地域包括ケア

Category: ほんわか日記
東北行脚紀行その1



お盆の時期に石巻から宮古までの行程を行脚して来ました。なかなか行きたくても行けないので、まとめて行ける時期を探っていて、結果的にお盆に重なってしまいました。お盆は親族がこぞって帰省してくる時期であり、いつになく賑やかなようです。8/13水曜日朝の6時に東京駅に集合し一路東北を目指します。断続的な渋滞にあいながらも、比較的順調に石巻までは入れました。といっても到着したのは14時過ぎだったでしょうか。
橋本大吾PTがいるリプラスに立ち寄り、しばし歓談。石巻の高齢化や要介護の推移など、課題と現状をレクチャーいただきました。結論から言うと、どのようなシステムや制度を作っても、被保険者の意識が変わらなければ、何も根本的には変わらないということです。つまりは何かに頼って、そして、受動的にその恩恵にもたれかかっているうちは、結局問題の先送りになっているだけなのです。



どういうことかというと、本来あるべき自分のことは自分で解決するという精神があるならば、制度はいらないということです。つまりは、より結果の出せる事業所と利用者に対して、何かしらの利益が産まれるシステムがあれば、それでいいのです。つまりは医療の次に介護保険を作って、財源を新たに創設し医療費の抑制を図ったわけですが、事は思うようにすすみませんでした。介護保険の受給者は増える一方で、この財源も尽きようとしているからです。
いっそのこと依存している介護保険を全てなくしてしまい、そこから必要なサービスを、市町村から委託を受けて行うということです。一度受けたサービスとそして提供する事業所が存在していますので、事は簡単ではありません。

ただ地域包括ケアの基本は自助になりますので、その自助のメンタリティがあっての互助、共助ではないでしょうか。制度に縛られない、本来あるべき姿はなんなのか?そんな根源的なところに橋本さんは行き着いているのかもしれません。新しく入職された小田PTはまだまだ若いセラピストですが、その成長曲線の上がりからに驚きました。能力とは環境によって引き出され、そして役割によって自ずと覚悟のもとに成長していくのだと改めて思います。守られるものも、守ってくれるものも、依存も寄りかかりも、極力排除される環境こそが理学療法士がより成長するためには必要不可欠な要素なのでしょう。医師の診断のもとに指示にもとに処方される、理学療法士・作業療法士は最終的な判断や決断をすることはありません。全ては言い切ることを決定することを避けられるのです。そしてさらに作業療法士になると、なんとなくPT・OTがセットになってきたようなところがあるので、追随してきた側面があると思われます。順送りになっていると、結局は自立が遅れてしまい誰かに寄り掛かっていくことが当たり前となっていくのでしょう。自立した存在が少ないからこそまとまる。皮肉なもので組織率とは強制か義務でなければ、あとは服従と命令でしかないのです。求心力が低下し、そして自からの判断に任せておいても、聞こえはいいですが実は何も決まらない、責任の所在を放棄しているようなものなのです。よって被災地の復興も、福島の放射線に対する明確な方針も全ては住民任せにしておくことで、その推移に乗じて動こうとするが故にまとまらないのです。



さてりぷらすを小一時間ほどで後にし、石巻市包括ケアセンターに向かいました。開成診療所のPT千葉さん、東部保健福祉事務局の高橋さん、石巻市包括ケアセンターの復興支援専門員でありPTの中田さんから、石巻市の保健福祉に関するお話を伺いました。その中で、生活や地域というと作業療法士さんのスキルを多いに活かすべきだという持論があるのですが、実際にはPT・OTという差別化をしている場合ではなく、出来る人がどんどんやっていくべきだということを仰っていました。確かに目の前にして、私は理学療法士だからできませんでは、いつまでだっても適切なサービスを受けられなくなってしまいますね。サービスという言葉も微妙ですね~
沿岸部のそれこそリハビリ専門職者が片手しかいないような地域では、紋切り型のシステムや理念は通用しません。大半の体制は東京を念頭においたものになっているのかもしれません。奇麗ごと・・・そういわれても仕方ないと思います。人がいないところではどうするんだ!しかしながら理学療法士が関わるべきだ!という中央と地方との葛藤ですね。

一般大衆は理学療法士だから重宝してくれるわけでもなく理学療法という言葉で何かを判断するのではない。そこには寄り添って一つ一つ一緒に歩いてくれる安心があってこそ、理学療法士が選ばれるのです。理学療法士が特別な技術や知識を持っているから選ばれるのではないということです。リハビリテーションは、ES細胞や再生治療など、そのテクノロジーのみが際立つ世界ではない。そのハイブリッドな最先端は、治療方法のない新たなゲートをあけるたためにある。リハビリテーションも、にちろん日進月歩だがある治療方法が選択されることはあっても、それが理学療法士だからということではない。~法に患者さんの問い合わせが多くあったとしてもmそれも理学療法士だからではないのだ。あまり理学療法士だからということに拘りすぎると大衆から置き去りになってしまうだろう。心地よさ、サポートしてくれる存在であるリハビリテーション専門職のなかの機能的なアプローチを専門とする理学療法士。この辺りが地域包括ケアにおいては必要不可欠な人格になってくるのだろう。

ある番組で自衛隊60年でしたかの歴史を放送していましたが、その間一度も撃たず、撃たれず、まさに平和で争いをしない国家を築いてきたのです。その自衛隊は銃を撃つだけでなく、被災地などでも多方面にわかった活躍したことを記憶に新しいところです。それは他国にということではなく、国民に理解をもとめる60年だったのかもしれません。自衛隊イコール戦争というイメージの払拭の歴史だったかもしれません。
 被災地でみせた自衛隊の活躍や素晴らしいものがありました。人命救助はもちろんインフラの整備に、お風呂の提供やそして時には子供たちと遊び、音楽を提供しと、その暖かさは誰もが感じました。自衛隊の地元にどのように受け入れてもらうための取り組みをするかということが、海外でもモデルとなっているようです。「普段の生活では家族は団らんのなかでどのように座って、誰から食べているのか、またどのような挨拶をして、どのような音楽を聞いて、どのような生活をしているのか」このような文化の違いを理解してということを真に実践しようとしているのが自衛隊の姿勢だそうです。それは常に自衛隊が批判の矛先にあったことによるものが大きく、それがあまりにもほめられてしまって当たり前になると、謙虚になることを忘れてしまうことになりかねません。専門職として認められるということは、有り難いことの用で一方で認められるための努力を怠ることになると、それはあっという間に評価を落としていくことになるのです。自信を持つこと、地位が上がること、待遇があがることが職能としては必要不可欠ではあるが、この目標として掲げている姿勢と気持ちを忘れないように継承していくことこそが必要なのかもしれません。よって、派手に何かをして直に認められる訳ではなく、常にその姿勢を繰り返していくことで、国家的な危機に直面したときに即座に活動できる存在としていられるのだと思います。つまり理学療法士は今まで医師の指示のもとに、そして独立開業ができないということにおいて、従順に育っていったことがかえって一体感とまとまりとなって育まれてきたのです。しかしながら、さすがにこのようなある意味主体性の欠如ということでもあり、昨今の爆発的な若者のニーズをまとめきれない状況になっているのです。若者をどのような牽引してまとめていくのか、その窓口になれるかがポイントとなってくる。
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