしまいます。浦沢直樹先生や高橋留美子先生にも同じ様な天才振りを感じます。元来、息や間を感じるDNAを引き継いでいる日本人は、その能力を如何なく発揮すれば、漫画の世界に限らず、あらゆる分野に息吹を吹き込むことができるのでしょう。大量消費や物質文明とは対極にある世界です。井上先生は武蔵を描くとき、現在は筆で描くそうです。普通ならペンで書くようですが、それでは武蔵や剣豪たちの身体感をとても表現しきれなくなったとのこです。描き方は軸を作ってから、裸体を描きそして袴や刀を付け加えいていくという作業工程のようです。運動指導していても身体イメージを高めてからのほうが断然指導の説得力は違いますが、描くことにおいても同様であると思われますが、では剣豪武蔵の身体感覚に描く側が達しているか?といわれると流石にそんな風には見えません。いったいどのようにしてあのような・・・・

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 今回の旅には東京から上尾中央総合病院の増渕君と熊本に入り、当日に湯布院から吉田大地君が合流してのスネ~ク三人衆?による行脚になりました。侍!が日本人を表現する言葉として定着した今、自らのルーツを探す確認する旅に出たくなった、そんな輩が一同に返しての武蔵詣です。多くの日本人は、イチローに日本人の根底にあるアイデンティティを感じ侍を重ねて見ます。現代版のサムライですね。先行きの見えない御時世だからこそ、ぶれない人生を全うした武蔵の生き方に惹かれるのです。
 本当に天気に恵まれた一日で雲ひとつない快晴でした。このあとに五輪の書を書き下ろした霊厳洞、宮本武蔵の肖像画が展示されている島田美術館、武蔵の供養塔がある立田自然公園、武蔵の墓がある武蔵塚公園へと行脚は続きます。武蔵に抱かれながらの道中、やはり武蔵先生のようにはなれない自分と、又八への共感との葛藤と闘いながらの人生になりそうです。また武蔵行脚~その弐~をお楽しみに。
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