運動連鎖アプローチ研究会in沖縄

運動連鎖アプローチ研究会in沖縄報告Ⅱ

stabilityを取り巻く環境
安田先生とのツーショット
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さて、ようやく沖縄から帰り一息ついた感じです。内容をレポートしないといけないですね。
Stabilityの取り巻く環境がどのように変わってきているか・・・今回の研修会でも冒頭にそこから入りました。というのは機能的な身体の代名詞としてstabilityがあるのですが、昨今の巧な動き、すばらしい動き、驚嘆に値するプレーなどを表現する理学療法用語が見当たらないのです。パフォーマンンスが高いとは表現できますが、具体的にどのような機能が良いからなのか?がわからないのです。体幹が大切であることは今では誰もが周知のとおりですが、その定義があいまいではっきりしていません。まず体幹とはどこを指すのか?体幹のstabilityといいますが、現段階では腰部のstabilityの概念しか出回っていないのです。体幹と身体の根幹となるものですから腰部にとどまらないはずです。つまり体幹が注目されて15~20年はたったと思いますが、最初は理学療法のなかで腰部のstabilityという観点から始まったのですが、言葉の使い方としては体幹なので胸郭も頚部も含めた脊柱全体を包括しながら、さらには横隔膜や内臓にまで限局していくことが必要な時期にきています。体幹が安定していないと四肢の動きが上手くいなかい、胸椎が硬い患者が多い、カウンターウェイト、アクティビティー、モーションなどのバランスは体幹が担っているものである。そのためには腰部のstabilityが必要不可欠である。というような説明はできるかもしれません。体幹のstabilityと腰部のstabilityは違うのか否か。言葉を置き換えると胸郭のstability、上部体幹のstability、頚部のstabilityという表現は成り立つのか?その時の横隔膜を含めた呼吸機能はどのように関わってくるか?
 体幹は何故大切なのか?どのような機能を発揮しているのか?その答えはむしろ古武道やピラティスなどの体系が結果として指示してくれていたからこそ、新たな打開策として理学療法の世界に大きな流れとなっているものと思われます。思えば我々がstabilityという概念を獲得してから、ROMとMMTとADLという観点から新たな機能的な身体への道が開けてきました。最初は腰痛患者のための概念としてstabilityはあったのです。腹直筋をメインに働かすのではなく、ベルトのように腹横筋を利かせることで多裂筋と連動して安定がえられますよと・・腰部の安定が腰痛の予防と改善に不可欠であるということです。このstabilityという概念はもともとボバースでいわれていたBOSなどの概念と相重なって、さらには力学的な観点からの考察も加わり徐々に機能的な代名詞への変化していったのです。その言葉の意味がどのような認識をもってとらえられるかというのは時代とともに変わってくるのです。しかしながら力学的な観点で提唱されたのは上半身重心という発想であったことと、力学的なモデルがどうしても建築物のような剛体モデルであるため、身体イメージが硬いモノ的な感じになってしまいます。一見、モデルとしてはわかりやすいのですが、生きとし生けるものの躍動感からは乖離しており、臨床においては手詰まりとなってしまいました。stabilityとは安定であるが固定ではないはずです。しかしながら当時は安定が躍動にはつながらず固定に近かったのです。これが1990年代から2000代年当初まで、つまりここ最近まで脈々と変わらず10年以上もの間新たな展開が見られなかったのです。もちろん臨床では胸椎や胸郭の柔軟性が課題として着目されたりしたのですが、でもそのメカニズムと対策は明示されることはありませんでした。
 片や足踏みしている日本の理学療法をあざ笑うかのように、他の研究者や運動関係の専門家などが次々に新たな発想を持ちだしてきました。もともと医療になるには高いハードルがある理学療法の世界とちがい、スポーツの世界は結果が全てなので展開の早さは理学療法の比ではありません。
 スポーツの世界では結果があって分析してノウハウができるという、結果先行型なのです。もしくは新たなモデルや体系もデータなどあるなし関わらず単行本となって出回っていきます。理学療法ではデータ化するための筋電や動作解析装置が頼みの綱ですが、なかなか動きそのものを表現する基準と評価ポイントがでてこない。もしくは一般には難しくて応用するにはいたらないというのが現実です。
理学療法においても姿勢制御や運動連鎖という概念にて、ヒトの動作所作を説明するための言葉としてでてはきていました。しなしながら医学というのは断片的なイメージから脱することができないため、人全体の動きを表現するには至らないのです。ましてや治療方法にいたっては、応用はしているようでもインパクトのある結果を残すまではいたりませんでした。
