本田圭佑

動きの間



 本田圭佑選手がACミランにて鮮烈デビューをしました。チェスカモスクワにてプレーを余儀なくされていて、待ちに待ったセリアAの10番。日本代表やチェスカモスクワでのプレーでも、時に非難もうけたり不要論もでるときもありましたが、このような鮮烈なプレーを見させられる一気にそのようなネガティブな不要論は吹き飛びます。不思議なもので、ある場面をみるとそれほどいい選手なのだろうかと、思わされるときがあっても、このような節目や大舞台にて確実にチャンスをものにするイベントがあると一気にその選手の評価は上がります。ワンプレーワンプレーでは、Jでも十分に巧い選手は沢山いるわけで、天才と呼ばれている選手であれば、いずれ世界にて通用するだろうと関係者にて持て囃されることも珍しくないでしょう。いやむしろ、天才と呼ばれる選手において、そこそこで終わってしまう選手のほうが多いことを考えると、持っている選手とは何か?ということになります。

 
 セリエAではスピード不足だと言われていたと思いますが、初先発にてフリーキッックにスルーパスにゴールに、それでも二部相手だからとかいう風潮もあります。思いを実現するその鮮烈さこそが、持っているというとであり、チームになじみ方が半端ないですよね。カカやバロテッリなどの中に入って、直にフィットしないほうが当たり前のなかにおいて、いきなり信頼感を得ているそのさまは、まさにお客さんではなく、主体的に自らのキャラクターを構築している積み重ね合ってのことです。

 さて話が間から逸れてしまいましたが、それだけ話題になって一気に注目を浴びることができる選手はそうはいないということです。もう活躍しなくても十分にすごいとしか言いようがありません。英語でのインタビューもまさにそうです。有言実行という言葉と夢を実現するということのその意味を体現化している選手として、あらゆる面で見習いたいと思われます。天才ともてはやされる選手と、このような世界を新たに構築できる選手との違いはなんなのだろうか?
 上手い選手と持っている選手の違いとは?上手い選手は天才といわれいる選手であり、それは環境が自分に合わせてくれる体験で成り立っています。つまり、それはお膳立てができているのです。天才の歩く前には道がかってにできるからです。それが国内であれば当たり前のことであっても、プロに入ったり、さらに海外にいくと、前提は全て薄くなくなっていきます。日本のプロ野球は功績というものが考慮され、その実績が配慮されたり、海外から帰ってきてもそのまま即戦力として迎えられたりと、海外では国内で通用する当たり前が通用しなくなります。
 例えば理学療法においても、日本人の前では声色とか抑揚にてカリスマを出せても、海外の人たちの前では途端に通用しないでしょう。

 さて本田選手の初先発初ゴールは、ゴールの2~3歩前からスローモーションのように動いて、右足を振り抜きました。
周りが止まっていて、本田選手のみが動いていたように見えました。見た目の早さではない、そこには本田選手の動きのdelayが隠されているのです。一つの方向に主動作筋が一斉に働けば、それは予測可能となって相手に読まれやすくなります。
しかしながら、本田選手の場合は、四肢末梢は動いていなくても、既に身体内にて予備動作がおこなわれています。ディフェンスはベクトルがよくわからないその動きについていけず、蹴るであろうタイミングにキーパーが反応したときには、まだ本田選手には運動のプログラムの修正ができる余地が残っているのです。
 よってキーパーが反応して、その刹那に軌道を変えて振り抜けるのです。
 蹴るであろうそのタイミングよりも、本田選手の動きはdelayするがゆえに、キーパーは先に動いてしまい、そしてディフェンスはウォッチャーとなってしまうのです。
 delayとは遅延ですから、確かにプレーが遅いととらえられがちですが、実際にはモーショにの入ってから、さらに自由度をもってプログラムの変更ができる、身体運動なのです。まさに効率よく四肢末梢の動きを他の四肢体幹全体にてお膳立てをする。だからこそ本田選手のゴールは時として、どうしてその予備動作に入れたの?というぐらい早かったり、決定力が発揮できるのです。
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