頸椎と身体axis

頸のstability

以前より不思議に思っていたことがある。体幹の中て頸部の扱われ方である。
体幹の中に脊椎が含まれるのなら、脊柱としての役割が体幹のなかであるはずで、そこに頸椎が外れていては駄目だろう。また、体幹のスタビリティとは言われるが、頸部のスタビリティについてはあまり議論されないのは何故だろう?
力学的なモーメントが一斉を風靡した時に、その後の展開として頸部に行かなかったのは何故だろう?

そんな疑問を常々感じながらの、今日に至るです。

先ずは一つ目の体幹のなかでの脊椎の役割は、自由度と汎用性のための姿勢制御にあります。頸椎は姿勢制御のなかでも中核を担うべきものであり、脊椎の分節性において、頸部の立ち直り反応時には必須となる項目となる。

頸部こそが固まっていたのでは、どうしようもないということです。しかしながら、この理論にはもうひとつクリアしなければならない課題があります。
長友やC.ロナルドは、頚部体幹はほとんど動かないではないかと…。動かないというより安定しているといったほうが適切だとは思いますが、つまりはフラフラと弛んでいるようには見えない。しかしながらアフリカの選手は身体能力が高く、あらぬところから足が伸びてくると言われます。躍動感があり野性のような
ナチュラルな身体能力。ところが、アフリカ系の身体能力のゴムまりのような印象は、クリロナには感じません。強烈な加速とパワー、体躯の強さとフィジカル!本来は姿勢制御において、あらゆる方向にベクトルがかかり、モーメントを受け続けているなかで、身体内はそれこそ強烈なGを受けます。オートレーサーの首が発達するように、筋活動レベルにおいてはまさに振り子のように振られているのです。それが結果的に制御され、ある方向性、進行方向のベクトルに変換されるのです。

つまり固まっている場合と、制御された安定性を背景とした固定性は、目的とする運動方向への転換、サーボモーターとしての機能を有しているかどうかということになります。

よって強烈な床反力を、身体の強烈なフィジカル能力によって対抗する必要が出てくるのです。
これがオートレーサーにおいて強靭な頚部が不可欠となり、そのためには筋量、首回りの太さとなって表れるのです。
よって質よりも、太さという実質的な裏付けが必要となるのです。
よってホームランバッターは腹回りが太いという法則になってくるのです。
つまりヘッドスピードの速さを、重みにて安定させるということです。
ゆえにイチローのようにしなやかさではなく、太いというそのものがホームランバッターには、大きなアドバンテージとなるのです。

クリロナは強烈な肩甲骨の下制力により、床反力や回転モーメントを抑え込んでおり、これはナチュラルな身体能力ではなく、完全にサイボーグです。この世の中、体幹のエクササイズをしていない選手はいないわけで、それも一流選手においては、並外れなトレーニングを繰り返しています。そのなかでもクリロナかわ群を抜いていて、長友も足元の技術は並外れなものがなくても、結局はスタメンを張り続けている一つの要因として、プロのなかでもさらに床反力を制御し、重力をコントロール下に置くためのシステムを備えているというアドバンテージです。それは足元ではない、それさえも凌駕するスキルとなってユーロのサッカーのなかでも生き残っていく要因となっているのです。

 つまりは固まっていると、推進性につながる固定性=安定性の違いは、四肢の加速を伴った動きによりモーメントが加わることによってもぶれないということです。ぶれないということは、回転モーメントの芯が自ずと規定されることになります。それは実質的なものではなく、動きの中で生まれてくるベクトルの和なのです。

Static axis
 軸のトレーニングと称して、各種のトレーニングツールが発売されています。共通していることは不安定な環境下において自然に引き出される姿勢制御能力です。不安定のところではバランスをとろうとする反応を誘発することができます。これが高齢者であれば、転倒のリスクになりますので、加減が不可欠となってきます。バランスパットやムービングィスクなど、ある程度自ら意識的にコントロールできる中で、トレーニングできること。そしてその刺激により姿勢が改善したという実感が伴うこと。そのことによって市場に売り出されているということになります。最近では靴底にもトレーニングの機能が備わっており、歩くための靴ではなく、トレーニングアイテムとなっています。しかしながら、元来歩くということとは違ったメカニズムであり、立ってバランスをとるというためのツールにて、歩くはまだしも走るという作用には向きません。そこが、トレーニングアイテムを兼ねた靴の限界なのです。このようなstaticな姿勢制御を利用して得られる効果としてaxis芯=軸ができるのです。

Dynamic axis
 上記のstaticなバランスと動的ななかでのバランスはまた違います。明らかに前方に重心を推進させるためのメカニズムと、じっと立っていること、或は制御しながらのバランスエクササイズとは違うからです。
 つまりは、スポーツ等では重心の推進性や、外乱に近い姿勢制御におけるaxisの修正能力が必要となります。つまり、staticの場合がaxisを意識するというレベルとするならば、dynamicはaxisを制御する(=修正する)ということになります。
dynamicな動きにおけるaxisは意識できません。つまりは軸を意識してあらゆる活動やスポーツ動作を行うことは合目的ではないからです。何故なら活動やスポーツは目的があるわけで、そこには結果的に軸ができているということであって、軸を作るために動いているわけではないということだからです。
 dynamicなaxisが醸成される場面は、より高いレベルでの活動、パフォーマンスということになります。そこには、加速度、反動、パワー、作用反作用など、物理的な法則を身体内にもちこみながら、身体の制御と折り合いをつけていくことになります。共存するのです。概ねリハビリにおいては、コントロール下にて制御できることから極力外れないように実施します。何故ならば、機能障害を有しているということは、より愛護的にリスクを避けての身体運動に置き換える必要があるからです。そのためには勢いや反動は推奨されないということになります。しかしながらら、アスレチックリハビリテーションというのは、プライオメトリックなどの高負荷の衝撃に対して、次の動作に変換していく能力が求められます。各種、bodyworkが比較的コントロール下で行われる類いのものであることが、いわゆる一般的なトレーニングという種類のものと違うように、実際のパフォーマンスを考えたときには、間違いなく物理の法則を機能的なエクササイズのなかにパフォーマンスとして取り込む必要があるのです。よって、厳格にコントロール下にてリハビリを受けた選手が、意外にもスポーツ復帰場面において、ワンテンポ遅れてしまうような印象があるとするならば、それはコントロール下のなかでの意識下のなかでの身体運動に留まっていたからなのです。素直な良い選手という表現の落とし穴ですね。
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