運動連鎖道場in盛岡報告

腰方形筋



9/20~9/21
盛岡のゆうあいの街(サ高住)にて運動連鎖道場第二回目の開催でした。

テーマは股関節、腰部、骨盤です。
体幹の大切さは言うまでもありませんが、それを抗重力下にてどのように活かしていくか?そこが課題となります。

つまり、ありとあらゆる身体運動におけるパーツの必要場面は、抗重力下であり二足直立が基本となるからです。エクササイズそのものが目的ではなく、日常において機能的で動きやすい身体なのです。

ただしコンディショニングや心身の調和など、そのエクササイズそのものが目的とすることもできます。ヨガなとがそれに当たり、まさにヨガそのものがライフスタイルとなるのです。

ピラティスにおいても体幹の申し子のようなツールになります。体幹そのものを高めることにより、体幹は汎用性が高いため、よってそのものが良いとされます。つまり最初からある一定のレベルの体幹が備わってなければ、さらに次のレベルのパフォーマンスへの展開もないからです。リハビリにおいても体幹エクササイズそのものが合目的であることも多く、部分的な強化も必要不可欠となります。

ダイレクトにパフォーマンスに結びつくためのツールはないのか?このあたりはボディワークではなく、トレーナーなどが中心となって、ファンクショナルトレーニングなどの一見ボディワークにも通じるような、それでいてどちらかというとファンクショナルに特化したようなツールです。心身のという概念はメインではなく、動きやすさを追求するツールとなります。歴史や伝統、創始者やフィロソフィーが誇張されることがないため、個々の自由な発想が展開されます。よってボディワークのためのボディワークにならないということです。目的はスポーツであったりパフォーマンスであり、頭の中でも自らの競技や生活に直結しやすいメリットがあります。ボディワークはティーチングの、習得やインストラクターという制度が定着しているため、そちらが目的となってカラーが作られるのです。

あらゆるエクササイズそのものは、ターザンに載っているものも含めて、何かしら似ているといえます。しかしながらヨガはアーサナに代表されるように、独特なカラーがあり、探求していける独自性があります。静止のタイミングがあるので、そこで自らの身体を見つめ直すことができます。

スポーツパフォーマンスの場合は、テンションやメンタリティなどそれこそ分刻みでのコンディショニングや練習が待っています。その中にボディワークがスタジオにて実践することが常となりますので、スケジュールに組み込むことが先ず難しくなります。また一般人であれば心地よさやが一番の報酬となり、意味を見出すことになりますが、スポーツでは強くなること!が主眼となります。その辺りのニーズがファンクショナルなあらゆるトレーニングが、トレーナーの中で改編されているのでしょう。その手の書籍や記事が、山ほど出ていますよね。つまりボディワークの全ての哲学や理念を理解し実践することは、スポーツにおいては必要ではなく、スポーツそのものの専門家がセレクトして新たなツールとして提唱しているのです。

話がそれましたが…

運動連鎖道場では、足から上にテーマが登って行きます。今回は股関節から腰椎ですが、骨盤帯を考えるときに股関節と腰椎はセットに考えなくてはいけません。最初は仙腸関節という切り口から入って、仙腸関節のモビリティに対してアプローチすれば全てが解決するようなロジックが見られましたが、臨床を積んでいくとどうもそれだけでは改善しないものが沢山あることに気がつきます。例えば仙腸関節の靭帯が損傷した場合、不安定性が生じます。これは徒手療法が、いの一番の選択肢にはなりません。なぜなら不安定な部位にモビリティを出す手技は適応にならないからです。

また整体や仙腸関節への手技療法は即時的な変化は見られるのですが、では回復期の病棟にて求められている理念は何か?と言われると、より良い生活へと繋げて行くための環境であり、活動になります。そこには寝ていて施術を受けているうちに、アクティビティも含めて獲得できるわけではないのです。

私も仙腸関節への徒手療法と動きへの変化のための研究を試みましたが、三秒ルールかのように、行って帰ってくる頃には元に戻ってしまうのです。持続効果の低さは明白です。仙腸関節への徒手療法➡︎直ぐに歩いてもらう➡︎一歩目は新たな身体環境にての歩容か見られる➡︎三歩目からは戸惑いが見られる➡︎戻ってくる頃には元に戻る…

こんな動態がみられます。つまりは他動的に何かを変えるということは、全身への波及効果を考えた場合、能動的に参画をしてもらうことの効果に敵わない時もあるのです。特に即時的な部分への施術は、効果の持続にはつながりません。そこに能動性がなければ、自分で何とか治そうという気持ちが媒介しなければインスパイアされないのです。

何の話だかわからなくなってきましたが、腰方形筋です。

左右差!

