新!筋膜ボディワーク

筋膜にフォーカスをあてたボディワーク 筋膜がトピックスだからというわけではありませんが、動きの中で筋膜をいかにクローズアップさせていくか?

このようなテーマにてボディワークコンセプトを語りたいと思います。

筋膜はここ40年あまり、急激に進歩した領域であり注目度も高いです。
竹井先生が、筋膜の書籍や研修会にてかなり売り出していますので、理学療法士も耳にする機会が多くなりました。

筋膜はテンセグリーとしての機構を有しており、くしゃくしゃの布のようでもありながら、しかしながらあらゆる身体部位の機能的なつながりとしてのテンションの役目を果たしています。つまり、その部分部分はセパレートしていたとしても、膜組織にて身体は連動しているということです。

筋連結としてのつながりは、物理的なつながりでありその接着剤というか補強材として筋膜があります。

では新しい視点ではあるものの、もともと身体に備わったものであることからも、なんらかの恩恵や作用は日常の所作のなかにあるはず。

この辺りはもともと関与していた機構において、どのようなコンセプトであれば筋膜を体現化できるのか?

現在はリリースするという視点が主流です。

ボディワークにおいては、ストレッチポールやボールにて押し当てて伸ばす解すといったところでしょうか。

または筋連結といった視点にて、その連鎖を使うようにポジショニングするか。実際にはその刺激によって、そのラインが刺激されているかどうかというよりも、コンセプトを掲げることこそが大切なのです。 つまり同じ肢位だとしても、どのような意識にてどのレイヤーに焦点を当てるかということがキーとなります。ただしそのつもりといっても、本当に狙ったラインや部位に刺激が入っているかどうかは誰にもわかりません。検証したとしても、本当に明らかになるかどうかもわかりません。しかしながら、その意識と目的を変えることで、新たな結果や感覚を得ることができるのです。 現在、理学療法士においては筋膜という考え方がクローズアップされています。つまり、筋肉や関節というところから、筋膜という流れは入り口としてはとっつきやすいと言えます。これが内蔵や頭蓋仙骨療法などというと、それが効果的であったとしても業界のカラー、求められている役割や立場、歴史によって、なんでもかんでも取り入れるということで受け入れられるわけではありません。 つまりは、自分がそれができるから、知っているからといっても、実は特別でもなんでもなくて、その場所でその立場において、そのことができる、することが現時点では適切なのかどうか?ということです。 サッカーのチームにおいても、自分がしたいプレーやポジションてはなく、実際に求められる動きや戦術があります。また監督次第で変わってきます。自分が俺がというプレーやポジションニングをやりだすと、チームとして全く機能しなくなります。一時期のACミランがそうでしたね。一人一人は超一流であるにもかかわらず、チームとしては全く機能せず惨敗を繰り返していました。  さて、膜系なのですが、現在は理学療法においいては筋膜というところで臨床や研究分野にてアップデートしていきながら積み重ねている時期になります。チームとしてフオアザチームの精神にて取り組めるかどうかが、業界の浮き沈みの鍵を握ってくることになります。一人一人が手段として理学療法を扱うのではなく、また個人のエゴや自己顕示欲を満たすための道具になってはいないだろうか? 地道に取り組んで積み上げていく精神が、実は今後の時代をリードするキーワードとなる。それがわからず、目先の目立つ行為の連続は10年後20年後に全くその立場も位置も変わらない、相も変わらず自分で吠えるか、そして短の周りの付き人たちから賞賛を得ることのみで自分の存在価値を確認することの堂々巡りとなることでしょう。 では具体的に膜系をより高めた、フォーカスをあてたワークとはどのようなものでしょうか。徒手療法ではマニピュレーションやリリースになります。ボディーワークも能動的に押し付けてリリースするというレベルでのワークです。 問題はそこではなく、実際に動きやすく動くこことのパフォーマンスを高めるためのコンセプトです。それがより膜系を活かしているであろうコンセプトであることです。 つまりこれは、パフォーマンスにおけるアライメントや筋肉の使い方ではありません、体幹の安定性という局所的なポイントでもありません。つまり体幹を鍛えることで安定したパフォーマンスができるというその心は、より身体全体の膜系のテンションをチューンアップさせることにあるのです。ピッチにて小気味よく動く時、膜系はよりテンションを高め、身体各部のつながりと連結を高めます。連続した動きにおいて筋肉の使い方やアライメントを意識しては全体の重心や軸を統合するメカニズムにリンクすることはできなくなります。つまりパフォーマンスとは理学療法士の考える障害予防や合理的な身体運動ではなく、より高いパフォーマンスを発揮できるメカニズムなのです。このメカニズムはイコール身体の痛みや障害を予防し改善するということに全く関係ないわけではありませんが、実は怪我を抱えて痛みがあるなかにおいても、それではプレーが高いレベルにてできるということです。よくアドレナリンが出ていれば、痛みも忘れるということを言いますが、アドレナリンは血管を収縮させる作用があります。