 話はそれましたが、stabilityという概念は身体の機能と同義として扱いやすい、むしろそこまで発展させたいという思いがあったのですが、Cロナウドのすばらしプレーをみてstabilityが利いたプレーだ!!とは言わないですよね。もっと的確な表現がないのかと思ってしまいます。つまりは機能的な身体動作にはstabilityは不可欠であろうと思うのですが、実際のプレーでは我々がイメージするような、段階的なstability訓練の延長線上にあのプレーができるとは思えないのです。患者レベルのアプローチとしては腹筋が利いている利いていないは触診などで確認できますが、常に腹横筋なりを意識してプレーすればいいのかというとそんな単純ではありません。むしろプレーの弊害となってしまうのでしょう。かたや古武道などで合理的な身体所作が脚光をあび、ナンバなどが走りに応用されてきます。スポーツ指導場面でも肩甲骨と骨盤の関係性や胸郭と肩甲骨の柔軟性の重要性が説かれたり、腸腰筋の重要性がいわれたりなど、おおよそ理学療法の世界では一般的常識として認識されていない機能が次々とでてきます。最初は何も証明されていないと一笑に付すことができましたが、こうも毎日のように番組で健康のための運動として紹介され、書籍をバンバンだされると健康のための情報が医療の場にいるセラピスト以上に一般に普及していきます。その結果、世間ではどんどん認識されている概念に対して何の説明もできない専門家であるセラピストという立場に追い込まれていきました。医学は教科書というのは10年も20年も前のことしか書いていません。また理学療法の分野でも新しく運動の法則が毎年のようにエビデンスとして示されるわけでもなく、常に待ちの状態です。実は身体運動の専門家であると自負する我々は、自由な発想のもとに現存するあらゆる身体運動概念をあらためて合理的に解釈しなおせるのです。新しいものを産み出す創造性は病院という組織のなかでは消されていますので、アレンジして解釈しなおすプロになればいいのです。我々医療人が何かをするときは、世間では認識されているとか、セラピストのなかでは一応認められているという後ろ盾がなければ踏み出せないのです。
 さて本論にもどしますと、スポーツの世界のダイナミックな動きや高いパフオーマンスにstabilityは不可欠なはずなのですが、安定と固定という概念だけではとても表現しきれないのです。すばらしいプレーをみて、おーstabilityとはいえますか?女子の世界予選バレーボールをみても各国でスパイク動作は違いますし、バックアタックなどは相当反っていますよね。すばらしいプレーであり運動連鎖連がとれたプレーといえますが、stabilityという言葉がすぐに浮かんでくることはありません。ちなみに運動連鎖がとれたプレーとは、時間的・空間的に関節と筋肉が連続性をもって遂行されているということです。これも概念ではわかっていても実際のプレーをリアルタイムにみて運動連鎖がとれているかどうかを判断するには、主観的な感覚でしかありませんし、基準が個人判断になってしまいます。本当に複雑なデータをとればでてくるのでしょうが、それも本当にその人の巧さを現わすためのデータとして適切かどうかもわかりません。すくなくとも動作解析装置が普及しないのは、知りたい情報がすぐに得られないということと臨床的応用には不向きであるということです。ロボットを作るとか、ゲームソフトを作ったり、スポーツ動作を視覚的にスティックピクチャーで示して番組で流すということが最適な使い方であり、扱っているのは体育の研究者ということになります。
 そこで理学療法ではmobilityとstabilityという相反すると思われる概念を成り立たせるための作業が始まります。stabilityのパラダイムシフト、雪解けの始まりです。段階的に現存するstabilityの発想を発展させるのかと思いきや、一気にピラティスなどのbodyworkに活路をみいだします。つまり既に100年の歴史がある運動体系をひっぱってきて応用しようという発想です。これ自体が既に理学療法では相当な革命です。何故なら理学療法が他の運動やスポーツの専門を受け入れるというのは過去を振り返ってもないからです。それだけ自負があったのですが、時代の先行する流れと停滞する理学療法の先詰まり感がそうさせたのでしょう。
 そこで理論と頭で考える思考過程から体験体感することの大切さを身につけます。身体運動とは自らの運動イメージを高めないとわからないことが多々あるということに気づくのです。セラピスト自身が表現できる身体を持つことです。われわれは医者ではないのです。身体運動をみているのです。実際に動きを感じているのです。躍動感を肌で感じているのです。医師が患者の膝を無謀にも力づくで曲げている様をみて、既に身体に対する考え方が根本的に違うことは明らかで、医師の身体感の延長線上に物事を考えていた過去とは決別し、新たなモードをまとうことが必要なのです。そのなかで、新たな機能的な医学を構築していくことが不可欠なのです。レントゲンから機能を読み取るというすばらしいプレゼンを脇元先生から提示いただき、本当に感銘をうけました。ともすれば医学は基礎やリスク管理という点からは押さえておくべきですが、理学療法治療について別のカテゴリーとして構築しなければいけないのかなと考えいたからです。
 ようやく前振りが終わりましたので次回からは内容のレポートに入ります。
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コメント:2

yamashita
初めまして。
いつも楽しみに読ませていただいております。
九州の片田舎整形勤務のPT・鍼灸マッサージ師です。
常日頃から私も感じている「理学療法の閉塞感」まさにおっしゃるとおりだと思います。
今、私は「アナトミートレインと十二経筋の相関性」から操体法や経筋療法を見直し、「太極拳とジャイロキネシスの相似性」などから東洋医学的概念とPT仲間との共通言語を模索しております。
少し前までは変人扱いされることもありましたが、今では山本さんの言われるように「行き詰まり」を感じている若いPTが結構いて、興味を持ってくれています。
機会があれば研究会・勉強会に参加させていただきたいと思っております。これからもご活躍のほどお祈りいたします。

山本尚司
大変すばらしい発想と取り組みだと思います。ぜひオリジナルを展開して発表していってください。是非、理学療法としてアレンジしていってください。

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