【第3回ウィメンズへルス理学療法研究会 埼玉支部会】参加報告

日本理学療法士学会 ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法部門 後援
【第3回ウィメンズへルス理学療法研究会 埼玉支部会】
に本日午後に参加させていただきました。多くの働く女性の理学療法士が集い、それぞれのワークライフバランスについてディスカッションできた時間でした。

テーマ『私×仕事~WORK LIFE BALANCE』
・日時: 2018年3月25日(日)
14:00~16:30(13:30開場)
・場所: 埼玉県男女共同参画推進センタ
With Youさいたま
セミナー室1・2

・趣旨は以下の通りです。
「PTとしての働き方は多種多様あり、PTだけの自分とは別に色々な私もいると思います。女性として、妻として、母として、娘として
ライフイベントによって変化する私と仕事、
その変化にどのように向き合い行動されたかを3名の先生方にお話頂きます。
働きつづける女性は増えていく中で身近にキャリアモデル、母親としてのロールモデルを見つけられる環境は少ないかと思います。
色々なビジョンが持て皆さんとシェアできればと考えております。」

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【タイムテーブル】
14:00~15:10
・「ライフイベントとキャリアデザインについて」
埼玉県立大学 助教 須永康代 先生

・「~WORKとLIFE!どちらも自分らしく在るために~震災を通じて見えた優先順位と手放すことのバランス」
戸田市役所 介護老人保健施設 川﨑育恵 先生

・「自分らしい働き方・生き方にOKを出す♪」
さいたま赤十字病院 河合 麻美 先生

15:10~15:30 休憩・名刺交換会

15:30~16:30 トークセッション

*講師*
・河合 麻美 先生
さいたま赤十字病院 リハビリテーション科
リハビリママ&パパの会 代表
理学療法士
4児の母

・川﨑 育恵 先生
戸田市役所 介護保険施設
reconditining[輝]~きら~ 元代表
理学療法士
3児の母

・須永 康代 先生
埼玉県立大学 助教
日本理学療法士学会 ウィメンズヘルス・メンズヘルス理学療法部門 運営幹事
理学療法士
2児の母

 働く女性が参加しやすいように託児付きで、学術シンポジウムというよりも、和やかでそれでいて心地よい空気感が流れる時間でした。同じく境遇を共有できる、肩の力を抜ける時間なのかもしれません。

 女性の社会進出や子育て支援という形で、国もようやく重い腰をあげだしたところですが、文化として変わることは至難の技です。

国会議員や会社の役席など、理学療法士でいえば学会や勉強会などの対外的な活動も含めて、あらゆる場で機会が少ないことを考えると、これは既定路線として我々日本のなかに流れる血のようなものであり、外科手術をしなければ治らないぐらいの重症度かもしれません。

女性と男性は明らかに違うということは、あらゆる場面で有史以来語られてきたことですが、永遠のテーマとして時には哲学として語られています。

お互い理解しようとしても全く思考回路が違うのか、それぞれが理解しがたい側面があることに気付かされます。

このような理解しがたい行為については、誰かに話したり、共感してもらうことが大切とのことで、女性は特に胸の内に溜め込まず、吐き出してすっきりするという側面があるかもしれません。また大切にされたいという気持ちも当然といえば当然ですが、あるように思います。反面男性は、誰かに認められたい!という思いが強いことがあげられます。これは年齢関係なく男性は全体的な傾向としてあるかもしれません。このような主観は誰にでも当てはまるものではありませんが、大まかな傾向や印象として共感できるとこともあります。

埼玉での研究会の前に、横浜にて神奈川県理学療法士学会に参加して、そこでMSWの方とお話しさせていただいたのですが、最近は「治療だけでなく支援とサポートが求められる時代になった」ということを仰っていました。
本来の治療とは病気に対して、治療するという原則は変わらないものの、満足度という付加価値を求めてくるようになったということだと思います。もちろん完治することが何よりもの満足であることの分野は、敢然と存在するのですが、方や慢性疾患という長く付き合っていかなければいけない病態も多々あるわけで、やはり支えてほしいという思いがあるのだと思います。