またおそらく膜系に対しても弛緩ではなく、緊張に働くことでしょう。この適度な緊張が膜系の張りを作り、そして身体が一つになるのです。そうすると動作において筋肉の作用をより膜において制動することができ、機械的な作用によって連動することになるのです。 よって膜系を意識したワークとは、一つにテンションを高める、つまり集中力と高めるということになります。よって集中力の高い選手はより能力を発揮しやすいというこちは間違いないでしょう。そして、その膜系を生かすのは重力にもたれかかるのではなく、重力に抗するのでもなく、転がすのです。そのためには上下のベクトルを前後に変換するための作用が必要になります。手の振りも駆動能力になりますし、下肢筋力も作用としては働きます。しかしながら、その腕ふりによって重心を前方につまり水平線分に変換するということは、全身の膜をうまく使ったほうがいいということです。 ストレッチにおいてもテンションがマックスに張ったとところで、さらに筋肉の作用にて呼吸を利用して伸張させることになります。そうすることによって癒着したり、滑走が損なわれている部位のリリースと活動性を高めることができます。 また筋肉の作用と連動させて筋膜を伸張させる滑走させることの意味は大きいですね。実は日本人の特徴はこの限界の肢位にて手足をなんか伸ばしてボールに触るという、相手からしたら予測不可能なパフォーマンスにあるのです。しかしながらこのようなプレーは受けて立つと発揮できません。あくまで、必死になってのこと、そしてチャレンジするという自分のパフォーマンスを120%だすことにあります。そうでなければ元々ナチュラルな身体能力そのものは決して高くない日本人が、まともにフィジカル勝負になっては太刀打ちできるはずがないのです。よってなでしこを見ていても、勝ったとしても途中から防戦一方のサンドバック状態になってしまいます。どうして勝っているのかわからない?というような感じですね。献身性と協調性、そして連携と連動、受け身に回ってはさらに状況が悪くなります。防戦では意識も受け身になり、積極性がでなくなると身体が動かなくなるのです。  日本人はアライメントと姿勢がよくなく、また個々の選手の体型や動き方に統一性がありません。他国はなんとなく民族性がでていて、ある一手のパターンとリズムによって進んでいます。 ところが日本人は個ではなく、集団でそれぞれが独特のリズムを刻みます。よって意識と気持ちにを高めて一致団結しなければ、つながらないのです。個の力というのは意識と連動性のための個なのです。見てしまっては、眺めてしまっては力は発揮できません。各々の膜が張ってさらに気持ちにてもっていく・・・そんな作用がパフォーマンスにおいては大切なのです。 では具体的に気持ちではなくテクニックとして動きの中で膜系を効率良く前面にたてて使う方法は? それはやはりジャイロセンサーのように駒のように回るのです。シリンダーのように。そうすると既に筋力だけの身体要素では無理で、身体の軸や重心というものが自ずと必要になります。つまり重心と軸芯に、膜系にて帆が張って四肢が釣り下がってというよりも、タクトを振るかのようにシメトリカルに動くのです。よって常に全身にて前方に進ようなイメージが大切となってきます。あくまで膜のテンションとは、アキレス腱やハムストリングスなどの部分の筋肉の作用ではなく、身体全体のインテグレーションなのです。 つまり重心を中心とした同心円状に膜が張っている状態です。ただ膜に頼りすぎるとぴょんぴょん跳ねるだけになるので、そこに物理的な身体の使い方テクニックが必要となってきます。 全身でぴょんぴょん跳ねるような動きが最も膜系や腱を使うパフォーマンスであり、その作用をいかに重心を並進させ転換させることができるかになります。跳上があるエネルギーを、こ気味良い手足の動きによりモーメントとなる外乱をできる限り小さくし、それでいて強く小さな振幅にて振り切る。そのためにはリズムカルな動きを制動する無駄のない動きが必要となります。中距離ランナーがこのスピードと持久性を最も折衷することのできる走りとなります。また公務員ランナーの川内さんは気合系ですね、気持ちで前へ前へ。実業団の選手は前方に進もうとする意欲に欠けています。テクニックにて走ろうとしていて、それでいて気持ちは日々の練習に適応しすぎて気持ちがもたれかかっています。気持ちが入っていないので膜系の張りがないのです。細くてひ弱い感じ、力強さがないのが実業団の選手の特徴です。ハングリー精神、目的意識、外に向けたテンション!などが足りないのです。環境にもたれかかり、恵まれることで自分の意思と足で走るということを忘れているのです。 つまりモーメントを効かした動きの制動こそが、膜系のテンションを活かすワークとなります。勢いをつけてそのままハンマーのように回しきるのではなく、その手前にて制動させる作用です。もちろんハンマーはその制動を回転のなかで生み出しそして、回し切る。回し切るければテンションにて制動する。振り切るのと、制動することの限界点にてリリースすることになります。回し切るときにはテンションがマックスの膜をストレッチするのではなく、身体全体のインナーを効かして回します。ストレッチの膜系へのアプローチと動きに転換する膜系の作用は少し違うのです。
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