ソチオリンピック

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浅田真央

 NHKスペシャルにて浅田真央選手の特集をやっていました。バンクーバーからソチまでの4年間の軌跡を放送です。一から自らのスケートを変えるために3年間取り組んできて、同じジャンプでも全く違うtasteのものへ作り変えていました。スケーティングにおいてもスピードを出すということをコーチとともに取り組んできたようで、その感覚さえも最初はよくわからなかったようです。

 最初から基本をやり直すということは、一度作った城を潰して作り直すということになります。砂上の城を崩していくようなものです。簡単にパフォーマンスを変えるということのむずかしさを表しています。

すぐによくなるとか結果がでるというそのフレーズの浅はかさを、スポーツでは教えてくれます。

確かにバンクーバーではかなり体重を絞ってきていることは見ていて明らかであり、それはある意味体重が軽いということによるメリットもあったでしょう。しかしながら全体的にスピードと力強さとして滑走の勢いが金妍児に対しては見劣りがありました。

ジャンプから着地における滑走音がスカッと聞こえてきそうなそのランディングは、加点の対象となるべき要素だったようです。

真上に飛んでドンと着地していては、体力をどんどん消耗していきます。つまりドンと着地してから、改めてスケーティングを最初から加速させなければいけなくなるからです。

今シーズンの浅田真央選手は背中が広くなり、安定感が全く違っています。かなりシーズン前に筋力強化や体幹のエクササイズを入れたようで、その効果もあったようです。4年間という中で自らのスケーティングをドラスティックに変えてくるということは、なかなかできるものではありません。
 理学療法士であれば、信じてい取り組んできた方法を一度捨てて新たなコンセプトに乗り換えるようなものです。それだけでも大変な作業であることは間違いないでしょう。
 自らに置き換えた時に価値観を変えるということのむずかしさは並大抵のことであありません。それも世界のトップアスリートとしての自負もあります。そしてトップアスリートは、積み上げてきた労力は並大抵のものはなく、だからこ簡単に気軽に考えることもできないはずです。

 金妍児はメンタルコントロールが長けているようです。おそらくメンタルコーチがついているのでしょう。今シーズンにおいても、グランプリシリーズは全て欠場していますが、バンクーバーにて金メダルをとったからプレッシャーはない。楽しみたいと堂々と言っています。おそらくそのようなメンタリティにすることによって、オリンピックの金メダリストという過剰な意識を捨てているのです。

 それは4年間、笑顔にて納得して終えることを目指して積み上げてきた浅田真央選手とは全く違ったメンタリティになります。緊張はしないほうがおかしいわけで、それが達観したようなメンタリティになれるぐらいの自信と練習が金妍児にはあるということなのでしょうか?

金妍児が完璧にしあげてきているかどうかはわかりません。グランプリシリーズを戦っていないということはその調整方法や雰囲気などにて慣れていないということになります。バンクーバーとは明らかに違う雰囲気と周りの選手が軒並みスケールアップしているその状況にいて、気後れすることがあれば力は発揮できなくなります。
 それでも自信があるとすればフィジカルになるでしょう。どのような状況においてもぶれない軸と芯。その踏切から身体の中心を貫く一体感が彼女のバロメーターの指標となっている可能性があります。

浅田真央選手が明らかにフィジカルにてスケールアップしており、圧倒的な存在感をみせることができる下地は充分です。それぐらいの上から目線的なメンタリティーになれることがソチでの結果にかかってきます。

どんなにフィジカルにて積み上げてきて、全ての演技構成やスケーティングやジャンぷを作り変えてきたとしても、目線が変わらなければ同じになります。練習時に軽々とトリプルアクセルを決まった時の、その時の目線。それは下から仰ぎ見るのではなく、上から見下ろしているときなのです。練習での成功率とその時のメンタリティは間違いなく変わっているはずです。

