足部アーチ

第6回長野運動連鎖アプローチ研修会報告

4月26ー27日GWの初日、長野県の佐久穂町立千曲病院にて研修会が開催されました。テーマは「足部に対する運動療法と徒手療法」フット・ワークセラピスト養成講座 ~基礎編~。

足が今、何故重要か?もちろん足はたいせつなわけですが、その必然性を先ずは述べる必要があります。

先ずは体幹から始まりますが、近年、体幹は固めてはいけない!という論調を耳にする機会が多くなりました。
それは、体幹は固定性という機能的な役割を課せられていることから、その流れでグラグラ動いてはいけないと言われています。
しかしながら、固まった体幹は弊害があるということをチラホラと耳にします。
では、不安定性を有している腰椎に対しては、間違いなく固定性が大切であり、しかしながら体幹そのものも固定されていることが果たして可なのか?

元々は体幹といえ概念は日本発祥であり、西洋からはコア~という言葉にて表現されています。つまり、コア=体幹ではなく、体幹を訳すとコアにもならないのです。コアマッスルとは日本では言わないように、むしろ体幹筋と言われます。コアは辞書を引くと芯であり、体幹を鍛えることで芯を作っているとは言いません。固定性と安定性を作るために体幹をエクササイズするのです。

つまり体幹の評価とは、ぶれないという表現にて表します。
ぶれない体幹をみて、体幹がしっかりとしていると表現するはずです。
しかしながら、この動作の一場面を切って体幹の機能を論じる風潮は徐々になくなってきました。つまりは、現実にそのぶれないという要素だけでは、パフォーマンスの良し悪しは語れないからです。
また、当初はドローインのみで体幹のスタビリティをリードしていたリハビリ業界も、スポーツ選手がおおよそリハビリ業界とは違う、体幹のエクササイズと称して筋トレ化しているのをみて、あれはアウターだから、インナーがメインであるべき体幹のエクササイズではない!と断じていました、
しかしながら、スポーツ選手はしっかりと結果を残してくるではないですか。とてもリハビリ業界にて推奨している体幹の考え方だけでは、スポーツ選手そのものに相手にされないでしょう。ここに、我々の医療従事者として、治外法権としてのスタンスの限界が垣間見えるのです。比較対象相手がいなかった身体機能という領域を、いつの間にかスポーツと体育の分野に席巻されているとい事実を。これをアウターだからと両断してみても、実際には身体運動として成り立っているわけで、効果が全くないとは言えないからです。アウターか入ると途端に調子が落ちるような極端なエクササイズそのものではないことを考えると、単にインナーとアウターという二元論にて語ることそのものに、我々の元来有してきた思考過程の限界があったのです。

そのことを身体運動として、完全に被っている中で、遅々として進まない評論的なスタンスが、実践にて研鑽してトライアンドエラーを繰り返している現場に置いていかれていたという事実です。

つまり、アウターそのもののトレーニングは、時に元気が出るという身体感覚を得ることが出来るのです。私の経験でも、初めてピラティスを体験したときは、この身体感覚は何なんだろう?とびっくりしました。身体の軸がしっかりするような、そんな感じです。それまでは、いわゆる補強運動という類いの筋トレしか経験がなかったからです。しかしながら、私は筋肉が発達しているタイプで左右差がかなりあったのです。よってさらに筋肉の収縮を促すタイプのアプローチでは、左右差といった点が改善されにくいようにも感じています。
その後、ジャイロキネシスを体験したのですが、この捻る、スパイラルな動きはとても開放感と楽しさも相まって新たな感覚を呼び覚ましてくれました。またその後のヨガにおいては、内観するこの感覚がまた内面への気付きを与えてくれました。しかしながら、その後普通に走ることそのものがbodyworkではないかと思うようになりました。競技としてやっているときには全く感じなかった、この重心を前方に送るための身体の操作!これはまさに究極のbodyworkではないかと!
 それまではただ苦しいものとして走っていましたが、今はあらゆるbodyworkを経験して身体操作への造形も深まり、連続した動きの中で重心を運び続けるための、人間が獲得した二足直立歩行の進化形そのものが走るなのです。
 
 心肺機能に刺激をいれながら自然の中での対応と、獲得した究極の能力である走ること、きっとこの能力は本能的に失うことは退化を意味する。おそらくランニングブームはそのようなDNAレベルでの危機感が成せる技なのかもしれない。

さて話題を戻すと、このstaticとslowなbodyworkから、dynamicにそしてアドレナリンを出しながらやるエクササイズへと流れがあります。つまりbodyworkのためのbodyworkはなく、より実践的な動きにつながるコンセプトです。加速度と慣性と反動を使いながら、より効率よく出し入れをしながらその一瞬のポイントを作りながら、ウエイトを乗せていく。

このようなモーメント、ベクトル、床反力、作用反作用、実践的な適応力!きっとメンタルも含めて自衛隊が最強なのかもしれない。

つまりbodyworkはある程度規定されているなかでのコンセプトなので、そこにしばらくはいいのですが、やはりそれは一つの人格のようなもの、料理のようなものなので、同じものを繰り返されると飽きてしまうのです。飽きるというよりもたまには他のものも見てみたくなるのです。それが自然であり、トレッキングであり、登山なのでしょう。
その時の多様な気候条件や観光条件のなかでこそ、生きている実感が湧いて挑むその気持ちによって輝けるのかもしれません。

ようやく結論ですが、この自由度と汎用性のためには固まった体幹ではどうしようもないということです。そこでは二足直立歩行におけるバリエーションが不可欠なので、足部の細分化が条件となってくるのです。そのための足部アーチが大切であり、この足部アーチのたわみこそが荷重下における緩衝作用となって、そのコンマ何秒かの時間によって次の反応のためのプログラムの準備がされ遂行されていくのです。


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