運動連鎖道場16期始まる~道場とは道を作っていくplaceです~

道~自分の仕事を全うしたことに誇りに思う~



 運動連鎖道場16期、7月17日から木曜日コースが始まりました。
今回は臨床3年目の人が沢山参加しています。
各々に話を聞くと、やはり焦りや不安からというようなモチベーションが多いようです。
何に対してかというと、後輩が入ってきてその後輩を見るにつけ「いいたことはいっぱいある」ようです。
しかしながら、その言いたいことは、どちらかというと「それはどうなの?」という批評はできるけど、正解であったり具体的な方法をアドバイスできないということなのです。もっと先輩方に後輩が聞いている姿をみると、やはり先輩として的確なアドバイスができて、ある程度先輩らしさというものを見せたいという気持ちにもなるのでしょう。また3年目というと業務にも一通り慣れて、我々のやるべきことは何かということをおぼろげながらに見えてくる時期でもあります。つまりこの職業の本来やるべきこととは何か?その根源的な理念から考えると、理学療法とは何か?リハビリテーションとは何か?いった自分は何を目指して何を信じてやればいいのか?そんな時期にあたります。
 その一つの解決策として勉強会にいくことで自らのスキルアップをするという手段があります。まずは臨床的に自信をつけるということが今直ぐにできることだからです。そして勉強会に行って、明日から直に使える方法を学びたいと誰もが思います。唄い文句として美辞麗句が並び、いかにも人の気持ちをくすぐる文言が並びます。自信が無い人にとって、藁にもすがる思いの人にとって、そのメッセージは燦然と輝く光に見えます。
 「How to」をまず知りたいと思うのはだれもが同じです。しかしながら、私の場合にはある方法を提示されても、そのまま丸呑みすることができない思考なのです。よって、どのような選択をするかということは、その人のもともと持っている根源的なツールが決めるのであって、その後の一般常識やその時のトレンドで選択することは短期的に見ればベストな選択のように思えても、中長期にみると結局何をやりたいのかわからないということになります。つまりその都度ベストな選択をするということは不可能なのです。ベストというのが周りの意見や世論に沿ってやればベストかというとこれも違います。手のひら返しという言葉がYahooコメには飛び交うのですが、つまりはその時の賞賛は、その後の失墜における手のひら返しがおきるということです。またその時の批判が成功したときの賞賛に変わる、これも手のひら返しということになります。どうあっても、その後の状況の変化により心境の変化をするのは当たり前なのですが、そのことを見越して達観することがいかにも上だと言わんばかりです。確かにその時の高揚感にて凄いと思うことを表現することは何ら自然なことであり、その後の心変わりや心境の変化も至極当然のことです。しかしながら、世の中はそのような変わり方をブレていると映ります。そしてそのブレが信用に影響してくるのです。ブレないというのは時に時代と対峙することがあります。それでも未来を信じて、敢然と立ち向かうことができることが果たして出来るのでしょうか?オーディエンスとなって批評することは誰でもできます。しかしながら、ステージに立って批判にも晒されることも含め、自らの道を歩むことが結果的に何かに辿り着くのです。しかし歩んでいるときは辿り着く先は全く見えません。あくまでも結果的に辿り着いているということなのです。その根源的な力は、自分自身の役割と使命を明確に自覚できているかどうかということなのです。この役割と使命は実は直ぐにはわかりません。あくまで仕事やポストは手段であって、目的ではないからです。この仕事や肩書が目的となってしまうと、時代の流れに翻弄されることになります。何故なら、明日の時代を予測できる人は誰もいないからです。なんとかの予言も当たった試しがあるのかないのか・・・想定外を想定することはできないように、この想定外に結果的に対応できるのは、現代の価値観とは時には反目するような、独自の価値観であったりするのです。例えば群馬県の富岡製糸場、操業が停止したあとも「貸さない、売らない、壊さない」の方針を堅持し、18年間維持と管理に専念したのです。その維持費たるや年に1億円ともされています。結果的に今年の世界遺産に登録されたことを思うと、その時の判断や決断が思いとなって歴史をつなぐことになったのです。このような取り組むは、ちょっと出来ることではありません。多くの人たちの価値への共有と想い、それを突き通せる気持ち、執念にも近い挟持がそうさせたのでしょう。信じる道を歩んでいく、それは自分が何者であるか?ということと同義なのです。大略を歩むこと、波はその中であったとしても戻る基線はいつも同じであることが大切なのです。

道場とは道をつくっていく空間です。場所でありplaceなのです。そして、自分の仕事を全うしたことに誇りに思う・・・後から振り返った時にそんな想いに包まれて過ごすことができたなら、きっと道は後にも先にも続いていることでしょう。
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コメント:2

よろしくお願い致します。

今井良輔
16期生の今井です。「歩々是道場」の精神を持って、この道場で学んだ事と自分の理学療法を統合させて道を拓いていきたいと思います。これからよろしく願い致します。余談ですが、私は群馬県富岡市出身です。富岡市は良くも悪くも保守的というか田舎特有のゆるさがあります。市民ですら「世界遺産なんて無理」と言ってましたし、いまだに「まさか製糸工場が世界遺産に」と驚いているというか、他人事というか、そんな空気感が多数であると思います。市民が自分たちの場所の価値に気づいていないのです。故に攻めの姿勢が足りない。戦略が上手でない。道を拓いた後のフォローが足りない。この機会を逃してはいけないという危機感が足りない。閉じた市民性によって自分たちの視点・次元から抜け出せていないのです。グローバルリズムが抜けているのです。「誰かがやってくれるのだろう」そんな空気の漂うまちで遺産の価値を知り、長きに渡って守り抜いてきた方々の執念は本当に素晴らしく見習いたいと思います。私もこの道場を通して自らの理学療法、つまり私自身の守るべきものと攻めて壊してパラダイムシフトしていくところを見極めて大きく成長できればと思います。長々と失礼いたしました。

Re: よろしくお願い致します。

山本尚司
今井さん

コメントありがとうございます。地元はそうなんです。何処かで誰かがやってくれると思ってしまうのは世の常ですね。相当の覚悟と尽力により、本当に信じて大丈夫だ、自らの利益につながる、と確信が持てたら多くの人達が賛同することになります。勝ち馬に乗りたいと思うことは自然なことであり、それでも牽引来ていく人達は黙って笑顔で受け入れていく度量が試されます。また是非一緒に富岡製糸場にいきましょう!

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