フィジカルとは何か(序)

サッカーW杯初戦⚽️日本対コートジボアール!

まさしく研修会の真っただ中に試合のオンエアがありました。
はやる気持ちをおさえて、二日目の道場に臨みました。
先発はFW大迫、ボランチ長谷部・山口、いつのまにかボランチの中心は山口になっていました。CBは今野ではなく森重。ザックジャパンとしては、かなり思い切った方だろう。しかしながら、後半から遠藤が入ってから、流れが止まった。その場に止まって、ボールを受けて出す。その止まっている間とパス動作の間に周りはどんどん動いていて、1人留っている感じだった。よってボールの出し所もわかりやすく読まれていた。受け手に対する寄せが迫ってきて、つまってさらに慌てて次に出すということを後手後手にやっているうちに、ボールを取られてしまう。流れの中でリズムカルに出さなければ、流れを遮ってしまう。新しく入って刺激を入れなければいけない立場の途中出場の選手がこれでは、さらにピッチの上にいる選手に負担がかかってしまう。また大久保をもっと早くピッチに入れるべきだった。何度もピッチ脇に読んではいたが、待ての状態が続いた。ドログバが入る前に流れを変える動きを大久保に託し、ドログバが入ったときには、日本に流れを取り戻しておかなければいけなかった。
それにしてもピッチコンディションが悪かったせいか、ことごとくルーズボールをセカンドボールを拾われ、ことごとく分断された。
 ということで、その違いは確かにフィジカルの強さや大きさということの差があることは間違いないですが、必ずしも日本がダントツ他国に比べてサイズが小さいわけではない。他国においても小さな選手は沢山います。それでもフィジカルの差というものを感じさせないのは、何故でしょう?フィジカルの定義とは何か?このフィジカルが劣っているという定義をはっきりさせなければ、強化の方法も対策も立てようが無い。

 フィカルとは
① 体格
② スピード
③ パワー
④ アジリティー
⑤ 持久力
⑥ 気持ち:メンタル
⑦ 勇気
⑧ 規律
⑨ 連動性
⑩ ボリバレント
などが上げられる。

メンタルや気持ち、勇気はフィジカルと並列に語られる。つまりどちらかというと別立てとも考えられるが、いまや良いパフォーマンスを出すためには個のボディ性能だけでなく、その考え方などが揃って力を出せることになる。そして個でなく11人のベンチワークも含めた23人の和と団結が不可欠である。今回はフィジカルに続いて、精神面の項目も続けて並べました。

 一般的にフィジカルと言えば体格です。身長と体重、ただ体重があればいいということではなく、厚みや逞しさ、当たりの強さなどを言います。この体格に伴うフィジカルはボディビルダーであればいいかというと、そうではないだろう。ネイマールやメッシがフィジカルに恵まれているという表現は合わないように、どちらかというとアフリカ系の身体をフィジカルということになるでしょうか。またアフリカ系はゴムまりのように弾むイメージがあり、手足の長さによる幅、当たりの強さ、コンタクトしても倒れないボディバランス、ということになるでしょうか。
 また、コートジボワールはさらにドログバのように厚みがあります。
そして、その結果シュートスピード、ミドルレンジからの強烈なシュートなど、パワーをボールの一点に集約させられるイメージがあります。しかし、これは体幹という一元化した安定性という概念だけで成しうることなのでしょうか?
体幹なら長友だって、ボールキープや当たりの強さであれば本田もあるはずです。スピードならば内田もあるはずです。
  
 スピードはまさしく速さです。スプリント能力とも言えます。ただサッカーの場合、長友のようにサイドを何度も駆け上がり、ピンチには戻ってくるということを繰り返す、スピードとタフさが求められます。この辺りは持久力とともにメンタルということになるのでしょうか。

