勝負のメンタリティ

勝負のメンタリティ


 私は、スポーツをテレビ観戦すること、numberなどの雑誌や選手のコメント記事に目を通すことが常となっています。好きな競技や種目ということだけでなく、勝負の綾を見るのが好きなのです。よってOlympicやW杯などの大イベントはもちろんのこと、プロレスなどもつぶさに見ています。特にプロレスはドラマ人間模様が非常に興味深く、まさに生きた人生劇場とも言えます。最近では錦織圭選手が全米オープンで準優勝したのが記憶に新しいですね。準優勝という結果に関わらず、既にベスト4に入った時点にて快挙だったわけですので決勝というのは思いも寄らない国民へのサプライズだったと言ってもいいでしょう。ベスト16も8も、フルセットにて下しての準決勝ジョコビッチ、大半はさすがにランキングNo.1の選手には勝てないだろう・・・それもフルセットを2試合こなしてのジョコビッチ戦ですので尚更です。ところが圧倒して勝ったのではないですか・・それも決勝もチリッチで対戦成績も5勝2敗で最近の三試合は全て勝っている!この条件では明らかに勝てる確立が高まり、既に期待というよりも待望するといった心理状態に皆が染まりました。しかしながらフェデラーのほうがやりやすかった・・・と錦織選手が語ったように、挑み続けるメンタリティのほうがやりやすいかもしれません。決勝に4強の1人であるフェデラーを破っての優勝というほうが、ドラマティックであることも確かですし挑戦するという気持ちが持てるので有利となる可能性があります。下からの突き上げや、受け立つことの難しさは、高見へ挑んでいる上り調子のときよりもさらにあるかもしれません。

 錦織選手が決勝に勝ち残って、フェデラーが敗退してチリッチが勝ち残ったときに、どういう心理状態で望むか正直わかりませんでした。というのは流れ的にランキングが格上の3名を破って、尚且つ準決勝でほぼ無理だろうと思われたジョコビッチを破って、そこでさらに決勝というなかでの心理状態において、自分の中でフリーズする感覚を覚えたからです。チリッチが相手になった途端に、戦績が有利であり勝てるという雰囲気と期待が蔓延しました。日本中が期待と待ちわびる気持ちが覆い尽くしてしまい、既に相手の選手に対する警戒心やそうはいっても無理だろうという

「自分のプレーを」決勝前に聞かれたコメントです。サッカーのW杯でもきかれた「自分たちのサッカー」でもこれは南アフリカの呪縛のようなもので、引いて守るサッカーが弱者のサッカーと映り、ベスト16に入ったということよりもクローズアップされてしまった感があります。
 「自分たちのサッカー」攻めてボールを支配してのサッカー。惨敗するまでは誰もそのことに疑問は抱きませんでした。ただメンバー選考でさらに攻めるための斉藤選手を登録したというあたりに、少し無理がある印象はありませした。初志貫徹しようという自らの信念にもとづいてですが、相手があるということにおいて決めなければいけません。
 つまり錦織選手も決勝にむかうにあたって「自分のテニス」ということではなくて、相手の弱点も含めて戦略をたてて、虎視眈々と相手の虚をつくという策士的なものが必要なのです。日本サッカーがベスト16からの壁が破れないのは、もちろん歴史もありますが決勝トーナメントに残ったのがまだ二回。それ以上に日韓W杯も南アフリカも、その未知なる闘いのステージにグループトーナメントは一切忘れての一から望む心理状態が不可欠であると思われます。
 長丁場のW杯においていかに指揮官といえども人間ですので、そうは簡単には真っ白な心理状態に戻せるはずがありません。よってメンターのようなアドバイザーや話し相手が必要なのです。テレビの前でみていることによって、見えてくる時に客観的な意見というのは、現場になっても下せる人はほとんどいないのです。

 しかしながら錦織選手は全米オープンの次の試合となってシンガポールにて見事に優勝しました。そして日本の有明で開催される大会に望むにあたり「優勝目指して頑張ります」と優勝という言葉をこともなげに放っています。普通だったら全米であれだけの闘いをしたら、少し気が抜けてしまいそうですが。全くその気配もありません。このメンタリティはもう私ごときがあれこれ言うレベルにはありません。凄すぎですね。
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