運動連鎖道場in福岡 報告

頸部と脊柱
頸椎症性神経根症における理学療法戦略


 9月14日 千鳥橋病院での運動連鎖道場in福岡も第五回目!快晴の秋晴れで本当に気持ちのいい季節になりました。奇麗な病院で、施設も実技を行いやすい環境です。
今回は8月の上肢〜肩関節のテーマに続いて頸部と脊柱です。脊柱は徒手療法が専門とする分野でもありますが、徒手療法を専門とする寛解や楽になるという不定愁訴を改善するためのカテゴリーは、肩関節周囲炎や変形性膝関節症が苦手だという特徴があります。つまり何かの手技やテクニックにて即時的に変わる症状には適正があるのですが、段階的で運動学的なロジックが必要な膝や肩に関しては即時性がないので苦手なのです。不定愁訴に帯するアプローチと言えば聞こえがいいですが、残念ながら病院内で対象となる疾患においては不適と言えます。高齢者の在宅復帰という目標において、不定愁訴の改善のための方法論では、起居動作やADLの改善というのは専門外だからです。

そして頸部においても徒手療法が専門であるかのよう思われますが、実際には頸椎椎間板ヘルニアや頸椎症性神経根症、胸郭出口症候群など疾患になると、途端に難しくなります。つまり頸椎の動かし方や可動性を出すということの方法としての徒手療法はあるのですが、上述の整形外科疾患の保存療法において改善するためのロジックは別物なのです。例えばC5の神経根症状が出ている場合、C5の椎間関節のmobilizationをしたところで症状の寛解はないのです。C5に問題があるからといってC5の可動性を改善するためのテクニックが適応になるかというと、病態の成り立ちを考えると目的が違うということなのです。
 よって頸部の回旋の可動域を改善するためのmobilizationであればそれは適応なのですが、神経症状を改善するための方法ではないということです。どういうことかというと、神経根症の場合、頸椎の回旋変位そのものが神経根の接触や圧迫を回避するための方略であることがあるからです。よってその頸椎の変位は必然性であり、アライメントを改善させることそのものが既に圧迫要因を増長させることになるのです。もし回旋変位そのものが神経根の接触につながっているのであればリリースすることが合目的となります。その場合には腰椎から胸椎などの代償によって、頸椎が帳尻を合わせるようにリバースがかかった連鎖であり、むしろ頸椎ではなく背骨全体を考えて腰椎や胸椎に対してアプローチすることによって頸椎の回旋変位が改善されることが期待されます。

頸椎症性神経根症の治療のコンセプトとしては、以下の二点が考えられます。
① 一分節にストレスがかからないにように脊椎全体にて動けるようにする。
② 可動性ではなく筋肉によって誘導できるようにすることで、滑らかな関節運動を獲得する。

前者はピラティスなどのbodyworkにあるroll upとroll down、ドミノが倒れていくように連綿としたグラデーションを24の分節が織りなしていきます。今回の道場におうても脊椎のinstabilityの同定をしましたが、頸椎に不安定性があると、腰椎にも同じように不安定性を有しています。つまり一分節にストレスが集中するということは、既に他にも歪みが起きているということです。そこで一分節の不安定性に対して限局したstability ex,sができるかというと理論的には正しいかのように思われますが、実際に保存的に一分節の不安定性を止めることができるかといわれると何とも言えないというのが実際です。つまり、一分節の不安定性は手術にて固定術をすれば確実であるが筋肉によって分節だけを止めるというのは、金具ほど効力がるかといわれると難しいと言わざるを得ません。また完全に固定でなくても、可動性をもって固定性も残すということを、果たして保存的にほどよい落としどころにできるかと言われると、これも難しいと言わざるをえません。
 
また不安定性の上下椎間はmobilityが欠如しているとも言われていますが、その固定制を改善すれば不安定性のある分節が改善するか?もしくは負担が軽くなるかと言われるとこれも誰も分からないと言えます。つまり不安定性の上下椎だけのmobilityだけで事足りるのか?ということです。その上はその下の分節はどうなのか?と考えていくと結局全ての分節が代償となってしまいます。そしてそのimmobilityのある分節のまた果てにはhypermobilityがあるということの繰り返しになります。つまりある分節だけをフォーカスする考え方では、治療方針が定まらないということなのです。
つまり全ての分節に対してmobilityを改善させることが、治療の理念として敷くことで果たして能動的に動かす脊柱運動をコントロールできるのか?という疑問が生じます。もちろん関節に対するアプローチにて、筋肉そのものが促通される場合にありますので、その場合にはジョイントに対するアプローチにて治療効果が見られたということになります。しかしながら長期にわたり機能障害の経過を辿っている場合にはかなりの廃用が進んでおり、関節に対するmobilityの改善によって、果たして長期にわたる運動イメージの低下にさえも対応することができるのか?という問いに対しては十分ではないのです。まだ隣接部位の運動連鎖が脳内イメージとともに残存している場合には、一分節に対するアプローチが顕著に効果として表れますが、既に運動連鎖の破綻がフィジカルだけでなく脳内のプログラミングにまで及んでいる場合においては、その限りではないのです。
 
 つまり関節に対するアプローチにて動きも痛みも痺れも改善したとするならば、それは運動連鎖そのものが付随して改善した場合に限るのです。
そして、可動性を改善することで症状が寛解したとするならば、それは椎間板や骨棘などの構造的な破綻がないということが前提なのです。
 問題がヘルニアであり椎間板が膨隆したり髄核が突出したり椎間孔の手前で神経根の圧迫要因があるのか、または椎間板そのものが潰れて変性してしまい椎間孔の中で狭窄があるのかによって徒手療法の効果は変わってきます。つまり変位を戻す、可動性を改善させるというロジックにて、あらゆる神経症状の原因があるなかで一元化してしまうのにはそもそも無理があるということです。最終的には手術にて改善するケースがあることに目を背けている感があります。手術になるケースのレッドフラッグなどではなく、徒手療法だけでは改善が難しい保存ケースがあることに言及することは、弱みをさらけ出すことにもなるからです。そして他の方法やコンセプトに対する効果を認めることであり、リスペクトが必要となってくるのです。競合する相手に対して譲るところは譲る・・・ということができるかどうか?最後は人間としての我のところなのです。

 
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