広背筋痛のメカニズム

広背筋痛は何故起きるのか?

かなりマニアックなテーマですが、これは私の体験談です。過去に長距離運転したときに、左の 背筋を痛めたことがありました。5~6時間ノンストップにて運転したときの後遺症でした。かなり時間的に急いでいたこともあり、無理をしたのでしょう。
運転席は右ですので、アームレストは左側になります。運転しながら左肘をアームレストにのせての運転姿勢も多かったように思います。
この時の要因は左体幹のインナーマッスルの弱化が一つの要因でした。腹直筋と脊柱起立筋群の緊張による腸腰筋の弱化です。 しかし今回は右サイドです。右と左の機序が違うのか?と言われれば実は私の場合には違うのです。このロジックについて考察していきたいと思います。

では、最初のとっかりとして、現在私は右荷重で右側の筋骨格系が発達していて、左側は右側に比べれば痩せています。この前提があっての 広背筋痛ですので、対処方法が違うのです。結論からいうと、 広背筋痛のメカニズムは筋の伸張にあります。 背筋が伸長される肢位とは何か?

広背筋の伸張は肩の挙上によって起こる

肩の挙上が強制されると、 背筋は伸長され筋腹は膨隆します。膨張といってもいいですが、いわゆるコンパートメントの内圧が上昇するのです。そうすると肩の挙上が戻ろうとしても内圧が高いため抵抗になってしまい邪魔になるのです。その時の内圧の変化が痛みになるのです。

では内圧を下げるべくマッサージをすればいいじゃないか?

ストレッチをすればいいのでは?

簡単なロジックにて改善しそうですが、実はことはそう簡単ではありません。
そんな簡単に治ったら苦労はしません。
いずれにせよ広背筋痛は肉離れや、ぎっくり腰のような機転がありません。
気がついたら痛みが出ているのです。
筋肉痛の痛みの機序としてメカニカルな分類として、急性外傷と姿勢症候群や退行性変性疾患のように長年の積み重ねによって起こるものがあります。

広義の分類として、 over use syndrome に入れることにします。
ぎっくり腰や急性外傷になります、 背筋痛はoveruseになります。

その前に関連要因として、荷重バランスに関係してくる姿勢制御の段階と、静的と動的な荷重バランスの関係について説明します。

⑴姿勢制御の段階付け
grade1
首や肩の傾きがなく、骨盤のレベルでカウンターウェイトの対応が顕著でない。本来はダルマ落としのように、傾けば補償作用が外観からも明らかにわかるように起こりますが、その影響が最小限にとどまっている状態です。つまり軸の機能が発達しており、よって荷重バランスも最小限にとどまります。

grade2
傾いた部位を補償するかのように、ジグザグに明らかなカウンターウェイトが見られます。しかしながら筋肉にてコントロールできている状態であり、ウェイトの戦略のみでバランスを補正しているわけではありません。カウンターアクティビティによる戦略が機能しています。若いと当然この戦略は高いレベルにて保たれており、加齢により低下していきます。
骨盤のレベルにて左右のswayが見られます。足部も左右の荷重バランスに適応するべく、アライメントを変えてきます。長らくの適応により、足は明らかに形の左右差が生じます。しかしながら頸部頭部の傾きは最小限にとどまっています。前庭動眼反射などの機能がしっかり働いています。立ち直り反応の大半はgrade1にとどまっている人は少なく、grade2が見られます。

grade3
頭頸部の傾きはあるものの、カウンターモーションなどの戦略を用いて、バランスを保っているパターンです。小児の分野にても見られます。筋緊張などで、カウンターモーションの戦略を用いるのが必須となっていることもありますが、四肢のモーションにて対応しているパターンです。

grade4
カウンターウェイト、つまり重みを使ってバランスをメインとした戦略をとっています。頭頸部も正中から大きく傾いていて、その補償をカウンターウェイトにて大半が遂行されているパターンです。
立位にて傾いた側が荷重側となっている場合。これはかなり重症のパターンです。既に立ち直り反応の機能は低下しており、ADLレベルの低下した、高齢者にてよくみられます。まさに崩れ落ちそうという表現がピッタリです。踏みとどまっているというパターンです。

