組織とは何か?

組織とは何か?


16回を数えるカイロプラクティック徒手医学会に、1回から参加させていただいているなかで、いかに長く組織を続けていくことが大変かがわかります。ボランティアでもそうですが、どうしても気持ちだけでは続かないところがあるからです。やろう!と狼煙が上がった時は血気盛んでエネルギーもあり、誰もが理想と希望に満ちあふれています。そして立ち上げには多くの人たちが賛同し参加します。もちろん最初はほそぼそと立ち上がり徐徐に大きくなっていくものもあるでしょう。しかしながら組織として立ち上げていくと往々にして、栄枯盛衰を経験します。そこで学んだことはいかに継続していくことが大切で難しいかということです。興味や気持ちは日々変わっていくもので、その自分の思うがままに動いていくことは、これは誰でもできます。しかしながら組織というは自分ありきではなく組織の一員として義務が生じるのです。その時の思いつきと発想にて動いていく。一匹狼的な人がこれに当たります。自由人ですね。私は確かにこのタイプになります。群れない、媚びない、巻かれない、この原則に則って動いてきました。しかしながら思いつきが続かないことも多々あります。言い出しっぺがそのまま興味がなくなれば収束してしまう。この繰り返しが私の人生のような気がします。ある意味、創造的で発想に飛んでいるという良いように解釈もできますが、自分のためには時間を使いますが、あまりやりたくないこと、義務的なことはやりたくないというタイプでもあります。しかしながら社会とは組織とは必ずしもそのようなことでは成り立っていないわけです。多くの人たちの協力によってのみ社会は成り立っていることを考えると、義務的な組織のために自分を抑えて遂行するということが必要なのです。若い人にはその一歩引くというスタンスは難しいです。出ても居ないのに引っ込むことができないからです。長くカイロ学会に関わっているとこの15年間屋台骨を支えている人は実は殆ど変わっていません。この15年間そのまま役員が年をとっているのです。皆さん本当に年をとったな・・・という印象です。その役員は当然ほぼボランティアとなります。しかしながら、それは意義や使命感にて成り立っているのです。15年間無償で自分の時間と労力を使ってというのはそうできないだろうと思います。しかしながら、この葛藤を抱えつつも誰かがやらなくては続かないのです。当然、皆さん生活があり自分お仕事があり、常に学会や組織に意識の焦点が向いているわけにはいきません。学術大会に参加するたびに、来てよかったと思いますが、来る迄はそのモードにならないのですが会場に入るとスイッチが入り、その意義を感じます。つまり人はある程度義務的に強制されなければ、自分本位の意向にて動いてしまうということなのです。そして長く組織を続けていくためには、個性を重んじて個性を取り込む度量が必要となります。懐の深さですね。もちろんその過程においては離合を繰り返すのは仕方ありません。できればもう退任したいなと思うことも当然でしょう。私事の事情がありますので、仕方ありません。自分が優先されると、それは旨味がなくなれば離脱するということになります。その風向きが悪いときに、果たして留まれるか!調子のいいときはだれでも人は集まります。傾きだすと人は去ります。それでも留まり支える人・・・その過程でどこかでまた地道に力となっていくことで、未来へ続くことになるのです。未来とは世界とは何かを積み重ね変えていくということは、一時のアドバルーンではなく、線香花火をちりちりと灯すようなものなのでしょう。今はイノベーションが常に叫ばれていますが、簡単に何かをなし得ようという流れも見えます。しかしながら、一時スターダムに立ち上がるのは目立ちたがり屋なのですが、長くみるとそのタイプは続かないのです。目立ちたがりやのスタンドプレーに走る輩は、自分の力で自分の手柄にしようとするために、周りの力を活かせない、賛同を得られない、つまり本当の意味での社会を支える力にならないのです。社会や世間を変えるではなく支えるということがベースになければなりません。結局は1人の力ではどうしようもないのです。もしそこまで自分が凄いのであれば、1人ぼっちで全てやれるのか?ということが問いたくなります。結局は孤高の人といいながらも、ここまで複雑にあらゆる分野にて人が絡み合って成り立っている社会においては、荒野に1人立って声高に叫んでも誰かが反応してくれなくては、優越感にも浸れません。学会を支えている人たちをみていると、感情に任せてというタイプであっても受け止め、淡々とあきらめない気持ちをもって我慢することができるタイプなのです。一喜一憂しない、そんなスタンスの人たちが目立たないけれど居ることで、なんだか場が安定します。落ち着くのです。献身的な人には、喜んで協力してくれる人が集まります。つまり身近な周りの人たちが自然と集まってくるような人柄、対外的には評価が得られるタイプも、近くに居る人からは聞こえが良くないということが多々あります。近くに居る人たち、同僚や身近の人たちから自然に集まってくるような存在こそが組織を長く継続させることができるのです。そして何れ時代が追いついてきたときに、その組織は本当に社会に影響を与えられる存在になるのです。メジャーよりもインディーのほうが目立って勢いがあるように見えると思いますが、いずれメジャーにならなければ何も変えることができないのです。しかしながらメジャーになるとコンプライアンス、ガバナンス、義務が生じます。組織運営のために献身性が求められてきます。
これは私の今後の課題でもあるのです。このようなことを考えさせられた金沢で開催された第16回カイロプラクティック徒手医学会でした。
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