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地域包括ケアの未来〜予防に必要なオーバーロードの原則〜

地域包括ケアの当事者意識を高める

地域包括ケアシステムを説明するときに、よく使用されているイメージ(下図)です。この図の大半は医療と介護よりにイメージです。あくまで提供される側(患者・介護・高齢者)の人たちの顔がイメージできる図となります。つまりこの図を作成した段階では、作った本人たちは当事者に入っていないということです。そして提供する側とされる側という、境界線の意識ができてしまいます。当事者感覚ではなく戦術やテクニカルなロジックを頭で考えて、アイデアをプレゼンするといプロジェクトと取り組みのテーマ設定になってしまいます。この図で足りないのは、子供達や学生、さらには働き盛りの世代、など日本を下支えている世代と未来を担う若者をもっと元気にしよう!という概念がないのです。医療と福祉そして保健に過負荷の原則は何となく違和感があり、無理しないでいいよ・・・モードになってしまいます。
地域包括ケア
今後新たな世代への拡がりを作っていくことの必要性は専門性を理解してもらうということにもつながり、結果的にあらゆる人たちとのコラボと協働が実現し、職能領域が自ずと拡がり、その中で成長が促される環境ができてくるのです。一般健康人を対象とした取り組みのためには、以下のトレーニングモードを身につけるべく理解する必要があります。

トレー二ングにはリハビリでは知り得ない多くの知見があります。
SAID(Specific Adaptation to Imposed Demand)の法則:”課せられた要求に対する特定の適応”持久性のためには持久トレーニングをする、パワーをつけるならパワートレーニングといったようなことです。

特異性の原理:SAIDと類似したカテゴリーになりますが、持久力やパワーといった大枠から、エクササイズ項目への言及となります。例えばスクワットを伸ばしたいのであればスクワットを練習するといったことになります。さらに関節や筋肉といった具体的な項目になってくると、リハビリ的になりますがそこまでは特異性の原理では求めていないうようです。リハビリでは間違いなくこの筋肉の使い方といったことになってきます。

筋肉の使い方、身体の使い方とは何か?
この辺りは別段特別な考え方でもなくて、どの分野でも共通して通じるものがありそうですが、理学療法においてはさらに拘りがあるように感じます。理学療法は医療であるため本来はボトムアップの世界となります。つまり組織的な解剖学的な病理に対する治療です。よって全体の身体システムに対する職業では本来ないのです。広げることは特に問題ありませんが、それはトータルコンディショニングはトレーナーの役割と言えます。PTはどうあるべきかは、何に興味があるか?といったことではなく、元々の出所と裁量権は何か?といったことに起源があります。しかしながら時代とともに、その役割を誰かが担わなければならなくなります。介護の制度疲労を起こしてきた中で、地域包括へと推奨してはいるものの、その解釈は新しいイノベーションへと向かいます。そして新しいサービスへの模索展開、開業に対する心理的な制約もなくなってきた昨今は、(開業とは言わずに)サロン系リハビリへと加速しています。この流れは世間の共通認識を背景に、徐々に橋を渡るように侵攻していきます。今後は誰かがサロン系リハビリの団体を作って、地位向上や身分保障のための活動へと展開しなければならなくなるでしょう。実際にカイロプラクティックにおいては、法制化のための活動が脈々と行われています。時を逸した感は否めませんが、もしカイロプラクティックが法制化されて職業として一定の地位が確立されたとしたら、代替医療にカテゴライズされる理学療法のサロン系の売りは何になるのでしょうか?ここでは理学療法だから国家資格だから代替医療ではないということなりません。何故なら鍼灸マッサージも国家資格ですが代替医療に分類されるからです。よって医療においては理学療法と固有に呼ぶだけで通じますが、一歩外に出るとその限りではないということです。
カイロプラクティックにおいてもアジャストそのものが古典的な伝統を引き継ぐ系譜とされていますが、果たしてその哲学のみで推し進めることが日本でできるかどうかと言われると、これはすでにパーソナルなカリスマなどに起因したプラスアルファあっての個であり、それがカイロプラクティックそのものの有効性とは別の話となります。
 話を戻しますと、筋肉や身体の使い方という考え方はトレー二ングに当てはめると、先の特異性の原理となります。個別性の原理もありますが、これは個々の反応に対する効果に対する個別性ということであり、医療で言えば治癒力や回復力、免疫力といった考え方になります。特異性の原理もどちらかというと、exerciseの種類であることを先に述べましたが、大枠としての動きに着目します。医療や理学療法はその中をスキャンして組織や筋肉や関節をイメージするということになります。見ているレイヤーが違うということにもなりますが、一つ一つの組織や部位を見ていることによる動きと、全体としてのフォルムを常にイメージしながら行うトレーニングでは、同じ動きをしていても毛色は真逆と言ってもいいかもしれません。森を見て気を見るか、木を見て森を見るかこれはもう補完しあう他ありませんね。健康増進やちょっとした不定愁訴は「森を見て・・・」からが適応ですし、疾病としての治療であれば「木を見て・・・」となりますね。

 理学療法士が運動器疾患に対して抱く予防は、普段見ている患者になります。しかしながら予防に対象は整形外科疾患になる前の段階です。ということは患者に対しての治療の延長線上には、予防はないということです。その前ですのでスタートの発想を変えなければいけません。
 
過負荷(オーバーロード)の原則
トレーニングの基本は過負荷の原則になります。リハビリではOver Roadということになり、これは必要以上の負荷を与えることによって返ってマイナスの作用を引き起こすという概念になります。しかしながら、健常者は正常が基本ですから、筋力の向上するレベルの負荷をかけなければなりません。つまりトレーニングの世界では過負荷の原則はポジティブであり、リハビリではネガティヴな印象を与えるものなのです。原則、負荷を与えることによって強くする!そもそもリハビリでは筋力強化といってはいるものの、正常に戻すということが基本であり、日常生活で動けようになるために強化するということになります。ここには一般健康人の概念は見出せないわけですが、この健常者もしくは健康者というのが必ずしも予防の対象に入らないかと言われれば、当然入るわけです。生活が自立していれば予防が必要ないかと言われると、それは貯金をしていないと枯渇してしまうように、フィットネスやフィジカルを上げておかないといずれ目減りして生活に支障が出てきます。

使用/不使用の原則
 これもリハビリでは廃用症候群に代表される、不使用とは生活もままならないぐらいの低下を指します。しかしトレーニングの世界では、日常よりも強いストレスを与えていなければ、日常生活レベルでの体力しかつかない!ということになります。廃用とは寝たきりへの序章というニュアンスではなく、不使用によって日常生活しかできないレベルの体力ということなのです。基本は過負荷の原則ですので、不使用と使用の基準がすでにリハビリよりも1段階上の設定となっています。
リスクから入る理学療法と過負荷から入るトレーニング!介護予防も含めて予防となると、原則過負荷から入る意識に転換することが適していると言えます。よって使用は過負荷、不使用は日常生活レベルとなります。
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