⑵直立姿勢と動きの中での荷重の関係
動きの中で傾いている側に、荷重バランスはあるのか?ケースバイケースだとは思いますが、私のケースはNOです。左回りのグランドをぐるぐると走っていて、尚且つ左に傾きながら走っていました。当時は何故だか右肘を伸ばしながらカーブを回っており、完全に左回りに適応した走りです。アフリカの選手は広大な自然の中で、決められたグランドにてぐるぐる回るよりも、前方にいかに進むか❗️という能力が磨かれていきます。
その前方推進能力が高まってから、グランドに立つので、ペースのアップダウンが自由自在です。隊列を組んでイーブンペースに慣れた日本人では、リズムを崩されてしまい、自己記録に遠く及ばない結果にて世界選手権などを終えるのが常です。不思議なことな自己ベストに近い記録で走れば、それほど完敗しなくてもいいものを、あの場面に立つとまるで大人と中学生かのようになってしまいます。フォームも躍動感がなく、日本のトップランナーと呼ばれる選手の走りがアンバランスで、世界と戦うには程遠いことがわかります。
さてこの左回りですが、傾いている側にではなく、逆の右側に遠心力がかかり制動するための発達が起きます。つまり大きく振られることで、もたれかかるようにGがかかると、結果的に右側の制動による発達が起きるのです。私がこのパターンです。本来は円周に沿って、直線的に接点を持ちながら、もたれかかるのではなく遠心力の制御を軸のコントロールによって行われれば理想なのです。

⑶荷重側と非荷重側と動的バランスとの関係
立位での荷重側と非荷重側が存在するとして、動的バランスとの関係はどうなっているのですしょうか?本来立位でアンバランスでも歩いているということは、必ず片脚起立のphaseが出現します。つまり片脚起立というのは間違いなく全体重が片脚に乗っているのです。ということは荷重側と非荷重側にて筋力や筋肉量の左右差がでるというのは、使用頻度と負荷との関係において差がでているということになります。一般的にスポーツ動作などで左右非対称な動作が必須の場合には、左右差というのはわかります。つまり生活のなかで、どれだけその左右差の比重が多いかということによって身体バランスの左右差が決まるからです。しかしながら日常生活動作における左右の筋肉量にさえも差が出てしまう場面がそれほどあるのでしょうか?じっと片脚に荷重をかけて立っている場面が多いとは思いませんし、歩行においても結局は一足一段の階段においても必ず全体中が片脚にかかってきます。負荷としては歩くということに置いては、均等に負荷がかかっていると推察されるのです。
 先にも述べたグランドを周回するような動作においては、遠心力がかかることによって右下肢に負担がかかります。しかしながら、この動作においても内側とはいえ荷重はかかるわけで左右差につながるということは、相当の内外差が生じるということがわかります。日常生活における場面でも、その競技特性が反映しているがゆえにどんどん左右差が助長するということはあるでしょう。しかし日常生活動作において遠心力がかかるような場面がそれほどあるでしょうか?つまり、常に遠心力をきかせながら生活するということに、つながっているとも考えられます。確かに私の場合には成長期のぐるぐる周回において、右脚の脛骨は内捻が強くなりいわゆるO脚様の彎曲がみられます。この脛骨の彎曲は常に外側に張り出す力として遠心力を生じさせる要因となっているものと思われます。この彎曲における荷重動態の左右差は、いつも意識されるものではなく、内観をすることでようやく認識できてきます。
 つまり、日常においてはその遠心力が片脚にかかっているということが認識できないほどに、脳内では当たり前の身体操作が行われてしまっているということも言えるのです。

⑷荷重と非荷重における床半力との関係
 私の場合にはほっとくと、どんどん左右差が助長されてしまうということが起きてきます。別段スポーツをやっているわけでもなく、身体イメージにおいては職業柄、常に意識して補正に努めているにもかかわらず、左右差がどんどん進行してしまうのです。おそらくこの職業についていなければ知識がなければ、補正の機会がなければもっと機能的には問題が大きくなっていたでしょう。一般の人たちは当然このような知識はないわけですので、左右差が大きくなるのは当然だと思われます。
 床半力との関係についてここでは述べていきます。日常生活動作において最も荷重バランスの影響が強くでる動作は、歩行でしょう。じっと立っているよりも床半力は体重の数倍にも膨れ上がるはずです。ましてや走るとなるとさらに負荷が増大します。では遠心力がかかるということが荷重側としての身体を醸成し、その逆側が非荷重側と定義づけられる機能を有するということの間には何があるでしょうか?
 
