# 東洋医学と運動連鎖アプローチ

東洋医学と運動連鎖アプローチ





長らくこのテーマから遠ざかっていたというか、あえて触れてこなかったわけですが、理学療法士のなかでも興味を持つ人が少なからず増えてきているようで、また私自身もリハビリテーションというなかでコンディショニングというなかで時期にきているという実感をもっています。

私が鍼灸あん摩マッサージ指圧師の免許を取得したので、もう20数年前・・・きっかけは東洋医学的な考え方に興味があったということともありますが、何より向学心と開業権の取得というものがありました。私が鍼灸マッサージ師の専門学校に通っていてどうしても受け入れ難かったこととして、いわゆる東洋医学は西洋医学や理学療法とは全く体系もロジックも違う、似て非なるものなのであるということ・・気や神秘的なものには興味がありつつも、理学療法という職業において病院内で取り扱うにおいては、東洋医学の場合には陰陽論についても五行においてもそうですが、そして配穴においてもどうしてそうなのか?という根源的な理由が自分のなかで合致できるものを探していたということがあります。決して腑に落ちないとか疑問だとかの否定的なものではなく、自分のなかで理学療法からみてしっかりと説明できるジャンクションを求めていたからです。

 今思えば体系も何も全て違うわけなので、習うより慣れろ、でどっぷりとつかってみて、そのなかで真理にたどり着けばいいわけですが、すでに理学療法士として働いているということの前提があったわけです。つまりは全ては理学療法としてどう解釈するか?どのように翻訳するかというスタンスがあったのだと思います。この考え方や思考は今でも継承されており、どのような分野の知見であっても、必ず理学療法の分野において解釈できるということを前提としていました。ツボにおいてもこのツボを押せばこの症状に効くという効能がうたわれているわけですが、どうして?という疑問が先立ちます。そしてその経穴が効かなければどうするのか?単純にその経穴が効能がそうだからとって、そのまま使うという発想に至らなかったということなのです。つまりどのような治療においても、ステレオタイプの決まったフォーマットにてやるということが、時としてわかりやすいようで時として治療家としての思考や個別に対応できる能力を奪ってしまう危険性を感じていました。

 それでもフォーマットを求める風潮にも一定の理解を示す必要があります。これほどまでに情報があふれているなかで、何を信じて何をすればいいのか?膨大な情報を整理しながら研鑽ののちに自分の型ができるのは、10年はかかってしまう可能性があるからです。そんなことはない!という人もいるでしょうが、例えば医師がある程度の診断技術と手術の技術を身につけるのには、2~3年では無理でしょう。では徒手療法や理学療法の治療においては、1~2年もやればできるようになり、それほど難易度は高くないのか?というと、確かに1年間一つのことを突き詰めれば、その分野においては知識と技術において秀でることはできるでしょう。しかしながら何の基準によって、そう判断するのか?ということです。自分基準になってはいないだろうか?ということです。例えば医師がSNSでおれの治療は素晴らしい、こんなに良くした!などと声高々に叫んでいたとしたら、その声に周囲は賛同するでしょうか?「別にいいんじゃない」という意見もあるでしょう。確かにダメという理由もない。だからといって、それがあるべき姿とも言えない。このあたりは分別の問題ですね。自分が好きで突き詰めていくなかで自然に高みに行くのと、最初は挑む気持ちにて邁進して、ある時期からその努力と成果を認めてほしくて、二枚舌を使うようになるのか・・・。つまり一方では理念を言いつつ、他方では私利私欲のために動いているということです。損か得かということで動き続ければ、それはやがて何もない荒涼とした砂漠が後に残るだけです。
 自分が本当の意味でプロフェッショナルであるかどうかは、目の前の患者さんが良くなったとか良くするということだけで判断することはできません。世の中の手順を踏まなければいけないということです。SNSやHPにてやたら吹聴している輩は、絶対的な社会的な地位が確立されていない立場にある人たちになります。それはアピールするべきことが、それしかないから仕方がないのです。よって自分の短い経験のなかで得たもの学んだものを全てアピールの材料にしてしまいます。時に節操なくなんでも取り込んでしまうため、信用は確実に失ってきます。得たノウハウは自分のものではなく、誰かの受け売りのはずが、何かしら自分が起源かのように振りをされると、それはいい気はしないでしょう。薄っぺらいという表現がまさにぴったりです。

