子供達の障害を予防する

子供の身体に異変?

NHK朝一で放送されていました。撮りためておくと、ためになるテーマが結構あります。



子供のロコモティブシンドローム
《成長期特有の問題》
⑴スポーツ障害
⒈オスグッド病
⒉外脛骨障害
⒊野球肘
⒋ジャンパー膝
⒌腰椎分離症

⑵対策1
⒈身体の知識を教える
⒉痛みの出やすい場所を教える
⒊メディカルチェック
 ①骨密度検査:大人比率で低い値の場合は、骨がまだ柔らかく成長途中といえます。
        エコーにて脛骨粗面を見ることでオスグッド病を予見できる。
⒋怪我の予防
 ①アイシングの励行
 ②ストレッチなどの指導

一律に年齢にて安全だとは判断できない。どれぐらいその子の発育が進んでいるかをみながら、安全なスポーツの限界を知っていくことかな(早稲田大学准教授 鳥居俊先生)

⑶急成長のときこそロコモチェック http://sloc.or.jp/?page_id=41
《こどもロコモチェック5》
①両腕を真上にあげられるか
②手くびを上下に動かせるか
③床にかかとをつけてしゃがめるか
④前屈をして床に指がつくか
⑤5秒以上片足立ちができるか
この一つでもクリアできないと、運動機能調整能力が低下していると評価するようです。

⑷かかと・膝・腰に要注意
 成長期に特に痛みがでやすい部位です。小学校高学年に踵、中学生で膝、高校生で腰に痛みがでやすい。
 そのことを念頭にみていくと見落としがないでしょう。

⑸親が休ませることも大事
 どうしても試合や親の期待があるため、休むということ加減をすること、その成長期に一年ぐらい休むことは実は将来にわたってはマイナスどころかプラスであることもあるのですが、実際にスポーツをしていて半年もいや三ヶ月も休むということはなかなかできないというのが現実です。競技によっては本当に休めないことが多々有ります。

⑹発達の障害
最近では大人の発達障害という概念を見聞きするようになっている。すでに社会人として働いていて、結婚もしていて、10数年間経ってから改めて診断を受けるというケースもあるようです。つまり自閉症などとは違い、社会的に適応できないというわけではなく、個性としてキャラが目立っている人です。
つまり、我々が思い浮かべる、発達障害とはかなり様相が違っています。その人の個性だったり、性格の範疇としてとらえており、別段それが障害としての理解はまだありません。
明らかな肢体不自由児ではなく、ダウン症のような明らかな原因があるわけではなく、昨今の症候群としての考え方が根底にあります。
ADHD注意欠陥多動障害は、子供だけでなく大人のチェックリストもあります。なんでも理解なくしては正しい対処方法がわからないわけで、そういった意味では単にその人の努力が足りないとか、能力が低いという短絡的な判断に寄らないため、家族や本人もかなりの部分で救われると思います。
理解という点では認知症も統合失調症も鬱病も、理解のすすんだ分野だと言えます。

このようなカテゴリーに幾重にも分けられることで、人間は正常とは標準とは何か?ということになります。おそらく常識的で理性的な人を標準とするのかも知れませんが、それは現代の社会生活を維持していくためには、集団の輪を乱さないルールを守れる人が母集団のメジャーとしては、必要不可欠といえます。
ただ、すでに社会生活を営めている、性格や個性の延長線上にあるような人までもな、発達障害という概念で語られる時代になったのだなと思う。正しい対処方法というと大袈裟になりますが、日々の人間関係における処世術といえます。普通に考えたらわかるでしょうということが、理解されないということは、若かりしころには良くあることで、若気の至り…これも発達途上であるからこその課題といった方がいいかもしれません。現在は、集団生活に馴染めない、いわゆる義務教育という枠には当てはまらない子供達の理解がすすみ、時に天才的な能力と持ち主とされることもあります。ある突出した才能とは、個性とは、それは義務教育の中での才能とはまた違うカテゴリーなのでしょう。ただし努力により叶えられること、クリアできることも多々あるので、その努力しないことまでも、努力できないという発達障害?と言われかねないですね。 職場でのストレスにより休みがちであったことが、今までは根性や気持ちが弱いなどの判断にて浮かばれなかったことが、現在地は診断書を貰ってこれるようになりました。何事も最初は当事者の切実な現実からの法改正であったり、制度化となりますが、境界領域の枠にある人たちも、時に発達とは永遠に続くものです。課題のクリアは、後天的な環境や境遇によっても変動するわけで、一概に先天的な要素だけではないことは明らかです。つまり家庭環境や親子の関係、赤ちゃんの時の育ち方…社会人になったとしても成長は不可欠であり、あるいみその領域にて進歩するということも発達の延長線上にあると言えます。幾つものパラダイムシフトを繰り返さなければ、ビジネスそのものも、資本主義社会そのものが、巨大な発達マグマです。欲望という名のもとに膨れ上がるこの媒体は、強烈な個性とカリスマが時として必要とされますが、サッカー選手を見てもわかる通り、破天荒な選手は長続きしなくなっています。知性のない選手はどんなに才能があっても消えていきます。 個の力とはすでに知性とイコールです。個のないレベルから個をアピールすることは、必要な階段でありましたが、ワールドカップでは見事に打ち砕かれました。また一つ発達したということです。頭ではわかっていても、情報としてはわかっていても、やはり体験とチャレンジなくしては発達しないということです。それは本人の勇気と、そして少しばかりの周りの後押しとサポートが必要なのです。
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