ノーベル賞

Category: 多事総論
ノーベル賞と理学療法

 ノーベル物理学賞が授与されることとなった、京都産業大学の益川敏英教授(68)、小林誠高エネルギー加速器研究機構名誉教授(64)、南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授(87)。同時に3名も受賞され新聞の一面を飾りました。本日はノーベル化学賞を下村脩・米ボストン大名誉教授(80)が昨日に続いて受賞されました。
 今回特に目を引いたのが「小林・益川理論」を発表した両氏は留学経験がない「純国産コンビ」だということです。 「穏やかで秀才タイプの小林さんと個性的で天才肌の益川さん」と人物像がでていました。
 冒頭の表題がノーベル賞と理学療法は、とてもありえない話なんですが、今回あえてだしてみたのには理由があります。日本の理学療法で独自のものを確立された先生方が何人もいらっしゃいます。何人もといっても片手か両手いくかいかないかの人数かと思いますが。しかしながら、そのどれもが新たなものを作り出す過程において、職人的に邁進しその奥儀はそこはかとない深さで周囲は知る由もありません。昔ながら日本人は修行的な側面があり、師匠は弟子に背中で教えるというスタンスでした。記録として残っているものは少なく、その多くは達人の頭のなかに棺桶と一緒に封印されてきました。一子相伝のような第何代宗家のように代々これはという後継者に引き継がれていきます。ライセンスをみてもそうですが、欧米から入ってくるものはシステマティックになっているせいか、数か月から数年でライセンスを取得できるものが多くあります。しかしながら日本の場合は日本舞踊でもお茶でも柔道でもいいのですが、帯の色や段位が上がっていくのには何年もかかります。つまり、一芸を身につけるたけには、品格や人間性も含めた精神性を重んじる文化があるからだと思われます。ライセンスの取りやすい形体は、しっかりとした団体が発行するようになっており、セラピストにとってとても魅力的です。最近bodyworkを海外で習って、日本でスタジオをもったりと独立していくセラピストがボチボチでています。宗形テクニックと呼ばれるものも、どちらかというと経験に基き、蓄積された理論と技術を提供していく、独創性と創造性を重んじるアメリカならではの気風が背景にありそうです。まるでドキュメンタリーそのものが臨床コンセプトになっているように感じます。といっても新潟の学会で教育講演を聞いただけなのですが・・・・自らの知っていることを、堂々と表現するその様は日本文化にはないものです。どちらかというと日本の達人は概して多くを語らず、語ったとしてもそのスタンスはアメリカ的な受け入れる立場ではなく、積み上げてきた職人気質が感じられ、そのいい意味でのプライドが我々に大きな壁となって立ちはだかってきます。よって、尊敬の念をもって崇められ、また追いつけないと思わされてしまいます。また師匠は簡単には追いつけないだ~というスタンスで接しますので、ますます追いつけない状況に陥っていきます。しなしながら欧米の場合、特にアメリカですが自由に発言し表現しよう~いいものはいいと認めよう~といった文化であるため、とてもグローバルな考え方と自立心が芽生えやすいのです。日本でいうプロ意識とはまた違う解放されたプロ意識というのでしょうか・・・よって、海外の特にアメリカにて学んだセラピストに対しては、箔が付くではないですが特別なオーラがにじみ出ています。日本は世襲制ですから、一国の主になれるのは極一握りであり、その一握りが世界一ともいえる技術を生み出し、燦然と君臨します。しかし、それではいったいどのようにして、どうしたら達人になれるのかさっぱりわかりません。修行したからとってものになれるとは限らないからです。その点、めに見える形でライセンスとなっているほうが目標にしやすいのです。
 アメリカには創造性と独立性が養われる何かがあるのでしょうか?日本は島国根性ではないですが、職人気質にて作り上げる、根性で積み上げる、そのためにはある程度の経験や品格などを求めます。まだまだだよ~と言って聞かせられ続ければ、自身も失いますよ。つまり、日本の達人たちは目標として尊敬はされつつも、後輩を引き上げようとか、わかりやすく伝えようという意識よりも、自らが築き上げた頂きに対する自負が強くて「なんでできないんだ。」という意識と、近づいてくる後輩に対しては否定的な態度や認めることを嫌う傾向があるのではないかと感じます。下からの突き上げや追い付いてくる影におびえ、その台頭を認めないということです。よって、日本の達人はどことなく、尊敬はされつつも決して追いつけないと思わされるのです。アメリカに出て学んできた人たちが独立心が形成され、日本でも人を引き付ける具体的な目標として近づきやすい雰囲気を感じるのです。国内にいるとどうしても嫌な面が見えてしまい、そのアンチテーゼを呈する形で新たな理論や技術が形成されるためどことなく癖が強くでてしまいます。グローバルなひろい視野は島国では育たないのかもしれません。今回のノーベル賞も大半は海外経験留学があるなかで、益川教授と小林教授は純国産ということです。おそらくお二人が違った個性で補いあったからこそ、国内にて大成できたものと思われます。益川教授は英語ができないため、一切国外からの招待を拒否してきて、一度も海外に行ったことがないそうです。国際的な研究者でありながら国外にでないで有名になることはまずあり得ないことですが、具現化できる発信できる小林教授がいたからこそだと思われます。日本で何かを成し遂げるには一人ではだめなのかもしれません。日本の達人は基本的には一人のイメージで決して、トロイカ体制を引くことはありません。国内で努力してのし上がったからこそ自負心が前面にでてしまうからです。
益川さんの「研究は真正面からと斜めからの方法がある。一つのアプローチにこだわるのではなく、いろんな可能性を自ら切り開く中から成果が出てくる」「自然には理由がある」という含蓄のあるお言葉は若い研究者に勇気を与えることでしょう。やはり一つの真理に達している方のコメントです。日本でもコツコツと地道に研究して実績を残している方々がいらっしゃるということです。現代はどうしてもすぐに脚光を浴びたり、経済的な視点などで左右されてしまいがちですが、地道にそしてグローバルな視点を持ちながら研鑽することで自然と独立心が芽生え、社会に貢献するための自分という観点からもの事を考えることで、自分なんかが・・・という変に謙遜する気質を払拭できる可能性があります。
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