アジリティーとは?俊敏性のことですが、よく日本人はこの俊敏性に特徴があると言われます。そして勤勉性などです。しかしながら、本当に俊敏性とテクニックが日本にはあるでしょうか?俊敏性については選手も監督も述べていますが、画面からだけですがどうしても速いと思えないのです。俊敏性と速さは違うのだろうか?トップスピードではなく、俊敏性とは小回りが利くということなのだろうか?小回りというのはサッカーでは必要不可欠なのだろうか?
おそらく俊敏性とは対峙したときに、左右に振って揺動させるということなのだろうか?流れの中でトップスピードのなかでの切り返しや、瞬時の判断と連動性、そしてゲームを支配するずる賢さ。トップスピードのなかでのポジショニング、トラップにパス。その基本は常に問題視されていました。ボールが収まらない、持てない、反転できない、前を向けない、シュートを打たない、バックパスに横パス・・・・。固着とマンネリ、チャレンジへのクリエイティビティの欠如。守りに入ってしまう。自身の喪失。アイデンティティの崩壊などなど・・・負けるときにはいろいろな要素が重なります。
この要素が本番の試験の時には顕在化してしまうのかもしれません。
そうはいってもスペインがオランダに1−5で負けた試合など、スペインがフィジカルやスキルなど、とても劣っているとは思えません。つまりスペインの場合にはコンディションという面で問題がなかったのであれば、自信と自分たちの築き上げたものに対する疑問というわずかな隙間、そして前回のW杯の前から延々とチャンピオンであり続けたことによる、新たな変革と武器を手に入れることができなかったのかもしれない。相手は研究し追いつき追い越せと迫ってくる、チャンピオンは常に受けて立つことに成る。相手のチームに対する綿密な研究や対策、そして相手から学ぶ姿勢が低くなってくるのかもしれません。
負けるかもしないという不安と片隅にあった不安がどっと現実化。南アフリカ大会においても初戦を落としたという記憶。挑むオランダの最後まで落ちない積極性は、ゴールを奪うたびにエネルギーが満ちてくるゾーンに入った状態で。どうみても普通は疲れるわけで、それが最後までサンドバックのようにシュートをゴールマウスに突き刺していく。完全に心理的な重圧から解放された、究極のノビノビプレー。

日本の場合、守備に追われ体力を消耗したということが大きいようです。攻めているほうも攻め疲れがあると思いますが、攻められて走らされているというのは、まさに心理的にも翻弄され疲れ果てるのでしょう。まるでドイツW杯の初戦を見ているような、短時間に立て続けに点数を入れられる。本来ならば同点であれば勝ち点1ですが、勝ちが振り出しに戻ったことによる落胆。コンフェデレーション杯のときのように、ブラジルに完敗を喫した後に、失うものがない常置で、イタリア戦では開き直って攻めたように、しかしそれは自分たちのいちでもどこでも出せる力というよりも、相手は格上で負けても何も失うものが無い。チャレンジマッチのような心理にて臨んだ結果です。
 日本の今迄のバイオリズムは、どーん!と落ちた後には善戦をして、また自信をもって臨んだら負けて、開き直った善戦して・・と確固たる自信というものが、確固たる実力、フィジカルの裏付けがないため気持ちの在り方によって、いかようにも左右されてしまうのでしょう。ブラジルも開催国であり、決勝トーナメントにて思い切ったチャレンジができなくて、プラスアルファが毎試合で発現しなければ、どことなく小さくまとまってしまうのです。つまり、本来の力の8割ぐらいが出されれば、ぼちぼちなのですが、W杯のように特別な試合の特別な心理状況においては、インスパイアーされた時のチームが出てきたときに、知らず知らずのうちに躍動感のない、固い動きの、ダイナミズムのない受けのサッカーになってしまうのです。
 やはりテストマッチは調子が全く上がらない方が良かったのかもしれませんね。また日本の良くないときは後悔後に立たずといいますか、終わった後に呪縛から解き放たれて、急に調子を上げてきてノビノビとした動きが戻ってくることがあります。南アフリカのW杯の後に、アルゼンチンを破ったときのように、ベスト16という自信と特別な心理状態が、メッシのいるアルゼンチンを前にしても全く臆することも無く、のびのびと試合ができていました。
 浅田真央さんがOlympicのあとのW杯にて「悔しかったんだ」という自分に素直な気持ちにて臨んだ結果、のびのびとしたスケーテイィングで、最高の演技をして優勝したことを思い出します。Olympicの自分に対する悔しさと、もっとやれたはずだという気持ちが、国民の期待という背負い込んだ重圧から解き放たれ、「なんであんなに自分を見失っていたんだろう」「自分の力を発揮しないのはばかばかしい」「後で後悔しても意味がない」など自分に対する強い気持ちを持てたのだと思います。
 日本のサッカーも是非、終わってから後悔しないように、後悔した後の自分よりも、今自分の力を発揮してチャレンジしたほうがどんなに後悔しないことか!ということを念じて、是非巻き返してもらいたいものです。
 
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