このフォーマットについては、部分と全体という論議のなかで体幹理論がでてきたころから、いよいよ避けては通れない命題となってきました。つまりは体幹は四肢の機能障害であったとしてもロコモの観点から言えば、意味のあることだからです。つまり部分の怪我を治すということから、運動器疾患は運動をするための器官であり、動けるということのパーツとして四肢はある・・という前提に立つと、動けるためには重心のコントロールとスムーズな推進性が不可欠であり、そのためには足が良くなるだけではなく、体幹の機能を高めることによって下肢の効率性を高めることができるのです。そうすると、にわかに治療としての部分から機能としての全体をみるという流れが世間全般にあふれてきて、その流れがリハビリにおいても、押し寄せてきたということです。
 そして全体と考えた時にどこからアプローチするべきか?という当然の疑問が湧いてきます。運動連鎖アプローチ®においても、まさに全身を網羅しているわけですが、全身をみるにあたっては部分がわかることは当然の前提であるということなのです。しかしながら部分がわかるためにも時間がかかってしまうわけで、そしてその部分をわかるためには何をどのような順番にて勉強すべきかが示されていないということです。つまり自分が探してきて自分でやらなければいけないという原則は変わっていません。しかしながら、このようなあらゆる勉強会が乱立するなかにおいて、何を選択すればいいのかはまさに運でしかありません。
 また昨今のトレーニング、エクササイズの分野において、ある程度のメソッドやパッケージ化がされており、それを理学療法士が学ぶことで効果をあげるようになってきています。しかしながら、それは理学療法士のオリジナリティというわけではなく、何かしらの受け売りになってくるのです。良いものはどんどん取り入れていくことは、それは私もやってきたことですし、まずは試してみないことにはどうしようもない。しかしながら、そこにもう少し科学者としての目が必要です。検証する目ですね。本当にそうなのか?もしそうだったとしても、そのことをどのように対外的に表現することが適当なのか?

全身をみるポイントや手順を示しながらも、そこにその人なりの法則性と手順のオリジナリティをいかに探し出すか?また、個別性にこだわりリズムとテンポとまた、わかりやすい視点と説明が伴っているか?この辺りのすり合わせが必要となってきます。

運動連鎖アプローチ®の原理原則は、抗重力下における姿勢制御であり、重心のコントロールであり推進性に立脚した理論構築に基づいたコンセプト。それが運動連鎖アプローチ®における根底となる身体理念となります。
 これは姿勢というなかのシステムですが、そのパーツとしての筋緊張の調整は不可欠であり、身体表象にける乖離の修正、頭蓋顔面の調整における視覚や顎関節に対する調整、そして足部に対する左右差の是正といったオプショナルがついてきます。オプショナルといっても相当に重要ポイントで、生活を営む上では欠かせないデバイスなのです。

 理学療法において部分と全体というラインと、そしてアナトミートレインにおける筋連結と、そこから付随した膜系において、単に運動器だけではなく記憶や情報、そして皮膚という感覚入力という新たな武器を手にいれたことによって、実は東洋医学への布石となってくるのです。また運動そのものが単に呼吸循環に対する効果機序ということだけでなく、それが理論的にセロトンという物質を介して効果を発揮することが証明されたことも大きいです。つまり単なる質問紙による運動後は気持ちが爽快になるという結果が示されたとしても、それはどんな運動なのか?そしてその機序は?具体的に個別性は?ということが何ら示されていなければ、運動によって認知症やうつ病が予防できるといっても、それは結果論であってそのブラックボックスが何かということがわからなければ、良くならない患者がいた時に、対処のしようがありません。また指導として運動が効果的ですよと、いうことはできても具体的な方法として治療として提示したり、教室として提供することができません。

 皮膚・筋膜・筋連結・筋緊張・身体表象・運動連鎖といった流れが、20年の時を経て東洋医学へと流れついたということなのかもしれません。というよりも、25歳の時にすでに鍼灸按摩マッサージ指圧師の免許を取得しておきながら、そこまで迂回したのか良かったのか?辿り着くまでに時が必要だったのか?それはわかりません。

