運動連鎖道場第三期生第二回

運動連鎖道場第三期生 第二回 報告

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7月27日(日)
 運動連鎖のためのパルペーションテクニックの基礎Ⅱ
     ~運動連鎖からみたマニュアルセラピー~
会場:杜のホール橋本 第1セミナー室

 運動連鎖道場第三期生の第二回目の研修会報告です。今回は内容が盛りだくさんでした。
午前に①内在的運動連鎖アプローチの原則 ②頭蓋運動連鎖 午後に③上肢肩甲帯~頚部の運動連鎖を講義実技をしました。写真は頚部側屈~肩鎖関節連鎖の実技風景です。本来は一つのテーマだけでも一日かかるのですが、道場になると小人数であるためかとても効率よく進行していけます。3日分を一日で終えた感じでした。内在的運動連鎖の原則は以下の通りです。
1.呼吸を合わせる
2.自らの身体軸を正中軸に合わせる
3.機能障害の層をイメージング
4.ターゲットとなる層にチャンネルを合わせる
5.施術部位・方向・深さを評価
6.連鎖を促す部位に感覚入力
 
 ここでは、主に施術者自身の認識や価値観がクライアントの身体を開かせるgateになることを説明しました。セラピストの意識によって身体はいかようにも変容する。これは、新しい知識や観点を会得しなければ、その変化に気がつかないのと同じです。いや、気づかないのではなくクライアントの身体が、セラピストが信じた概念に当てはまるように適応してくるというほうが正しいかもしれません。
 さらに東洋医学で経絡やツボを対象にしていると、その経絡やツボをイメージしなければツボは開いてくれません。ツボを解剖学的な観点で認識して臨むと、気の流れである経絡やツボは開いてくれません。つまり気や経絡にアクセスするためには、セラピスト自身がその存在を信じてイメージしなければチャンネルにアクセスできないのです。例えば、オーラの泉のようにオーラを見ようとしなければ見えてこないものと思われます。実像を見ようとしているモードでは、背景は見えないでしょう。それと同じことが治療場面でもいえます。例えば、自分は筋骨格系から見ようとしているときには、構造的なイメージでしか見えてこないでしょう。力学的な観点で見ているときには、内在的な運動連鎖は見えてこないのです。また解剖学的な触察をしているときには、筋膜的な身体は見えてこないし、また内圧変動などもわかりません。内圧変動も心拍に合わせているときには、頭蓋療法でいうサザーランド波を感じることはできません。どこにチャンネルを合わせるかということが大切であり、またどのようなイメージで見るかということが、クライアント自身の身体にも影響を与え初めてgateが開いてきます。信じる者は救われるとは良く言ったもので、あながち間違ってはいないのです。つまり治療方法に準じた身体感を理解しない限りは、その治療方法を使いこなすことはできないのです。ある身体感をもってクライアントに臨み、そしてその媒介とする軟部組織やチャンネルに波長が同調できたとき、生体は答えてくれます。その同調した時点で特別なことをしなくても治療になります。つまり、四肢関節なりを動かすことが理学療法であるという認識は捨てなくてはいけません。動かさなくても、セラピストのイメージとクライアントの身体が同調すれば、既に治癒機転に入っているのです。よく宗教家が手をかざして治すといような逸話がありますが、これはある意味正しいといえます。クライアントの機能障害をなしている層に同調することで治癒は始まるのです。大切なことはセラピストの意識ということになります。知識とはつまりのところ、より強く認識する力でありイメージを高める手立てなのです。これは正しいんだと刷りこむ作業が研修などで学ぶ知識と価値観ということになります。より思いこみが強ければ強いほど、クライアントの波長をセラピストモードに変調させることができます。もちろん、度が過ぎると独りよがりになってしまい本来の姿が見えなくなってしまうのでどうしようもありあせんが・・・意外にも私が今まで会った達人たちは、思いこみの強さも人一倍だったように思います。つまり、そこに口を挟む余地がない、取り付く暇もないという状況です。カリスマには何も言わせないような雰囲気がありますよね。まさに思いこみの強さに圧倒されるいい例です。この思いこみと客観的な視点のバランスが最も大事になってきます。若いセラピストでも3~5年目が一番偉くなると言われていますが、まさにこの思いこみの強さが最も高くなる時期なのです。なんでもできる気がする怖いもの知らずの時期でもあります。その思いこみの強さのエネルギーがすごいので、他の情報を寄せ付けません。しかし、やがて若さゆえの思いこみでは対処できない現実に目覚めてきて、10年目にもなると大体が落ち着いて色んな話を聞けるようになってきます。思いこむ時期があるからこそ、話も聴けるようになるのであって、
最初からたんぱくに傍観しているようでは、10年目には割り切った眼に輝きのないセラピストになってしまいます。もちろん、3~5年目の偉くなる時期から、さらに独善的になってしまうと、これも手がつけられなくなってしまいます。知識に溺れない、知識に洗脳されないようにするためには、教養が必要になってきます。広い知見といいますか見識を広げていかないと、せっかくの素晴らしい宝物も使いどころを間違ってしまいます。現在の理学療法の業界は確固たるフィロソフィーが欠けています。全ての手技や理論は、ある理念に向かっていなければいけないのですが、この理念が無いので各々が独立して存在しているかのようです。各治療概念を横につなげられるような発想と、リハビリテーションという理念にそって分別チャート化していける裁量が必要です。

<知識とは何か?そして知識の行方は?>
1.知識を通して、アクセスするチャンネルが開くようになる。
2.イメージしなければアクセスできない。
3.信じなければアクセスできない。
4.患者は施術者のイメージした媒介にて反応する身体になる。
5.つまり患者の身体をみれば、施術者の個性がわかる。

 各々治療概念の適応と禁忌、得意と不得意を認識したうえで、臨床を語らなければいけません。全ての場面でその一つの治療体系で見ていこうとする展開がよく見受けられますが、これは相当なナンセンスです。身体そのものが幾重にも層が重なって機能を形成しているのに、一面からのみ見ていこうという発想そのものが既にクライアントにとって迷惑な話です。

 話はそれましたが内在的運動連鎖アプローチとは脳へのアプローチになります。脳の運動プログラムを賦活するとでもいいましょうか。脳へのアプローチは以下の内容を含みます。
1.運動連鎖を促す
2.感覚入力レベルの侵襲度
3.局所の物理的な強い刺激を避ける
(例外;高速度低振幅アプローチ)
4.身体イメージへのアプローチ
(患者自身が納得しなければよくならない)

最後に内在的運動連鎖を観る上でのセラピストのマインドテクニックおよび心構えを列記します。
1.変だなと感じる直観を信じる
2.二点が一点と感じる部位の選定(機能障害と第一関連部位の関係)
3.手先も気持ちも止まらない評価とアプローチ
4.0.5秒ルール

 私自身の臨床における心理状態は8割がたマインドテクニックに準じており、よって自らの心理状態や調子そのものが臨床成績を左右する現状があります。決して知識や技術が高まることのみが臨床成績を上げる要因ではないのです。


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