慢性疼痛の運動連鎖アプローチ

慢性疼痛に対する感覚統合およびホメオスタシスのストラテジーからみたアプローチ

慢性疼痛な対する世界の研究の進歩には目覚ましいものがある。多くの慢性疼痛患者がいるなかで、どのように臨床にて対応するべきかは悩みどころだろう。
痛みとは不快感であり、人によっては痛みではなく吐き気やムカムカした感じなど、その表象は様々である。その不快感のなかでも痛みは最上位に位置している。

痛みはあらゆる要因が絡んでいることはあきらかであり、一元的に絞りきれないことは確かだ。

ただ日々接する患者さんの痛みに対する訴えを聞くにつけ、セラピスト自身がその境遇から救われたいと思ってしまう。つまり痛みを訴える患者さんと対峙しなければならない職業の宿命であり、その訴えを聞き続けることは耐え難いいストレスとなってしまう。

対峙というと構えてしまいますが、まさにその正体がわからなければ対峙だろう。ただその要因が一つでも紐解ければ、対峙から対応になるのかもしれない。そして、受け入れる、共有する、共感する…治療とはどこまで寄り添う度合いのことなのだろうか?関わる職業と立場によって変わるだろう。職業とは医師、療法士、看護師、鍼灸マッサージ師、臨床心理士などなど、立場は医療関係、家族、などでしょうか。

痛みが単に指差す部位の病理だけではないことが、この慢性疼痛への対処を複雑化させている。

カウンセリングから外科的、保存的、侵襲的、愛護的、慰安的、表現はかぶってくるが、それぞれのニュアンスに相違があり、業界によっても使われ方が違う。

そしてそのどれもが正解であり、適応のクライアントがいる。なので何か一つでも違う観点をみにつければ、一つ安心することができる。つまりは、すぐには治らないまでも、その背景が見えることで、治療者側が安心するのである。

暗中模索、五里霧中、これほど不安なものはない。正体不明の怪物?お化け?幽霊?宇宙人?に対しては、基本的には恐れを抱くのが人間の自然な反応だ。

自らと違うもの、見たことがないもの、理解できないもの、に対しては恐れと不安を抱くものなのだ。

これだけ学術や研究が進んでも、あいも変わらず目の前には難治性の患者が後をたたない。研究や知識は必要不可欠だが、臨床となるとその限りではないことが多い。マニュアルでは適応しない事例が大半だからだ。よって試行錯誤をするしかない。その試行錯誤のとっかかりや、ヒントはマニュアルや知識が補完してくれる。

脳が作り出した痛み!
そのような事例に出くわしたことはあるだろうか?本当に明らかに、その部位に病理はなく、またあったとしても、その病理と相関しない痛みの度合い…頭が感じているんですよ…と予め痛みの知識として説明することも一つの手だろう。しかしながら。それは専門家の受け入れであったり、おうむ返しの言葉としての使われ方では、市民公開講座にて聞く話となんら変わりがなくなってしまう。つまりは、一般論は説明するためだけではなく、実際にその痛みのスクリーニングにて実態はそこにはなく、脳にあることを証明しなければならない。

それでもまだその一要因を知っておくことにおいて、最初の一歩は踏み出したといえる。

慢性疼痛が気のせいなどと、気持ちの問題にするつもりはない。現に歯の痛みが、痛みのない歯の咬合調整にて消失することを何度か体験すると、これを、気持ちの持ちようではどうしようもないことがわかる。つまり我々は慢性疼痛のどこを、何を担うべき役割があるのかを自覚しておかなけらばならない。 例えば本質が末梢部位ではなく中枢神経においてアンプリケーションされているとするならば、他の身体部位や感覚のモダリティによって、脱感作できるかどうかを観察しなければならない。 つまり私がここでいう慢性疼痛の病理は、階層性として ⑴社会心理学的要因 家族、仕事、人間関係など… ⑵神経学的な要因 末梢神経、脊髄レベルの病理 ⑶心身相関 自律神経、ストレス、心理、トリガーポイント ⑷フィジカル 体力、筋力、抗重力能、柔軟性、廃用姿勢… ⑸運動連鎖 身体の使い方、生活動作 ⑹脳の記憶 トラウマ、発症時の記憶と身体反応のジャンクション ⑺身体表象 いわゆる感覚統合の失調、精神科領域をイメージしがちですが、人は全ての感覚のモダリティを統合できているわけではない。他の感覚modalityによって補完しあっているのである。 まとめると私が普段臨床にて行っている痛みへのアプローチは、 身体運動と痛みの記憶によるニューラルネットワークのパターン化からの再編成 となります。 痛みの再編を促すためには、どこの切り口からアプローチするか?ということになりますが、結論としてはどこからアプローチしても、それが新規な刺激になっていれば、新たな再編を促すことにつながります。そして、痛みという感覚の変化をもたらすことができます。 下記のような一連の営みのなかで、どこから介入するかの違いはあれども、感覚統合を促していることが大切なのです。 環境➖対人関係➖メンタルストレス➖記憶➖ニューラルネットワーク➖身体表象➖自律神経➖末梢神経➖筋骨格系➖皮膚筋膜 五感も含めた、あらゆる感覚のモダリティの統合、筋力などの抗重力能、 aerobicな循環器系の促進、ホメオスタシスのためのストラテジーの組み合わせとパターンを変えることで、新たな再編を促すことができます。 大事なことは一つ一つの部位や軟部組織へのアプローチではなく、どこのラインが断線をおこしており、またパターン化しているかが鍵となるのです。


スポンサーサイト

コメント:1

すみません。記事と関係のない質問で本当に申し訳ないのですが、「内転筋とCore軸の関係」という2010年ごろのそちらのblogを拝見させていただいて、そちらのほうにもコメントをさせていただいたのですが、目に触れないかもしれないと思ったのでこちらにコメントさせていただいてよろしいでしょうか?
私は、o脚がなおるには内転筋と言われ、必死に鍛えて17kg以上の重りを寝位にて持ち上げるほどまでにしてしまいました。実際にo脚はなおってきたのですが、これにより何か別の弊害などありますでしょうか?内転筋ばかり集中的に鍛え、5kg近くは内転筋が肥大したと思います。筋力のバランスなどを誤るとなにか負担になるものがあるのでしょうか?ちなみに、集中的に鍛えたので、とても硬くなりました。あと、股関節症の人は内転筋が代償となり大殿筋や大腿四頭筋も痩せ細ると聞いたですが、私のような内転筋を鍛えすぎてしまった場合もそうなるでしょうか?答えていただけるととても助かります。いきなり勝手にこんな質問をしてしまいすみません。詳しいかたにどうしてもお聞きしたかったのでコメントさせていただきました。

コメントの投稿

トラックバック:0