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左右差の科学⑴自叙伝編

左右差の是正は可能か?

左右差についての科学的な論調については各種散見される。
科学的な説明はさており、現実的にリハビリ現場において、この左右差の是正は並大抵のことではないことを30年来の臨床生活の中で実感する。

単純に左右差を是正するために、非利き手側を中心にexerciseすることで事足りるのか?

荷物やカバンを掛ける側を逆転させればいいのか?


臨床においても左右差laterlityの是正は、前提として左右差に気がついていることが必要です。
しかしながら、当の本人は時に意識できていないことも多々あります。人から指摘されたり、受診することで初めて気がつくこともあり、身体感覚の中で自覚することは困難である言えます。

つまり理論的な知識としての左右について知っていても、それは知識であり身体感覚としての実感!について、臨床での実践者の立場からレクチャーしたい。

私自身の左右差との出会い
レトロな話で申し訳ないが、しばし私自身のライフワークであるlateralityについて語りたい。
中学高校と陸上長距離を走っていた私は、成長期の中学時代に左回りのカーブがきついグランドで来る日も来る日もぐるぐる回っていた。中学1年当時の身長は139センチしかなく、2年で144センチ、3年で151センチと、常に見上げるように生活していた。高校1年で158センチ、2年で163センチ、3年で168センチ・・以上です。

成長発達のスパート時期に運動の影響は大きく、左回りの負荷は確実に身体バランスに反映されていく。
遠心力に抗するため、私は常に左に上体を傾けて走っていた。腕振りは何故か、右肘を伸展させながら後ろに振っていて、これは全く自覚がなかった。肘が伸びていることを自覚できないとは、如何に脳が都合よくできているか?といったことを表象している。この肘の癖は先輩に指摘されて自覚した次第であり、走る中ではコントロールできなかった。
従って寝ているときに1キロの鉄アレイを握って、肘を屈曲させた状態で寝るようにした。
結果的にどれぐらいの期間で直ったかは忘れたが、フォームは矯正された。
この修正は全くもって理論的ではなく、根性で治したようなものです。必死さ!それしか中学生にできることはありませんでした。

さて左に傾いたフォームによって、どのような身体バランスになったか?
まず外側に遠心力がかかるわけですので、右半身にその応力がかかります。
つまり外向きに彎曲するということです。
その彎曲をもろに受けるのが脛骨です。そしてきっと大腿骨もそうでしょう。大腿骨は自覚できませんが、脛骨は視覚的にも荷重感覚においてもはっきりと自覚することができます。
また左右の筋肉の付き方にも顕著にあらわれてきます。

ではここで問題です
左回りで右外側に遠心力がかかると、どちらの筋肉が発達するでしょうか?

答えは右側です。
一見、左回りで左に体側を倒していると、左に荷重がかかって発達するように感じますが、実際には制動するための力が相当必要であり、バンクにつっかえ棒をするように右足にてブレーキを掛けていたということが言えます。

具体的なアライメント変化
足部:回外足
脛骨:外捻、外彎
膝:O脚
骨盤:右PI out-flare
脊柱:左側屈
筋ボリューム:左<右

以上となります。このように身体全体が遠心力に合目的に形態としても適応してしまうと、本来の前方に速く進むという目的からはロスになります。

このような経緯により、私自身が左右差を自覚し、長距離ランナーとして速くなるためにはこの左右差、特に骨盤の歪みの是正無くしては成し得ないとまで強く思うようになっていきます。

この思いはリハビリの学校に入学してからも、より強くなり、学生時代に左右差の是正とランニングについて探求の道が始まったのです。
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コメント:5

同じ症状で苦しんでいます。。。

池野
先生の学生時代のご経験が、まさに私が抱えている問題の左右差です。
フルマラソンを11本ほど走りましたが、皇居や駒沢公園で練習すればするほど外力がかかってしまい右側のアライメントが崩れていくばかりです。
アスリートは常に己の限界を超えないとパフォーマンスが発揮されない苦しみもありますが、その後の代償にも大きく苦しみますね。。。

re: 同じ症状で苦しんでいます。。。

ヤマモトひさし
池野さん
健康のために身体のためにやっていることが弊害にもなるという自らの教訓ですね。
しかしながら、宿命のようなもので、それが故に今があり、体に対する探求のあくなきモチベーションとなっています。今現在ではそれが使命感となって、邁進できていますので、一緒に身体のラビリンスを紐解いて少しでも皆さんのために何かを提供できるように、頑張りましょう!

全ては自分の身体のフィルターを通して。

池野
山本先生がおっしゃるように、全ては自分の身体の不具合やスポーツ、トレーニングを自分の脳と身体でフィルターを通して経験したことが元になっているように思います。
なぜ上手くいかないのだろう??なぜ不具合が出てくるのだろう??全ては自分の体に起こっている疑問から始まり興味が湧いて学びのスタートラインに立てたような気がします。
だから学びは面白い!山本先生の運動連鎖道場に参加して自分の疑問が紐解かれていくことがとても楽しみです。

そしてこれは運動指導者だけではなく、お客様も同じで自分の身体について疑問をお持ちで、どこに向かって自分の身体を信じて任せていいのか分からなくて困っている。
必要な人に必要なサービス(運動指導)が届けられていないように思えてならないのです。

私はパーソナルトレーナーという立場ですが、ぜひ今後は理学療法士の方々と何か一緒にできないかと模索しています。



Re: 全ては自分の身体のフィルターを通して。

山本尚司
池野さん

自らと必死に向き合う期間があったからこそ、今の自分があると思います。人は知識を得るといつの間にか、知識の対象としてみようとしてしまいます。そうすると既に都合よく物事を運ぼうとする心理が働き、結果的に患者さんやクライアントさんの意図とは、かけ離れたコンテンツを提供することになってしまいます。私も若かりし時は自らが運動をしている時には、本当に選手や患者さんの立場から見れましたが、少しトレーニングから離れると共感力が低下することを実感しました。現在はその辺りはクリアできて、調子の波をコントロールできるようになってきましたが、如何に自分でない他者の真理を追求することの探究することの難しさを示しています。また制度の中にいる専門職においても、あらゆる制度化の制約の中で発想が制限されてしまいます。
是非、これからの健康需要に応えられるトレーナーとして共に歩んでいきましょう!

池野
是非、先生の探求の旅のお話を伺わせてください!
私とは全く別の視点で色んな景色をご覧になり、試行錯誤されているのだと思います。。。
まだまだ私は先生の見ている景色とはほど遠いのですが、何か今よりも良い方向に変えられるのであれば努力を続けていきたいです。
引き続き宜しくお願い致します!

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