触診による動作分析

自ら身体法則を発見するための触診方法

鹿児島医療福祉専門学校にて2月29−30日2日間、仙腸関節と脊柱の評価アプローチというテーマにて開催させていただきました。主催は鹿児島にあるリハビリの専門学校同窓生を中心とした主催です。

活動と参加、そしてリハビリテーションの理念である能動性ということを背景に徒手療法や仙腸関節、脊柱をどのように昇華させていくかということを中心に構成していきました。ここでは、特に前段として運動連鎖アプローチの絶対的に外せない、根底の原理原則について時間を割いてレクチャーしてきました。


① 反応のあるところからアプローチする
機能障害はどのような因果関係をもって絡み付いているかはわかりません。つまり、原因なのか?結果なのか?クリニカルリーズニング、臨床思考過程、臨床推論、数々のいわゆる検査にて数値化できない身体機能の因果関係をひも解く方法を模索した結果、でてきた概念です。情報を出来る限り集めることで統合と解釈をしていく、学生時代からひたすら叩き込まれてきたそのスタンスこそが理学療法士の真骨頂となるからです。そのフォーマットを体系化するための方法として各種紹介されています。客観性と論理性は考え方を整理するためには有用ですが、やはり本当のメカニズムを解明するためには眼に見えないブラックボックスを覗き込むしかありません。その覗き込み方法の手がかりこそが、パルペーションによる動作分析ということになります。


② 臨床における機能障害の考え方として、まずは制限のあるところや硬いところを見つけてアプローチをするということになります。当然、そこは可動性も柔軟性も欠落しているのですから、ターゲットになるわけです。しかしながら、その局所をいくらアプローチしても労力の割には成果が上がらないことがあります。原因はその硬さ、よって直接アプローチする。しかしながら、その硬さは防御性の収縮であったり、他部位の問題の波及であったり、二次的な代償であったりします。つまり主原因が他部位にあり、結果として出ている症状が顕在化しているにすぎないことがあるのです。もちろん、その結果が重篤な機能障害をきたし、不可逆的な変化に至っているならば、外科的な方法にて対処する必要があります。

③ 触診による動作分析
内在的な運動連鎖としてPKAAではアプローチ方法を提唱していますが、必ず連鎖のある部位は反応があります。つまり、その反応とは姿勢制御であり、姿勢制御とは抗重力下における目に見える立ち直り反応や平行反応だけではなく、生体への感覚入力によっておこるあらゆる反応を指します。この生体への感覚入力とは、あくまで感覚の入力であり、物理的な刺激ではないということです。局所的な構造的変化が大きすぎると、生体の反応が妨げられる可能性があります。つまり侵害刺激となって防御反応や収縮を引き起こしてしまうからです。ただしトリガーポイントのように、結果としておこった局所的な凝りが、主要因となって痛みや愁訴を引き起こす源泉にまで成長している場合は、根治治療が不可欠となります。このような病体が見られる場合は、トリガーポイントセラピーなどが有効となります。しかしながら、この刺激も年齢によって当然抵抗力も違うわけで、とりわけ高齢者の場合には、そっと触るだけで十分です。つまり押すということは例えトリガーポイントであったとしても、構造的な変化を伴うことになるからです。私の場合には高齢者のトリガーポイントについては、ポイントを押さえてさらに運動連鎖としての関連要因に対して刺激を入れ、侵襲性を限りなく抑えたアプローチを推奨しています。
  
④ 感覚入力の作用とは?
確かに感覚入力といえば、あらゆる物理的刺激を包括するということにもなりますが、今回使っている感覚入力のニュアンスは、あくまで局所的に押す、揉む、掴む、動かすということではないカテゴリーとして定義しています。つまり、あくまで軟部組織のレイヤーに対してできるだけ一定の刺激が入るように配慮し、定常的な刺激となることでそのレイヤーに応じた反応が帰ってくるということです。もう少し言うと、感覚入力は必ず脳への刺激となるわけで、そのクローズアップされたエリアからのフィードバックを妨げないということです。妨げないということは、必ず変化が起き続けているものを追随する、モニタリングするという心づもりが必要となります。



⑤ 触診による動作分析
何故にこのような手順を踏むかと言いますと、反応をモニタリングすることによって触診による動作分析へとつながってくるからです。刺激と反応の間にある生体内で起こっている変化については、ブラックボックスと言えます。
このそのとき身体に脳に情動に何が起こっているのか、そのことは観察では限界があり、そして機器においてもまだその全貌を明らかにするまでには進化していません。この何が本当に起こっているのかという、ミクロまではないが関節副運動、軟部組織のテンションや僅かなスライド、たわみなどを触診により評価するのです。
 また触診と並んで大切なことは、演繹的な考え方を使って結果から病体の推論をするのです。この推論を必ず入れることで、知見の蓄積が行われることで医学となりうるのです。名人や達人は全国に山ほどいるわけで、私も多くの師匠ともいえる先生方に師事してきました。時に、その達人の先生方は、高齢であったり、既に天命を全うされた方も珍しくなくなっています。一子相伝、背中を見て学ぶなど、日本の師匠と弟子の制度は、多くの日本的な職人としての資質を育ててきました。しかしながら、それは同時に墓場までその技術を持っていってしまうという、財産の消失というもったいない状況を生み出していることも明らかです。
 我々の世代にてしっかりと先代の作り上げたであろう知見や経験や歴史を紡ぐためにも、名人芸と思われるその心を読み解く一つのツールとなるべき役割を担っていけるべく邁進していきたいと思います。
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