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予防に理学療法ならではのツールはあるのか?

運動そのものの効果、筋力アップの効果は、今や運動器疾患のみならず、内部疾患、そして認知症にも効果的であるとされています。

アルツハイマー病患者の認知機能に対する運動の効果:無作為化比較試験
アルツハイマー:AD患者においてホームエクササイズ群(HE)、グループエクササイズ群(GE)ともに、時計描画検査(CDT: clock drawing test)においてHEとGEで得点が向上し、特に12ヶ月時点でHEがCGより得点が高かった(p=0.03)。また、語想起課題(VF: verbal fluency; animal category fluency)、Mini-Mental State Examination(MMSE)に関しては、12ヶ月の経過の中で3群(control群含む)すべてにおいて低下を示したとあります。

 対象者が平均年齢78.1±5.3歳、男性61%、CDT2.3点(量的評価Freedman らの方法15点満点)、VF7.9語、MMSE18点(30点満点)、中等度または重度認知症が67%だったこともあり、効果は限局的であったとのことです。

ADのCDTとMMSE相関
アルツハイマー病患者における時計描画の特徴 ―量的および質的評価 より引用

運動そのものが脳機能にどのような影響を与えるかといった研究において、興味ある知見が散見される
運動は脳の代償機能を高める! ―短時間の中強度運動が高齢者の認知機能を向上させる脳内基盤を解明―
ヒトで非常によく発達した脳の認知機能である「実行機能」を評価バッテリーとしています。これは、 ある行動を実行するために、自分の注意や行動を適切に制御する機能です。この機能を最もよく反映するのが、ストループテストという認知課題で評価することができます。
 中等度の運動強度における認知機能を向上させることにおいて、高齢者は課題遂行に典型的に関わる脳部位(左前頭前野背外側部)ではな く、代償的に働く脳部位(右前頭前野前頭極)であるという興味ある知見が導き出されています。
 この結果は、加齢による認知機能低下を防ぐために働く脳内のバックアップ機構を、運動が支援したことを示唆する 成果であり、高齢期の認知症予防を目的としてプログラム開発の根拠になりうる結果と言えます。

この辺りの実験心理学的な研究においては、理学療法はまだまだ後発と言いますが、そもそも興味関心が薄いと言えます。
何でもかんでも手を出すよりも、既に多くの研究知見があるものを取り入れ、協働を進めていくことが大切なスタンスでしょう。このようは理学療法士の業界の中で、特筆すべき成果を社会に発信している理学療法士が、島田裕之氏(国立研究開発法人国立長寿医療研究センター長)になります。業績の量といい質といい、もはや理学療法の世界観に囚われない、認知症という本質を踏まえた上でステージに立たれていることがわかります。

認知症における取り組みは「いきいきリハビリ」「にこにこリハビリ」などの名称で明らかなように、理学療法の専門性である身体機能というよりも、認知機能に対する内容が主体となるのは至極当然のことである。サイエンスというよりも心理学的な情動面や感情といった側面が主体となります。高次脳機能を理解してアプローチしなければ、運動が効果的だという側面だけを切り取って理学療法における有効性を唱えたとしても、それは理学療法が効果的であると証明されたわけでもなく、理学療法の中に運動が含まれているということにすぎません。

運動とMCI予防
運動による認知症予防へ向けた取り組みより抜粋

この図を見ても分かる通り、運動の効果について示されています。この運動は解剖や運動学といったことではなく生活動作全般を指します。もちろんここに運動器疾患や痛みがあれば、運動が妨げられますので、我々の役割はそこにあると言えますが、どのような運動をするかということにおいて介護予防も健康増進も認知症も全て同じになってしまいがちです。運動が効果的であるということの研究も、理学療法に限らず多くの医学や体育の分野で発表されており、そういった意味においても理学療法士という数、マンパワーがあるということにおいて活用の白羽の矢が立ちやすいと言えます。

あくまで理学療法の運動療法は一般健康人の体操の延長線上にあのです。
そこにコブニティブ(認知)の要素を取り入れた、コグニサイズなど、運動学や解剖学を基盤とした運動療法の延長線上ではない、運動と認知トレーニングを組み合わせたエクササイズが考案されています。筋肉への負荷だけでなく、認知的な負荷が加わっているところが特徴です。

認知症は既に日本全体の大きな課題であり、予防の最重要テーマの一つでもあるため、国を挙げての取り組みがされています。元来、理学療法において認知は枠外であり、10数年前には話題にも登りませんでした。それが世の中における必然性に押し出されるような形で、取り上げ出したというのが実情です。
社会活動としての関わりや、人の行為そのもの生活全般、人生を包括した視点にて考えていくことが求められる分野であ理、キュア(治療)よりもケアといった視点となります。

「ケアcare」は、よく「キュアcure」(治療する)と対比して使われる言葉でああり、「医学が進歩し、長寿社会になった今、cureよりcareへ緩やかに移行させていく」というスタンスが必要となります。「愛をもって気づかい、心をこめて世話をする」ということであり、本来その範囲は広い。日本語でいう看護、介護、介助、リハビリテーション、ある種の医療行為等の全てをその内容を含みます。

このような世情の中で、認知症に直面する機会を多くなり、それぞれの立場で模索し悩み解決するための出会いやきっかけが訪れます。それは必ずしもリハビリの専門職を通す必要もなく、また適切な回答を医療の中で見出せないことも多いでしょう。当事者となると、それは医療と介護の業務の中での一場面ではなく、生活であり日常だからです。

高齢者であれば疾患だけを治しても、健康を取り戻すことができない。理学療法においては「結果的に健康になる」というところに帰結しますが、現実には健康を取り戻すための理学療法という表現は使いません。健康になるための治療という点では、医師の方がより近い感じがします。

有効なケアとしてフランスから我が国にも入ってきている、ユマニチュードという方法が紹介されています。元々は体育学の専門家であったお二人によって、現場での試行錯誤の上に出来上がった、実践と言えます。

リハビリであれば基本的動作能力といった視点から入りますが、その理念が医療という先入観がないことにより、

「生きているものは動く。動くものは生きる」
という哲学・理念に行き着き、そして基づいて展開しているということのようです。

「人間は死ぬまで立って生きることができる」
このような死生観にまで行き着いているのは、理学療法ではありえません。理学療法の視点からいうと「死ぬまで立ってる歩けることを目標とする」といった表現がいいところでしょう。「生きる」これこそ人間の本質を捉えている哲学と言えるでしょう。

ユマニチューどの語源は「〜らしさ」「人間らしくある」という状態をユマニチュードと命名したようです。「人間らしく」これは、医療や理学療法の既成概念ではなく、人そのものの共通した理念なのです。スタンスが「・・・らしく」といった起源からマインドやアクションが表現されているとしたら、成り立ちがあまりにも理学療法とは違います。作業療法の方が間違いなく近いでしょう。「尊厳を持って、人間らしい存在であり続けること」「人間らしい存在であり続けることを支えるためのケア」こそがユマニチュードの状態であるということなのですね。
ユマニチュードJPEG
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