3demension

3-demension
axisとcore


臨床における矢状面(sagital plane)、前額面または冠状面(flontal or coronal plane)、水平面または横断面(horaizontal or transverse plane)、基礎運動学の最初のページにでてきそうなことが、最近になって改めて臨床のアルゴリズム(問題を解決するための一定の手順)を考える上で重要な要素となって浮かび上がってきます。部分から全体へと理学療法の変遷があるなかで、まずは体幹がキーワードとなっています。この体幹について身体機能を考える上で避けては通れないことは誰もが異論のないところでしょう。しかしながら、部分から全体へと考える中でその体幹が頭打ちになりつつあります。どういうことかというと、部分的な診断名がある場合は理学療法の得意とするところですが、いざ治療院などで開業すると診断面ではなく身体全体の機能から考えることを突き付けられてきます。どういうことかというと、体幹に踏み出した時点で整体やカイロプラクティック、オステオパシー、咬合治療、bodywork(ピラティス、ジャイロキネシス、ヨガ)と専門性が重ならざるをえなくなったのです。bodyworkを体験すると明らかにストレートにすぐに理学療法に取り入れるには、脳のシナプスが直結しなかったはずです。同じ身体機能を扱っているはずなのに異質なカラー、スポーツの世界でもそうですがスターは衝撃とともに突然現れてくるものです。人々にインパクトをもって出てくる治療方法などは常識を超えた、ちょっと目をつけなかった視点からのアプローチであったりします。とまどいと驚きとそして感嘆と拒絶と否定が入り混じった感情が湧きおこります。identityクライシストつまり、人生そのものが自己実現のためにあるとしたら、職業としての理学療法はその手段になります。手段を超えた次元こそが理想ですが、大半の人たちは手段となります。自分が自分であると表現できるものは意外にも理学療法士ということではありませんか?その自分の分身ともいえる表現系が揺さぶられるのですから一大事件です。
 さて話が脱線しましたが、3demensionというのは、どの面を優先して考えることが身体機能の根本に迫れるかということです。身体機能=体幹機能が不可欠 これは既に公理といえます。では体幹をどうすれば普遍的な身体機能を獲得できるのか?stability・flexibility・mobility・strengthなどなど数々の概念が浮かんできます。そのどれもがセパレートしたものではなく、常に混然一体化して身体機能を司っています。人が決めた概念に機能が当てはまるのではなく、人の機能をひも解くと要素がでてくるわけですから、どれもが単独では成立しないことは明らかです。人の認識が変化すれば見えてくる面も違ってきますが、では過去の概念はもう必要ないかといわれるとそれは違います。流行りやマイブームで人の機能が変化するわけではありません。三次元の面ももとはといえば人が考えた基準ですが、この基準面を軸として関節運動が表現できます。人間にラインを引いていくと黄金比ではないですがある法則にのっとっていることが多々あるからです。
 では体幹へのアプローチをするということはどういう効果があるのでしょうか?体幹はcoreと称されるように身体軸を担っています。軸ということは正中重力線が基準となります。軸イコール正中重力線ということではありません。axisであれば線になりますが、coreとなると機能的な意味も含みますのでむしろ物理的な線というよりは身体イメージといったほうがいいでしょう。しかしながらaxisとcoreが一致することが理想ではあります。何故なら、物理的なバランスと身体感覚が一致することこそ最も効率的な身体運動を司るからです。では体幹へのアプローチが両方の要素を満たしているか?ということが体幹へのアプローチの成否を握ります。体幹へのアプローチをしていると自然と軸ができるよ・・というのも間違いではありませんが、やはりスクリーニング方法を確立しておくことが大切です。この方法はこのような理念をもってやっているからいいんだ・・では数うてば当たるということになってしまいます。bodyworkをしていると飛躍的に身体軸が形成されていきます。しかしながら内在的な連鎖という観点からいうと、やはりaxisとcoreを評価する方法がないためか、この二つの要素が満たされているかどうかは全くわからない状況となっています。患者レベルの機能障害となると、できるだけ効率的に身体機能を獲得しなければいけないわけですので、一生懸命習得するべく努力するというモードではなく、axisをセッティングしてcoreを形成する方略をとることが不可欠なのです。これがスポーツ&フィットネスエクササイズとリハビリエクササイズの違いなのかもしれません。もちろんリハビリもエクササイズですから、bodyworkが応用できるわけです。医療とは細やかさであり繊細さと、ブロックを一つ一つ積み上げていくような、もしくは外堀を埋めていくようなアルゴリズムが不可欠です。繊細さと大胆さこの両面のバランスが難しいのです。繊細さをリハビリとしたら、大胆さは競技スポーツということになるでしょう。あくまで運動負荷と範囲という側面からのことですが。最近、総合格闘技のDreamで専門のキックボクサーが総合の選手にK-1ルールでKO負けを連発しました。ボクシングとキックと総合の間合いは違います。間合いの狭いボクシングテクニックは歴史もありますが既に極めつくされているといわれいます。だからこそなのか今ひとつ素人目にはよくわからないところがあります。エンターティメントという観点からみると、少し物足りなさがあるように思われます。クリンチやダッキングなどが多くなると本当につまらなくなります。どの種目でも繊細すぎるとボン試合になります。スポーツでも陸上競技長距離はやってはいけないことを沢山並べて修行僧のように制約をつくってしまう選手がたくさんいます。節制のスポーツだからです。しかしながら、真面目すぎると大胆さに欠け競技選手としては大成が難しい印象です。反面、ラグビーやバレーボールなどはどちらからいうと大胆なスポーツです。コンタクトスポーツというカテゴリーに入るものはそうだと思います。いずれにせよ身体機能へのアプローチという観点からも、医療サイドのリハビリとスポーツサイドのフィットネスとは違います。繊細さの中に大胆さを・・・大胆さのなかに繊細さを・・・結果的に同じところに行きつきそうですが、スタートが違うとなかなか他方の行きつく領域には到達しないものです。
 積み上げていくよりも、高いレベルから下って行ったほうがいい場合もあるということです。例えばアキレス腱断裂後のリハビリにおいて、カーフレイズがなかなかMMT5レベルに最終可動域まで到達しません。しかしながら免荷で最大底屈位に保持したところから降ろしていくと、全可動域を通して力が入りやすくなります。ミドルレンジは負担が大きいため、下からだとなかなか通過できないのです。
 さてさて大胆さというのをbodyworkに例えるならば、繊細さはリハビリになります。bodyworkのなかにも必ず細やかな部分はありますが、やはりダイナミックなイメージのなかの洗練された動きということになるでしょう。
 さてaxisが何故難しいかというと、coreはあくまで身体イメージですので自らは正しいかどうかはわからないのです。客観的な指標がaxisということになります。axisは胸郭jから整えていくこともできますし、やはり頸部のポジションがかなり重要になります。特に咬合や上位頸椎は必須になります。咬合をベースにaxisを整えると、体幹以下末梢の軸と相当ズレていることがわかります。しかしながらそれは本人はわからないので、自覚的に楽になっているという面ではサイドのインジケーターのセンサーやコアーユニットそのものが強化されたということでしょう。しかし、頸部や腰部に愁訴がある場合は、まずはaxisとcoreを一致させておくことが成否のカギを握ります。整った後にコアーエクササイズを行うと、さらに身体の柱が太く強くなってきます。

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