サッカーから見る日本の精神性

本の持ち味とは?

昨日は日本のサッカーW杯の初戦でした。コートジボワールに蹂躙された感が否めない試合内容。本来なら負けている方は、最後に怒涛の攻めを見せるのが常ですが、そのエネルギーさえも残っていなかった。そして日本が入れられる時は、決まってどうしようもない空気に支配された挙句、入れられるべくして入れられる。ボールをつながれ、支配され何度もゴールに迫られ、どうしていいか分からない最早来たボールを闇雲に跳ね返すしか術がない。既にチームの意思統一や戦術や決め事は一切役に立たず、大人と子供の試合になってしまう。ヨーロッパにて活躍している選手が多くなって、明らかに経験とレベルは上がっているはずなのだか…。もしかしたは順応性と言う点で優れているのであって、周りの雰囲気やノリにいい意味で流されやすいのかもしれない。だからそこ、規律と空気を読むことに長けているので、自分の役割を理解して、ニームにフィットするのだろう。ヨーロッパのチームであれば、周りのレベルが高いため、心理的にも全てを背負う必要がなく、ある程度お膳立てをしてくれている中で、力を発揮すればいい。与えられたポジションと役割であり、自らが掴み取りに行く、リズムを作り出す、タクトを振ることに慣れていない、いやそこまでの役割を担えるための技術やフィジカルが伴っていないのかもしれない。しかし、それは「なでしこ」でも同じようなもので、結構相手方のパワープレーにて凌いで凌いでという場面も少なくない。しかしながら、そこはメンタリティとして、男性と何かが違うのだろうか?同じ日本であって、そこまでの違いがあるのだろうか?しかしながら、サッカーをしているジュニアの女子選手たちは、声を揃えて将来はなでしこにて活躍したい!と言う。
明らかにお金や仕事感覚ではない、夢に向かって突き進められるもの、自分らしさを表現できるもの、精神性が何よりも勝る世界がそこにある。
確かに男子はバレーボールやバスケットでもそうだが、パワーが圧倒的に支配しており、チームワークはその個々の能力の上に成り立っている。サッカーも男性は少しの綻びが、即点数につながる現実がある。サッカー人口も半端なく多い。だからと言って、現時点で心理的な持ちようなども含めて、サッカー男子のほうが優っているという論拠はない。社会的には男子サッカーのほうが、注目度や社会的な立場は上だとしても。

しかしながらサッカーではなく、ベースボールにおいては日本のピッチャーは凄いとしか言いようがない。野手に関しては、野球のクリーンナップはほぼ助っ人にて成り立っていることを考えると、バッターとしての能力は日本人は少なくとも、スラッガーには向いていないのかもしれない。国際大会においては日本代表は4番であっても、つなぎのバッティングであり、大きな一本への期待はそれほど大きくはない。ボールにバットを当てることにおいては、間違いなく器用な日本人は上手いはずなのだが、往々にして助っ人外国人のスラッガーは打点も打率もいいことが多い。もちろん打率はそこそこでホームランが多いという選手もいるにはいるが。
スモールベースボール⚾️足を絡めた守りの野球にて凌いでいく。たまには爆発して打つこともあるが、大半はジリジリとしたハラハラしながら見ていることが多く、胃の痛くなるような試合が多い。やっと勝ったという感じであり、なんだかスコアほど楽に勝てた感じがしない。
そのためには、やはりぶれない、信じる力が必要なのかもしれない。相手の隙ができるのを見逃さない粘り強さ!フィジカルでは圧倒的に押されていることがあっても、それでも自分たちのスタイルやひたむきな姿勢を崩さない。いや、ひたむきな気持ちがあるからこそ、スタイルも確立するのかもしれない。日本はやはり精神性を前面に出して、ひたむきにプレーする、その中で結果的に自然に自己表現ができていて、自分らしいチームとしてのプレーが出来る。決して内容は良くなくても、結果がついてくるというプロセスを踏むことができるのだろう。
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