⑸床半力ベクトルと長管骨という考え方
 走るということ、歩くということは間違いなく全体中が片脚にかかるわけで、なにゆえそれなのに左右差として筋力や筋量に左右差がでるのでしょうか?それも私の場合には既に現役にて走っている訳ではなく、普通に生活しているにも関わらず左右差が顕著にでてしまうのでは何故か?まずは身体にかかるメカニカルな荷重ベクトルからの考察をしたいと思います。荷重は左右同じでも、実は脛骨と大腿骨にかかる荷重ベクトルに違いが出るものと思われます。つまり長管骨に荷重がしっかりと通ることで、初めて姿勢制御が発揮されます。このベクトルがlateralに抜けてしまうようだと、O脚の機序に入ってしまいます。O脚とは結局はlateral thrustが生じてしまうようということの顛末を考えれば、ベクトルが外側に抜けてしまっている。つまりは、ベクトルが長管骨から外れてしまうということになります。遠心力のかかっている側は彎曲していくことを考えると、thrustがおきる手前までは身体内にて堪えている状態、つまりはforceが身体内に収まっているということになります。彎曲をturustになる手前は長管骨に床半力ベクトルが通っているということになります。そしてそのベクトルは体幹を通って頭頂に抜けていきます。
 この遠心力がかかっている側が私の場合は右半身、そして遠心力は弓の弦のようにたわんで、反対側に矢を放ちます。本来は前方に進むはずのlocomotionが、前額面上に彎曲してしまう弓のようにたわんでしまうと、左側に荷重が移行したときには崩れるような荷重になってしまいます。つまり彎曲する段階で一度ためられたエネルギーが、一気に放たれることで崩れてしまうのです。よって左側の荷重時には長管骨へのベクトルが逸れてしまうのです。傾くという状態と、反るという状態は床半力の身体内における作用に多いに影響してしまうのです。私の場合は右下肢が外側に反る、そして左側が傾く作用が働いてます。つまり傾くというのは、カウンターウェイトに頼ってしまいがちで、筋肉も短縮位となってしまいます。カウンターウェイトは左側に荷重がのることにより筋肉を使うというよりも、右側の筋肉にて制御するべく作用するのです。結果的に右側に荷重がたわみながら左側に倒れるということになり、左側に傾いているにも関わらず右側の比重が高くなるということなのです。

 以上が力学的なには説明にてあれこれできるのですが、それでも釈然としないのです。何故に人は自分の身体バランスを補正できないのか?

⑹議論は身体表象へ
 つまり力学的な論理をもってしても、身体の荷重および非荷重が生じている、そして持続している、そして軟部組織としての厚みにさえも左右差が生じる要因の決定打にはならないということです。
 つまりどのようなボディワークをやろうとも、立ち方と歩き方が劇的に別人のようには変わらないということは外観から見たフィジカルではなく、そこに身体感覚という領域がリンクして来なければいけないのです。スポーツ選手が鍛えることで、明らかにボディがデカくなったということはわかったとしても、一般人が体型が変化したとしても、根本的な姿勢や立ち振る舞い、歩き方まで別人にはなれません。
 実は脳内に形成されている身体バランス、身体表象、身体マッピングが既にアンバランスになっているのです。しかしながらそれは普段は気がつきません。自らの身体のことを実感として、そして現象として、そして原因となる機序について理解して初めて患者さんは治っていくゾーンに入るように、フィジカルな外からの介入だけでは一時的な変化にとどまってしまうことを嫌という程見てきています。所詮は変わったというようなその場限りの現象論では治らないということです。またリハビリテーションという理念に沿った時には、変わるという現象にのみに眼を奪われているようでは話にならないということです。
 


 私の場合は右上肢帯の筋発達が顕著です。ちょっとどうしたの?というぐらいにモリモリです。この重みは身体内の表象にかなり高い比重をしめており、実はマッピングのなかでも一大勢力を持っています。つまり、右上肢帯のみ一枚余分に服を着ているような、着ぐるみを着ているような状態なのです。その着ぐるみを着ていれば普通はわかるはずですが、自分の筋肉ですので、既に分からなくなっているのです。この右肩甲骨の脳内表象における肥大は、右肩甲骨の挙上位という現象を引き起こし、いびつなマッピングになってきます。その結果左への傾きが助長していたのです。よって明らかに右肩が下がっているという意識において、実は左右バランスがとれており、そしてその結果脳内における左半身の身体表象に占める割合が増大してくるのです。自分の意識を内観しながら、肩甲骨の上げ下げをしてみると脳内の身体表象の変化がわかります。つまり左半身の存在感が増してくるのが分かるのです。そうすることによって、全ての動作において脳内の身体マッピングが変わって状態にて刺激が入るのです。つまりは弱い側を鍛えるということも当然必要なのですが、アンバランスな脳内表象のままで身体運動を行うこと自体が既に効果があまり期待できないということになるのです。トレーニングによって自然に身体表象が変化してくることで、初めて結果として変わってくるのですが、そのまさかの脳内のイメージが変わったということを自覚することがほとんどできないのです。よって半年から一年という長い年月の後に、ようやく脳内の変化がどこかでつながることで、明らかに身体が変わるという表出がおこるのです。
 トレーニングや練習効果がなかなか出ないのは、まさにフィジカルへの刺激と脳内イメージによるアンバランスな一致から脱せられないからなのです

