日本JAPAN

Aya Bambi というダンスユニットをご存知だろうか?

あのリオオリンピックの閉会式にも登場した二人組の女性ダンスユニットです。オリンピックでは動画の中で二人組のオリエンタルな衣装にて出演していました。パラリンピックではダンサーとして生放送にて登場しています。

マドンナのツアーコンサートのなかでもメインダンサーとして脇を固めています。

個ではなく「調和」

「秘めた感情」

「醸し出す雰囲気」

息のあったその動きは、オリエンタルな神秘も感じさせてくれます。世界中に数あるダンスのなかでも日本的な雰囲気を出せるその心はなんなのでしょうか?

和太鼓などの演奏のなかでも、さらに引き立つその動きはまさに和なのです。

「静と動」

「無秩序から秩序」

陰陽といえば東洋ですが、どことなく日本というよりも東洋全体を指している感じもあります。

黒髪で直髪(ストレート)

眼力(めぢから)

目は口ほどに物を言う・・というように表情はほとんど変わらないでもそこに感じさせる何かがあります。

調和のなかにこそ日本的な個が光る!

細やかさ おもてなし お辞儀 礼儀 

応援団のあのまとまりが「団」であり日本的なのでしょう。

その国には国の特徴があり特性があります。

よりその文化や伝統を理解し、そして強く意識したものが個としての日本を表現できるのでしょう。

babymetal や perfume の振り付けをしている Mikikoさんがオリンピックの閉会式でも振り付けを担当されていますが、「全員のフリが揃ってからこそ、各自の個性が見せられる」という表現をしています。演出を手掛けたPerfumeやBABYMETALが、海外公演で成功を収めているのは、Mikikoさんが最先端の日本の心ココロを体現しており、進化し続けて新しいものを表現し提供し続けているからでしょう。
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私はよくここまでの領域にいきついたものだと感心させられました。

もちろん私もその域まで日本というものをわかっていはいなかったのですが、babymetalをみてそしてリオオリンピックの閉会式をみて、Aya Bambiさんの踊りをみて、日本とは何かを掴み取ることができました。

ぼんやりと日本というものを意識して、日本というものを世界に表現することについて常に頭の片隅に置いていたのですが、現代のまだ若くて何かを突き詰めていった結果、直接日本の伝統芸能や工芸・武道ではないものの、日本の何たるかに行き着いているというそのことに感銘を受けるのです。

日本のビジュアルとしての和だけではなく、世界において受け入れられる、また世界に日本とはなんなのか?ということを表現し理解してもらうためには、世界基準のためのモディファイするとことも必要です。

それはスポーツ選手のメンタリティからも学ぶことができます。プロ野球選手のイチロー選手や大谷選手からもスケートの羽生選手からも、レスリングの伊調選手からも、バトミントンの高松ペアからもです。

女子サッカーがW杯やオリンピックであれだけ結果を残していたのも、まさに個ではなく調和であったことは明らかでしょう。フィジカルやスピードなどをみると、勝てていたのが不思議な試合がたくさんありました。圧倒的に押されているのに勝負には勝っていると・・・

「献身性」

「きめ細やかな配慮」

「自己犠牲」

確かに美談となりそうなフレーズだけでなく、時に使い方を間違えればマイナスに作用することもあります。

近年の現代サッカーにおいても欧米において
ディシプリンdiscipline(規律)という単語が監督のコメントからも盛んに聞こえてきます。

ポリバレント:一人が複数のポジションをこなすことができること。もともとは化学の言葉のようで「多価」も必要とされています。しかしながら、野球では、足など一芸に秀でたスペシャリストも重宝されます。
しかしながらキーパーにおいても、他のポジションと併用はできないものの、攻撃の起点となったり、足元が上手いキーパーであったりと多様性がみてとれます。

ダイバーシティ(Diversity)「多様性」、「幅広く性質の異なるものが存在すること」も現代のキーワードとなっています。

そもそもが日本こそが規律の模範となるべきお国柄であったように思うのですが、近年の発展や進歩には他者から学ぶことの、そして自己と他者の融合において、それでいて自らの魂は残している絶妙なバランスを身につけたものこそが世界をリードすることになるのでしょう。スペインのポゼッションサッカーをドイツがさらに縦への推進性、そしてゲルマン魂を纏うことで進化させました。もちろんそこには緻密な戦略と準備と研究があってのことです。

個で打開する! 一対一での強さが足りなかった・・などが選手からのフレーズとしてでてきます。

局面を打開するのは場面を切り取れば個の力になりますが、その精神性においては目立つこと、他者への批判、上手くやらなけばというポレッシャーなどの意識に転換されやすいことが欠点といえます。本当に素晴らしいプレーは、流れるような調和のなかでの個であったりするからです。

つまり対局にあるのがエゴイスト利己主義となります。

最低限の世界標準が必要なことは間違いないところですので、例えばスピードや体力など一番でなくてもある基準を超えていなければ代表にはなれませんし、さすがに世界では通用しません。ある程度必要とされる世界標準は共通ですので、そのレベルは備わっていなければいけません。

我々理学療法においてはその基準とは何か?それは学術であり世界の標準てきな理学療法の考え方となります。基準ですので、それは個人の考えや思っていることではなく、形としてわかるものであるはずです。文献やデータそしてevidenceとしての考え方が最低限必要となります。complianceは最低限のことであり、そしてそれは世界や日本の社会事情などを常に沿った社会の中の人でなければいけません。

テレビやメディアのキャラ立ちしていることが持て囃される風潮に流されがちな現代にありながら、ノーベル賞のまさに晩年になったときに初めて受賞できるその価値は、一過性の流行やすぐに手に入るようなテクニックとは対局にあります。

一喜一憂しない泰然自若とした姿勢を持った若きアスリートが、日本をそして世界をリードし始めているその姿に未来を感じます。

Aya BambiやBABY METALの、揃っているそのムーブメントに魅了されるのはまさに個々においてもハイパフォーマンスでありながらも、その融合こそがさらに必要な要素であることを指し示しています。

さすがに何も言わなければアピールしなければ知られないので、そこは国が支援して一体となってクールジャパンとして、オールジャパンとしての取り組みが行われています。個々の努力と献身性に頼って、もたれ掛かっていた、あぐらをかいていたことで停滞と閉塞感が蔓延してしまっている一因なのです。

ダイナミックやパワー、スピードという物理的なモーメントだけではなく、静から動や分節的な巧みさなどが、そこに奥行きと空間という場ができることで、和のオリエンタルな世界へと魅了することができるのです。

世界標準の基準の現代の取り決められた実績の積み方と、対外的な出し方は最低限必要ということですね。
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