さて埼玉支部の話に戻しますと、男性社会といっていい日本の社会において、女性が輝ける社会をいかに創造していくかということが、今後の経済発展もう含めた、より良い日本のあり方においては必要不可欠であると考えます。

では何故欧米では女性の社会進出が進んでいると報道されているのか?欧米に限らず、アジアやアフリカ、そして東欧に南米などはどうなっているのか?全てが欧米がモデルになるとは思いませんが、世界の潮流のなかで変化が求められている部分であり、以前として変わっていない文化でもあります。

よくわかりませんが、過去の世界大戦など地続きのユーロ圏などにおいては、争いの中心は男性であり、その繰り返してきた歴史そのもののなかで、どうしても自らが自戒するということの難しさにおいて、最も身近で違った視点にて見てくれる存在が女性だったのかもしれません。もちろんそれは逆も真なりだと思いますので、お互いがお互いを知るための文化、思いやる文化というものが必要なのかもしれません。

 それは男女ということだけでなく、他人を隣人を民族間の隔たりを超えての創造力と、まずは受け入れる、受け止めるという思考のパラダイムシフトが必要なのだと思います。まずは受け入れて咀嚼してみるというのは、文章にすると簡単ですが、いうほど簡単ではありません。

今回の勉強会の機会に参加できて、そのなかに流れる空気というものに触れることができました。おそらくそこに男性のなかの男性というタイプが入ってくると、一気に女性の本来の求める空気は破かれてしまい、結局は男性文化の価値観において解釈されてしまうのだと思います。

どうしてもオジさん世代といってしまうと、身も蓋もありませんが、やはり時にその表現のなかに理解が得難いというニュアンスが含まれることもあります。子育てと無縁の世代も存在しますので、既に理解しようということが難しいのかもしれません。つまり家族や子育てよりも仕事や一心に打ち込んで極めるという文化が、戦後の復興を支えてきたことは確かですが、その文化がどうして現代において変化が求められているのか?いつの時代でも自分自信がいつの間にか、ある価値観に支配されていることは気がつかないもの。つまり高度成長期というマイナスからゼロに戻して、そこからプラスに転じる時代は、それは本当にやりがいのあるものだと思います。歯を食いしばっても、這ってでも、しがみ付いてでもやるべきもの・・・美談や成功談は多いですが、おそらくその弊害も多くがあることでしょう。この現代においては既にプラスのマックスを極めたところから、さらに生き方や、意義、つまり仕事の意味そのものの定義が求められているのです。なぜ、それをしなければいけないのか?まずは体を動かして、理屈より動け!ということは一つの真理でもありながら、実のところ解釈によっては強要するということでもあります。だまって従え・・・と拡大解釈するとそうなります。

働き方改革とは、まさに女性の立ち置かれている心境や境遇から、一つ一つ積み上げていく作業をすることで、導き出されていくものなのかもしれません。つまり女性の社会進出や生き方、自分らしさというものは、まさに今始まったばかりであり、ある意味高度成長期なのです。つまり男性社会の日本における成長という路線は、いくところまでいって、まさに団塊の世代を中心とした、ピークに達しています。もしかしたら男性社会のピークというか、ピークが過ぎて世代が切り替わる転換点における、最後の抵抗なのかもしれません。時代が終わる変わる瞬間を、やすやすと見過ごすほど人間は人がでてきていません。特に理学療法の業界は先達が最初からトップランナーであり、50年間そのまま平行移動しているわけですから、だからこその気概でもあり、だからこその文化でもあるのですが、特殊な構造であることも事実なのです。若い世代を中心にどんどん地域や企業との連携を模索して、リハビリや医療という狭い世界を飛び出して、新たな価値観を創造しようとするその姿は、至極必然のようにも見えます。
 なぜならこのヒエラルキーともいえる構造体は、上がどん詰まりで息がつまりそうだからです。よってその息抜きとして、ポンと飛び出して何かをやろうとする発想はわからないでもありません。しかしながら根底にこの業界で認めて欲しいという欲求があるので、それがまた厄介なのです。それは、その欲望をそのまま登用して採用してくれる懐は、どこにいってもないからです。社会的な活動、社会からの要望、それと自らの自己実現との中庸を取り持つ必要があるのです。


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