もちろんその間、全く鍼灸をつかわなかったわけではなく、スポーツ現場では鍼は多用しますし、そして理学療法においてもマグレインテープといって鍼の代わりになるものを用いたりしていました。また脈診にて状態をみたり、ダイオード療法といって微弱電流を使った治療に傾倒したこともありました。また経絡指圧にて意識のチャンネルを気に合わせなければアクセスできないことも経験として学びました。つまり信じなければ何も変わらないということです。こういうと宗教やプラシーボということで一蹴されてきた時代もあったわけですが、現代は風向きが変わりそれこそ医学において治るというメカニズムであることもわかってきています。つまりより専門家としての専売特許のような知識が絶対ではなく、日常のあらゆる現象において実は効果検証が行われてきており、その垣根やハードルは一般レベルにまで共有できるものとなりつつあるのです。変にプライドや特別感を持っていると、とても地域包括という流れからどんどん取り残されることになるでしょう。ただ我々のやっていることが、誰もできることですよと・・なることは到底容認はできないでしょう。絶対的な業務独占がないなかで、自負とプライドの問題だからです。しかし、そこに寛容となって多様性をもって、「動」というキーワードにのっていけば我々は生き残っていけるのです。

東洋医学において、今ひとつ自分のなかえ釈然としなかったのは、東洋医学をなしている思想が、何千年も前からり、成り立ち残っているということの事実は燦然と存在します。その歴史は、自分の人生の長さからいうと悠久の歴史の差があるわけです。しかし、自分が果たして何もないところから、このような理論や思想や体系に至ったであろうか?あるから学ぶ、習う、でいいのですがそれは一度はどっぷりと染らなければいけない思考となるのです。
 経験による伝承医学といっても、意味統計学的な側面があるわけで、どうしてそのような考え方に至り、どうしてそのような体系の治療ができあがり、どうして効果があるのか?最初の一歩について原理原則を知りたいという欲求と、それがわからないと使う気にならないという気質があります。
 例えばリフレクソロジーにおいて、どうしてそのゾーンを押せば内臓に効くのか?と知りたいと思っても、結局誰も明確な答えを導き出せる人はいないのです。ただ効くよということで治すということのためではなく、健康にいいよという心地よさに帰塁するものです。

 世の中に求められている健康や興味は、実は病院のなかで育った理学療法士の価値観とは違うものです。つまり我々が必要だと感じるその思いは、あくまで病院や事業所というなかで培われたものなのです。よってそれは医療や介護のなかで発揮されるべきものであり、健康増進や美容などという分野においては別カテゴリーとなります。そう考えた時に東洋医学的な視点は欠かせないものであり、健康増進という視点も新たに構築していくしかないのです。
 足裏マッサージの効果は、物理的な刺激による身体全体への波及効果による、その時の骨関節・軟部組織の変化は必ずあるでしょう。また足部そのものの変形やメカニカルストレスによる痛みもあるでしょう。運動連鎖として足部は歩行時や起立時に欠かせないものであり、その一部の変化が全身につながってくるということは明らかです。それが情動や感情にいかに関与しているか?関係しているか?内臓そのものが気として扱われるのは、感情や情動が内臓と関係しているからであろうと推察しています。そのことを運動連鎖という関連から解き明かすことができれば、運動連鎖的解釈による東洋医学への発展を促すことができるでしょう。

現在東洋医学的な経絡としての思考は、筋緊張と膜系という流れとオーバーラップさせて考えています。もともとは皮膚や膜の流れや反応をみることにおいて、新たなオリジナルとして世に提唱した経緯がありますが、それを東洋医学的な視点と融合させる時期にきました。自分自身の身体や思考そのものが、振り子として西に振っていたものを、ようやく東に振り戻して中庸としての自分に至る道でもあるのです。
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コメント:2

東洋医学との融合させる時期について

としゆき
私も以前から東洋医学的な視点も個人的には重要だと思っております。自身も25年以上前ですが「気」というものを習い、多少は治療に活かせる能力も習得する事ができました。片麻痺者の中にも患者さんの知人の気功師にみてもらい麻痺が改善したという方もいらっしゃいました。
個人的には原因追求の一つに筋肉反射を利用した評価方法などもかなり有効なのではと思っていますし、達人の方々の治療も実際見ました。

「現在東洋医学的な経絡としての思考は、筋緊張と膜系という流れとオーバーラップさせて考えています。もともとは皮膚や膜の流れや反応をみることにおいて、新たなオリジナルとして世に提唱した経緯がありますが、それを東洋医学的な視点と融合させる時期にきました。」とありましたが、それは医療から離れた現場でだと思いますが、「時期にきた」という判断はどこで判断なさったのでしょうか?
今後ともご指導よろしくお願いします。

Re: 東洋医学との融合させる時期について

山本尚司
としゆきさん

お返事が遅くなりました。回答となる記事をブログに新たに載せましたのでごらんください。

少し長くなっていますが、お付き合いいただければと思います。

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