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運動連鎖道場®で習得できるスキル

年も明けて早10日あまり、すでに日常を取り戻しつつある今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか?
フィジオ運動連鎖アプローチ協会として2012年に法人を立ち上げて、6年目となりました。

運動連鎖道場は23期目を迎え、船橋道場もスタートししました。

運動連鎖道場の開催は2008年にさかのぼります。

大勢の方々に講演をお聞きいただくことも大切ですが、少人数にてお伝えすることのほうが真髄が伝わりやすのでは?そして「同じ釜の飯を食う」という理念にて発足しました。

当時は運動連鎖アプローチ研究会という任意団体名でした。

この名前の由来も、いわゆる方法論やテクニックを教えるだけの勉強会では、その場限りで臨床には使えない・・・

そのことは普段の経験から目に見えていました。

日々の臨床に携わる中で、臨床思考過程こそが真髄であり、テクニックは枝葉にすぎないからです。

自分の身体の何らかの不調や違和感を考えてみても、簡単に治るような気がしないということが物語っています。

ところが患者さんや他人の身体は簡単に治せそうな気がしてしまう・・・という変な錯覚に人間は囚われてしまうのです。

ロジカルな考え方は、とてもクリアであり時に斬新で新鮮に見えてしまいます。

機械論的に数学的に、物理的に、力学的なロジックは確かに回答を導き出すための公式が存在するからです。

一方で哲学や文学や芸術はどうでしょうか?思想もしかりですが、正解というものは存在しない混沌としたものです。

将棋の世界をみているとよくわかりますが、定石というものがあります。

定石が研究されある程度の手筋は決まっているのですが、そこからの変化があまりにも多くて、二つとして同じ将棋は存在しません。定石どおりであるならば、必ず勝てるという必勝法があるもあのですが、実際には大局観という形勢判断においては、直感に近いところがあります。

臨床はエビデンスが大切であることは言うまでもありませんが、これは将棋で言う定石のようなもので、実際の臨床においての形勢判断はエビデンスだけでは、あくまで統計学的な結果であり、その人の答えを示しているものではありません。実際の盤面でも、定石からの派生であったり、前例のない指し手が山ほど見られます。新手を常に探し続け、変化を恐れず突き進む勇気が必要となります。

しかしながらあくまで序盤である定石やエビデンスは当然理解していての、新たなさし筋になります。将棋を見ていても、ここからの変化は研究してみないと分からない。よって、必ず将棋は感想戦というものがあります。

勝負が終わった後に直ぐに感想戦をするというのは、疲労困憊で悔しい気持ちもありながら、しかしながら相手へのリスペクトを紡ぎながら行われます。棋士の年齢や有段は、盤を挟めばそこは勝負師として対等であります。

憧れや尊敬は脇に置いておかないと、勝負に行けません。

将棋の世界では新進気鋭の若手に、ベテランやタイトルホルダーが負けることは珍しくありません。そこに自ずと世代間の交流と文化の継承が暗黙のうちに行われます。

つまり負ければ、負けました!とはっきりと物言うのです。これは格上の棋士にとって気持ちの折り合いが難しいことは容易に想像が付きます。そしてまた若手もベテランになり、変わり迎え撃つ川に立つことになります。

負ける気持ちも勝つ気持ちも、快勝譜もあれば圧倒されて負けることもあります。そのどれもが受け止めて、感想戦さらに公開の解説をすることもあります。逃げることも投げ出すことも出来ず、耐えて折り合いをつけなければなりません。

対局において解説者は、気持ちの機微に言及することも多く、指し手の自信や迷いを察する能力に長けていることがわかります。

話を戻しますと、序盤は定石でありスクリーニング、エビデンスということになります。
この序盤からの中盤の構成力がなければ、終盤力の強さを活かすことはできません。

中盤の構成力は、評価ということになります。評価力といってもいいと思いますが、エビデンスベースの上に相手の指し方を踏まえて、適切な対応力が求められます。相手の指し方とは臨床では、同じ疾患名であったとしても、個別性がかなりあります。同じ薬を処方しても効く効かないがあるように、同じ理学療法を提供しても良くなる良くならないいは山ほどあります。

将棋の世界が飛躍的に進歩したのはAIによる影響は否めません。昔は御大がこうだと言えば、その型から外せないという不文律があったと言われていますが、現在はパソコンの中で良し悪しが判断できます。つまり若手は独自に自由にどこでも誰でも、AIという絶対的な指標をベースに過去の常識にとらわれず、新感覚を磨くことができるのです。人間の場合はどうしても、ドラスティックな変化を迎えるには、大きな軋轢や摩擦が起きます。よって政治も経済もイノベーションが起きづらいのは、人間という主観的で変化をある意味良しとしない、または忖度という感情や心理が働くからです。

俯瞰的にいかに考え惑わされず、進み続けることができるか!そこに現代の生き方における、指標があります。

運動連鎖道場で学べることは、主に中盤から終盤にかけての力になります。序盤は研究や文献の読み方などの、幅広い情報をどのように整理してまとめるかという力になります。

中盤は序盤と終盤をつなぐ構成力となります。

構成力は理学療法評価となります。
この評価力というのは、個別性や順序性などあらゆる組み合わせがあります。

そして終盤力はテクニカルになります。方法論ですね。何とか法とかテクニックは、まさに終盤力の真髄となります。

イノベーションとは序盤の考え方から一貫して、終盤力までもが繋がりを持つことになります。

これは膨大な研究や試行錯誤の上に成り立つものであり、まさに人生そのものをかけなければなりません。至高の世界となり、多くの信奉者を持つことになります。しかしながら、そこに自由度が無くなり変化を受け止める度量がなければ、容易に時代から取り残されます。
将棋でいう雁木という戦型が、すでに人間の常識の中では採用されていなかったものが、AIでは多様されそして現在は人間の指し方の中でも、定着してしまいました。

運動連鎖道場では身体機能の原理原則である、ストラテジー全身の中での、各部位の役割、戦略を学び、そして序盤と終盤力をつなげるチカラをつけることを目標としています。

あらゆる終盤力である方法論を、実際の臨床にて上手く使いこなせるようになることが目標となります。

また序盤である研究や論文などのアイデアや発想にもつながり、理学療法における専門性とは何か?将来に渡る普遍的な臨床力を培うことで、時代が変わり価値観を変化しても適応できる柔軟性を身に付けることができるでしょう。
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