 このドラスティックな変化を脳内にて受け入れられなければ、身体の変化との不一致がおこり調子を崩してしまうということになるのです。よってスポーツ選手がフォームの改造や変化をシーズン中ではなくオフにしたり、治療やトレーニングも試合からどのタイミングにて入れるかといったことも当然考えなければいけないのです。


⑺骨そのものに左右差があればどうすればいいのか?
 しかしながら脳内のイメージ変化を受容するという側面だけでも、足りない事項があるのです。物理的に構造的に明らかな変化です。変形といってもいいかもしれません。変形は視覚的にも明らかな変化です。それは脳内表象そのものを紐解くと、意識として明らかな左右差やアンバランスを自覚していなければいけないのです。自覚てきる不調や痛みとかではなく、脳内表象におけるアンバランスを認識することによってのみ、フィジカルコンンディションは正常に保たれるということです。重度な膝の内反変形は、認知的な療法よりも観血的なアプローチのほうが明らかに適応であり、そして改善することを経験します。
 しかしながら、それでも我々は理学療法士として保存的加療の可能性を追求する職業です。つまり構造的に傾いているものはじっとしいればますます傾くわけで、反対側に戻そうと常に意識し続けなければいけません。これはさすがに、24時間となるととても続かないですね。そこで使う戦略が推進力と慣性や加速度です。物理の力に転換して変形や左右差を網羅するのです。つまりは長管骨に常に床半力と通す、もしくは外れないようにするということは、背中を押してもらったり、前から引っ張ってもらったりすれば、そのベクトルに集約されてくるのです。よくバイクなどで引っ張ってもらうことでスピード感覚を身につける練習がありますが、それはまさに前方に推進させる力に集約させるために帳尻を合わせるための行為なのです。

 もちろん手術後に変化したフィジカルの表象が一致しないことによる弊害は、後から一致のためのアプローチが有効です。認知運動療法において患者における有効性を確認しながらも、自らの身体感覚に応用できないでいることが多いと思いますが、その自覚するということにおいて、初めて一般の姿勢やバランス、健康増進、予防、そしてスポーツパフォーマンスへの応用へと展開できるのです。

⑻非荷重側にて起こる広背筋痛
 長い序章でしたが、ようやく結論へと入ってきます。非荷重側の特徴は、制動できないという欠点があることを述べました。つまり傾くことによる、カウンターウエイトに対するカウンターモーションとして、相対的に左肩甲骨が挙上することによって広背筋が牽引さらるのです。また傾くこと、床半力が体幹にまで伝達したいということで、筋肉によるカンターアクティビティが効かなくなる、つまり内在筋によって制御できなくなるということなのです。よって体幹における腸腰筋の短縮と廃用、アウターである腹直筋とPVMの緊張も合併しての広背筋への負担の増大機序なのです。


⑻荷重側にて起こる 広背筋痛
私の場合は、右側の遠心力による荷重機序であることは既に説明しました。その結果、全体的に右半身は筋発達がおきます。そして肩甲骨周囲の筋肥大と前額面外側への反り、たわみが生じ、広背筋が伸張されます。あわせて左側の萎縮と短縮はますます進むことにより、左側の骨構造そのものに負担がかかってきます。結果的に神経などにも触ってくるということです。調子が悪くなると左の座骨神経への違和感、仙腸関節の不調、頸腕症候群様の症状も感じることがあります。この辺りの症状も、結局は床半力の身体内への伝達と左右の身体バランスおよび身体表象のアンバランスが背景にあるのです。部分的なアプローチによって、改善しないのは明らかということです。

ということで、この機序が理解できて、気がついて肩甲骨周囲の調整と姿勢バランス、身体イメージの変容を促すと、あれほど引っかかっていた症状がるみみる改善して来ました。広背筋に対しては物理的に何もしていないのですが、意識をドラスティックに変えたのです。VASで言えば7~8➡︎1、動作時はとくに回旋時での痛みが日に日に良くなっていくのが分かります。つまり肩を下げるという行為だけでは変わらないということです。同じ下げても、意識も変ようさせること、同期することで始めてスポンジに水が浸み渡るように変化していくことが実感できるのです。
結局、右の広背筋が治ってくると、左臀部から下肢の筋力低下がメインストリームに出てきます。あと自然に肥大化した右の大胸筋や肩周囲の筋群を発達させないように、脳内マッピングのなかで小さくしていしかありません。
つまり、一連の手順により左右差をはっきりと自覚できる身体感覚が残ったということです。最終的には全身のコンディショ二ングを、身体と身体感覚から修正できないと完治や予防には至らないということですね。少なくともどんな治療を受けても、一発で治ることは間違いなく無かったということは断言できます。自分の戒めも兼ねて、自分の身体が教えてくれました^ - ^
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