 上から見下ろすというのは気持ちだけでなく、本当の意味での上から見るという視野の問題です。
そうすると身体がコンパクトに動けて尚且つ効率的なので体力の消耗も防げます。感情が前面にでてのパォーマンスからどこか冷静な自分がいるスタンスになります。冷静といってもオリンピックにて冷静になれるわけもなく、オリンピックならではの独特のメンタリティになります。その震えるような痺れる感覚を味わうということです。味わうということを巷では楽しむという表現をしています。楽しむというは難しいですよね。どこかのパビリオンに行っての楽しむではなく、痺れるようなぞくぞくするような、そのステージに立つことで自らの演技を披露することのぞくぞく感ということでしょうか?どうだ!!という気持ちでしょうか。ふてぶてしさが出る人もあるでしょう。ツンとした感覚の人もいるでしょう。金妍児はなんとなくツンとして小憎らしさがありますよね。それが最高の場面だからこその、そこでしかできない究極の凌ぎあいにおける空気なのです。

 地球上において異国にいくことによるインスパイアーはありますが、それは環境が変わってことによる、新たな価値観や既成概念への出会いです。しかしながら、その環境によるではなく、そのプロセスとしての違いによる非日常的な空間は、別段場所としての珍しさはないはずです。オリンピックという特別なシチュエーションによる、同じリンクでも独特の空気をまとうことになるはずです。

 その勝負の世界はシビアです。しかしながら日常では味わえない蜜でもあります。ぞくぞくするようなそんな生き方や環境に身を置けることの幸せかもしれません。仕事においてもそんな気持ちにて臨めればいいのですが、仕事は真の意味での自らの能力の発揮と表現とはかなり違ってきます。

社長や創業者であればその醍醐味はあるでしょうが、一サラリーマンではなかなか難しい感情です。つまりスポーツは努力した分だけ、その結果がはっきりとするやはり日常は得られない場面なのです。よって趣味にてスポーツなどに取り組むことによって仕事にもいい影響を与えるというのは、その心身ともにすべてを出し切ることのエネルギーが、仕事の後押しになるからです。挑むというその姿勢は仕事においては忘れがちになってしまうからです。また仕事も結果だとは思いますが、セラピストの場合は自称になってしまいがちです。公衆の面前にてジャッジされるわけでもなく、その評価も同業者のなかでも集客であったりと、ちょっと正当な社会的な評価とはかけ離れています。もちろん、それも自らの存在意義の確認ということにおいては手段の一つであってもいいでしょう。

 
 間もなくオリンピックにて、そのステージにかける思いは、全ての選手に同じでしょう。ものすごいエネルギーにて臨んでくるその場面にて、いつも通りというのはフィジカルな変わらない自信があってのものです。私はあれだけ練習をやったからということで自信を持てたことは一度もありませんでした。ただこなしたからでしょうかね。
 量ではなく何を積み上げていくかということがベースにあっての自信なのです。確かに出てみないとわからないというのが競技にはあり、最初から自信のままに結果を出せる選手は本当の意味での超一流になります。
 
リンクの本番になって、フィジカルをいかすためのメンタリティが変わらなければ、心身をのせることができなくなります。そのメンタリティとは小さなことからリンク立った時の情動ということになります。その感情さえもリンクになった時に新しいフィジカルとともに変わること!あれいつもの真央ちゃんと雰囲気が違うね、という脱皮。一挙一動作の間。一番のポイントはステップのときの跳ねるような躍動感!それが見る者に対する印象となって加点になるはずです。番組でもステップのときに本当に演技を重ねるというよりも、はしゃいているようなホップ感が見えた瞬間がありました。その演目をクリアしていくということによる加点もありますが、そのつなぎなどにおいて喜びが湧き出るような味わい。力を出し切ろうという個人の中での言い聞かせ
ではなく、その情動と心情において、その先の強い目力による魅せるということです。眼力によって頸が伸びるので、目線が高くなります。顎が引けて、肩甲骨が下がり重心が安定します。うまりジャンプのランディング時の沈み込みにおいて、膝の曲げ込みと上体の前傾が番組では着目されていましたが、それだけでなく、重心の安定によって沈み込みが浅くても弾き出せる力が瞬間の力でより早く踏み切れるのです。助走のモーションが小さく踏み切れればスタミナの温存にもなります。そして、そこに感情が上乗せされ、とことどころに表現される。いろんな色がいろんな顔が見える、そんな演技が見たいですね。これは点数を入れるしかないよねと、思わせるようなメリハリです。

 一番高いところから景色を見たい!

その緊張感を四年間常にもって取り組んできた選手たちの思いが結実する日が、間もなく始まります。
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