実はこれほど難しい課題はありません。ある意味私のライフワークが左右差なのですが、ここまでいろいろ研鑽を積んでも、自らの左右差をコントロールするには至っていません。体幹を鍛えれば左右差はなくなるか?ヨガをやれば左右差はなくなるか?やらないよりはいいですが、実はこの左右差が改善しきれていない、またはこの左右差にて支障を来たしているボデイワーカーは少なくありません。

それは左右差とは、荷重下にて発生するからなのです。そして左右差を解消するには、バイラテラルなパーツが不可欠です。
Bi-lateral
①足
②仙腸関節
③背骨のfacet
④噛み合わせ

これらがメジャーとなります。

身体感覚とも言われるこの左右差においては、感覚の統合を担う中枢神経は、正常範囲であることが前提ですが、パーツとして左右に存在することが必要です。
足が最も分かり易そうですが、残念ながら足の感覚を頼りに左右差の是正を自らの感覚にて行おうとしても、困難であることがわかります。

足そのものが左右差があり、変形を来たしている例も珍しくないことを考えると、むしろ足は左右差を是正するためのストッパーではなく、むしろ補完するための器官であることが推察できます。

ではどうすれば左右差を是正するための手続きになるのか?
ウェイトリフティングは間違いなく左右差があれば落としてしまいます。重たいものを持ち上げる!特にウェイトリフティングは左右差があれば致命的です。

つまり、踏ん張るような仕草!四股もそうでしょう。アニマル浜口が気合いだ❗️と叫ぶのもそうでしょう。左右に脚を広げて踏ん張る!そこに真髄はあるのです。では西洋人は?外国人力士がいることを考えると、諸外国にても開脚にて踏ん張る動作はあります。モンゴル人力士が相撲界を席巻していることを見ると、育ってきた環境や気質もあるのでしょうが、このバイラテラルにおいて、丹田の充実において、日本人力士よりも優れているのかもしれません。軸や重心の安定は身体的要因だけでなく、気質が多いに関係しており、覚悟や背負っているものが自ずとフィジカルを支配するのでしょう。

現在はグローバルリズムの時代であり、他の文化や考え方を、いち早く自らに取り混み、肯定的に吸収できたものが世界に飛び立てるのだと思います。
 日本人で、活躍している大リーガーやサッカー選手、テニスにゴルフ、バトミントンに卓球、体操に水泳などなど、本当に多くなりました。これほどまでに他分野にわたり、頑張ろうとする国民性もそうないのでは?裏を返せばできることよりも、できないことや劣っていることに、目が向きがちであるからこそ頑張るのでしょう。しかしながら、現代はその思考が内向きに作用し、日本人の幸福度の低さにつながっているのかもしれません。その呪縛から逃れた若者が、先代にはできなかった偉業を達成しているのかもしれません。

 さて左右差を是正するツールとして必要なのは、足部は難しいことは明らかです。足部の三つのアーチもさることながら、踵のアライメントも含めてコントロールしきれないからです。体幹の筋肉のようにある程度は意識化しやすい部位ではないということ、そして地面に接っしながら重心が移動する、荷重面が可変していくということは意識的に制御が難しいということです。

 仙腸関節の調整は徒手的には可能で、その直後はバランスが整います。しかしながら仙腸関節による左右差の是正は自動は至難の業です。つまり能動的に調整するためには、フィードバックがしやすいツールが必要なのです。つまり現代は、他動的ではなく自分でよくしたいというニーズが高まっている時代でもあるからです。

そこでようやく登場するのが腰方形筋です。腰方形筋は左右腸骨の両側についており、比較的フィードバックの指標にしやすい部位です。つまり左右対称と思っていても、実は誤差を確認できて、フィードバックできなければいけないのです。
思い過ごしかもしれない、その実態をしっかりとモニタリングできる部位こそが腰方形筋なのです。このフィードバックをかけながらprone、sitting、standding、single standing、どの肢位でも可能です。つまりどの肢位でも、左右の均衡が保てているかどうかがわからなければいけないのです。それは、同一筋肉でも、働きが肢位によって変わってしまうからです。一つのタスクにて達成できても、他のタスクでは効能が続かないことがあるからです。よって学習とは効果の持続とは、あらゆる肢位にてコントロールできる確認できるツールが必要なのです。この効果の持続と自らセルフコントロールできるツールこそが、腰方形筋なのです。よって軸が整っているようで、この腰方形筋が効いてなければ、本当の意味での重心の安定と地に足が着いた安定性は得られないのです。
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